第22話 岡崎輝の就職

「さて、君の男嫌いの理由を聞いた限りだと、幽霊などを怖がる原因になっているとは考えにくい。多少の影響はあるかもしれないが。覚えていたらでいいのだが、いつから症状が重くなったのかと、トラウマになる出来事があったのかを聞かせてくれないかな?」


 時渡封元ときわたりたかもと岡崎輝おかざききらりの問題を解決するために必要な情報を得ようと質問した。輝は視線を上に向け、過去を思い出しながら話し出す。


「え~と、たしか7歳か8歳ぐらいだったかなぁ。ママが私には霊能力があるんじゃないかって大騒ぎしてたときに、買ってもらってた小学校二年生という雑誌を読んでた記憶があります。付録が面白くてその時はおばけを忘れることができてたのかな。きっかけは思い出せません。突然って言ってました」


「なるほど。君は現在17歳だから10年前辺りに目星をつければいいわけだな。少し時間がかかるがこれだけでも十分有益な情報だ」


 輝の話から必要な部分を拾った時渡は、確認のために言葉を漏らした。

 それを聞いた輝も(10年も前になるのか)と答え合わせしたところで違和感を覚えた。


「あれ? 私って今の年齢を言いましたっけ?」


 ここに来てからをたどってもそのような話になった場面がない。

 そもそも自己紹介もまだだったと気付く。輝のほうは時渡が出した本とテレビのニュースやネット記事で顔と名前を知っていたが、彼からしたら輝のことなど一切知らないはずである。

 時渡はこれに笑みを浮かべながら答えた。


「いや。だが私は神だからな。なんでも知っている」

「おお! 神様すごい」

「ふっ。冗談だよ。真に受けないでくれ。それになんでも知っていたら君の悩みは聞く前に解決しているし、WEB小説投稿サイトに投稿した募集文に、現在のこの世界のことにうといと書かないさ」


 そういえばそんなことが書いてあった気がする。と読んだ内容が蘇りだす。


「冗談だったんですか。神様なら当然できると信じてしまいました。ではなぜ知ってるんですか?」

「うむ、それはだな――」


 時渡はそこまで言うと腕を上げ人差し指を立てた。すると白い光が指先に灯りだし、横に払うと文字が空中に描かれた。


【世の理を越え 天に仇なす愚かなる者 偉大なる汝に身を捧げ 剣となりて 永遠を誓わん 我は求め綴るものなり 名を岡崎輝】


「覚えているかい? この文は君が唱えた術だ。これに反応し私が仕掛けた術式が起動して導かれた訳だが、道中、君に能力を付与するために魂と肉体を分離する過程で、身体データを取らせてもらったからだ」

「身体データって……ええーー!?」


 咄嗟とっさに身体を隠す仕草をして叫ぶ輝。体重やスリーサイズよりも魂と肉体の分離のほうが大事な気がするが、年頃の女の子だと羞恥心しゅうちしんが勝ったようだ。


「そそそれってどこまで!? まさか全身を見られた……ってコト!? こッここッこれだから男ってやつは!!!」


 ついには椅子の上でひざを抱え丸まってしまった。信じたのに裏切られた。そう語ってる空気だが、順序的にはデータを取ったほうが先なので(冷静に考えてほしいものだ)と時渡は心のなかで肩をすくめた。


「勝手に盛り上がっているところすまないが、作業は自動的に行われるから、君の想像とは異なっている。数値だけでも知られるのが恥ずかしいと言うなら――そうだな、これから先の人生の話をしよう。君は勉学に励み順調に就職したとする。

 すると会社側から健康診断書の提出を求められるんだ。目的は法律上義務付けられているからと、従業員の適正能力を判断すること、健康を管理するためだ。だからどんなに恥ずかしくても、社会に出れば管理者に情報が渡ることになる。だから至極当然のことだと理解するように」

「……しゅう、しょく…………? した覚えないし。まだ高2だし」

「それは違うぞ。君は私が投稿した募集文、世界を作り変えようという内容を読んで契約したからここにいる。働いてくれるからにはきちんと資金を渡す予定だ。それともなにか、ボランティア精神のつもりだったのかい? なら私の早とちりだったと謝罪するが――さて、どうする?」

