第23話 岡崎輝と妖怪

 映像には小さい頃の岡崎輝おかざききらりが公園で遊んでいる風景が映し出されていた。

 住宅街にある公園は塀に囲まれており、気持ちよく日向ぼっこをしている猫を見つけ、もっと近くで見たいと思ったのだろう、輝は木に登っていく。危なっかしく枝先までたどり着き猫に目をやろうとしたとき、向かいの家の二階から出てきた人物と目が合ってしまった。


 目が合う。そんな生易しいものではなかった。その人物には見えるところ全てに目がびっしりと生えていたのだ。

 いくら好奇心旺盛な子供でも、無数の目に凝視されては蛇に睨まれた蛙である。

 輝は目と口を大きく引きつらせ、固まってしまった。

 奴は下屋をフラフラと身体を揺らしながら近づくと、何かしらつぶやいているのか口元が動く。すると輝は反り返り目を白くして木から滑り落ちていくのだった。


「こやつは! 聞いたことがあるぞ。|姿形からして百々目鬼どどめきという妖怪じゃ」


 敷童幸恵しきどうさちえが驚きを隠せない様子で言った。


「ほう、さっちゃん以外の妖怪か。興味深い。名前以外になにか知ってるかい?」


 時渡封元ときわたりたかもとは百々目鬼と呼ばれた妖怪をスマートフォンで撮影しながら聞く。


「わしの友達に旅行好きな子がいての、交友関係も広く各地域で面白い話題を集めたらお土産と一緒に聞かせてくれるんじゃ。その中にあったのが、全身に目のある妖怪が留守宅に忍び込み物を盗む話で、百々目鬼の目をもってしても、偶然運悪く遭遇してしまった場合、呪われると言われておる」

「では彼女は呪いを受けた――と?」

「うむ。わしの目には百々目鬼から黒いモヤが出たのを確認した。巻き戻してみてくれ…………この口が動いたあと――ここじゃ」


 まるで監視カメラの映像をチェックする警察のように、二人して凝視する。

 しかし問題の場所には黒いモヤが写っていなかった。


「私には見えないのか。……面白い」

「なんと。そうなるとわしらにだけ見える系のやつか。初めて知ったわい」

「やることリストに追加だな。早めに解析して対応策を講じなくてはならない。いや、こいつを捕まえたほうが手っ取り早いか。そうだ、その呪いの効果を知ってるかい?」

「前例があまりない稀なことじゃからのう。目に関するなにかだと噂されておる」


 敷童はうーん、と考え込んでしまう。

 その間再度映像をチェックするも、それ以降有益な情報がなさそうだったので、時渡はポケットから宝石を数個取り出し魔法陣に投げ入れ「絶」の声と手で閉じる動作をした。

 これは召喚魔法を終わらせる方法だったようで、頭上に展開されていた異様な光景が光の粒子を撒き散らして一瞬にして消えてしまうのだった。


(呪い。目。怯え方。性被害。発動条件……か)


 スマートフォンに保存された写真を加工しながら思考を巡らせる時渡。


「こんなものだろう。岡崎くん。もう目を開けていいよ。お疲れ様」


 やっと解放された輝は、疲れ目状態で、へなへなとテーブルに突っ伏してしまった。


「ふにゃあ~~~~~~。なんだかよくわからなかったけど疲れた~~。これあれだ、歯医者さんで治療したときと似てるダルさだ」


 長い溜息がどれだけの負担だったのか察する。今日は驚きの連発だっただろうからかなりストレスを蓄積しているに違いない。そろそろ切り上げて明日に回したほうが頭もスッキリしてていいだろう。

 そう思った時渡はほっといたら溶けてしまいそうな輝に話しかけた。


「いろいろあって今日は疲れただろう。過去見の結果を伝えたら終わりにして続きは明日にする。要約すると君は10年前、百々目鬼という妖怪から呪いをかけられ、そのような体質になってしまったと推測される。これがモザイク処理をした奴の姿だ」


 差し出されたスマートフォンを覗き見る輝。


「すごいガビガビで原型を保ってませんね」

「ここまでしないと君はショック死するだろうからな。人の姿をしていて全身に目がある妖怪だ」

「コワッ」


 モザイクを解除した姿を想像した輝は身震いをした。

 だが同時に、消えた記憶と得体のしれない特異性に、ストンと答えが落ちたのを実感した。

 治るんだ。安心感が心に満ちていく。


「解呪する方法は3つ。百々目鬼に解かせる。魔法で解く。前例を探るだ。もちろん一番手っ取り早いのは魔法で解呪だが、おそらく完治には至らないだろう。妖力と魔力は異なる性質みたいだからだ。ではどうするかだが――時間だ。ここで終わりにする」

「そんな!――ぁ……」


 あと少しで長い苦しみから開放されると期待しただけに、思わず声が出てしまった。

 この言葉に時渡は片眉を上げる。

 その小さな動作で、まるで重力が増えたみたいに、部屋全体に重いプレッシャーがのしかかった。


「焦る気持ちは分かる。が、どちらに主導権があるか考えて発言するように。私は心の汚れた大人だから、自分が約束したことをすぐに破棄できる非常識の持ち主だ。そもそも私は人と対等ではない。迂闊うかつな発言が機嫌を損ね、最悪死を招くこともある。常識格差を学ぶがよい。分かったか、小娘」


 言ってしまったあとすぐに失言に気づいたが遅かった。正直優しいおじさんの雰囲気に甘えが出たのだろう。

 ひりついた空間に一瞬にして変化し、重さで心臓が潰されるかと錯覚した。

 怖がりなのに声も涙も許されなかった。これは恐怖のその先にある……


「か――ヒュ……」


 一気に口の中が干からびて呼吸が苦しくなった。

 固まった輝をつまらなそうに見つめ、払うように手首をひねると魔法陣が彼女を連れ去った。


「タイミング早くないかの」


 敷童がぼそりとこぼす。


「さあ? なにせ非常識な男なんでね。チャンスがきたからぶっこんでみたまでさ。彼女は常識から外れたんだ。そう、外れたんだよ」



 ※※※※※


 気がついたら自室にいた。

 明るい壁紙とかわいらしい人形に囲まれ、リラックス効果を与えてくれるルームフレグランスの香りが緊張を解してくれた。


「は、はは、は……はぁーーーーー」


 死んだと思ったら笑いが出た。

 全身の肉という肉が溶け、床に寝転んだ。イメージはぐでたまだ。

 ゆるゆるにゆるみきった輝は力を失ってしまい、あろうことか大事な栓までゆるんでしまった。


「えええええ!? ちょちょちょっとおおお!!!」


 一度決壊してしまったダムを止めることは難しい。

 その後泣きながら床を拭き、汚れた服と下着をお風呂で洗うのだった。


「やだもぉおおサイアクだよぉぉ。うぇええん」

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