「え……お金、出るんですか……?」


 アルバイトをしたくても、男性恐怖症と極度の怖がりを持つ輝に務まる仕事はなく、

 欲しい物を手に入れている友達をうらやましく感じていた。

 髪染めの維持にヘアピンも集めたいし、買い食いもしたいしおしゃれもしたい。入用の多い年頃の女の子が反応するのも当然だ。


(正直運命に流されて来た感がすごいからお金になるなんて考えてもいなかった。就職かー。そっかーなるほどなー。将来どうするか悩んでいたからこれもアリなのかな)


 ふと湧いた話に輝は心が動いた。


「ああ、そのつもりだったが。別に無理にとは言わないよ。君が望むようにボランティアでがんばってくれていい」

「いえ! ボランティアなんて一言も言ってないです! はい!! 働きたいです! がんばりますので働かさせてください!」

「フ、そうか。君の熱意を受け取ろう。期待しているよ」


 時渡は立ち上がり手を差し出した。輝も慌てて立ち、条件反射的に握手に答えたが、瞬間変な汗が吹き出てしまい、顔も手もびちょびちょになってしまった。


「ひやあ! すみませんすみません!!」


 彼の手を汚してしまったこと。生理的に苦手な男性と触れてしまった事実が相まって、あわあわと分かりやすく混乱する輝。

 ティッシュは全部使ってしまい拭けるものがない彼女が取った行動は、自分の着ている服でぬぐうだった。

 内側から強く押し出してるので胸元が大きく開かれており、右手を拘束されている時渡からはそれなりに育っているバストが丸見えだった。


(私が社交界で派手な衣装を着こなしている淑女しゅくじょたちを相手にしていなかったらいわゆるラッキースケベに動揺していたのだろうな)


 若い頃の自分をふと思い出し、懐かしく感じるのもつかの間、


「いや、大丈夫だ。ありがとう。ハンカチを渡すから使いなさい。落ち着きたまえ」


 と輝を抑制した。


(あああああッなんて失敗を! 失敗した失敗した失敗したあああ……。恥ずかしすぎて死にたいよぉおお)


 汗を拭きながらハンカチで顔を隠し、自分の不甲斐なさに絶望する。しかしハンカチから香る匂いが鼻を通ると、次第に落ち着きを取り戻していった。


(やっば……なにこれ。不思議な感覚)


 スーハースーハーと嗅いでいると頭がスッキリした。先程の悩みが嘘のように消えてしまったのだ。

 湿ったハンカチから顔を離し「助かりました。洗って返します」と告げた。


「ああ、わかった。いつでも構わない。それよりなかなか重度だな」

「自分でもびっくりしました」

「やはり過去が影響してるように思う。今から魔法を使って原因を探りたいのだがいいかね?」

「魔法!? 私はどうすればいいんですか? 痛みとかありますか?」

「椅子に座って目を閉じてリラックスしてくれるだけでいい。痛みはない」

「よかった。痛いのは嫌なので防御に極――いえ、なんでもないです。準備できました。よろしくおねがいします」

「では始める。10年前なにがあったのか映し出せ! 召喚魔法『時見の悪魔アシュタロト』」


 時渡が魔法を唱えると空中に魔法陣が出現。暗い煙が吹き出し部屋に広がっていく。

 ピシっと電気が流れる音が続くと中央から角の生えた悪魔が顔を覗かせた。

 室内に緊張感が走る。

 悪魔が狭い穴をもがきながら出てくるように徐々に姿を現せてくると、四方から鎖が飛びかかり悪魔を拘束した。


「グアォオオオオオオッッ!!」


 金属が擦れる音と悪魔の雄叫び、激しい雷鳴。

 先ほどまでの空気が一変してしまい、敷童幸恵しきどうさちえは時渡の後ろに素早く隠れた。


「ななな、なになになにッすっごくこわいんですけど!」

「岡崎くん! 絶対に目を開けるなよ!」

「ひい……ッ」


 異様な雰囲気を察した輝の身体は恐怖で震えだした。

 言われなくても目を開けるつもりはない。早く終わってくれ。そう願うばかりだ。


「アシュタロトよ! 岡崎輝の10年前から1年前後の記憶映像を映し出せ!」


 動きを封じられた悪魔は時渡を見た後、しぶしぶといった態度で首を彼女に向け、能力を使った。すると時渡の前に立体映像が浮かび上がり、輝の過去が映し出された。


「おー。小さくてかわいいのー」


 自分と同じぐらいの背丈になった輝を見て感想を漏らす敷童。

 ものすごい速さで日常が終わっていくのを注意深く監視していると、ついに

 目的のシーンにたどり着く。


「こやつは……!?」


 一緒に見ていた敷童が意味ありげに反応した。

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