第21話 岡崎輝の悩み

「あの、話の途中で取り乱してしまいすみませんでした」


 岡崎輝おかざききらりが申し訳なさそうに肩を落として謝罪をした。

 平気になったと言っているが目に影が落ちているのが分かる。心の中で自分を責めているのは明らかだ。

 そう判断した時渡ときわたりは彼女に提案した。


「構わない。逆に興味が出たからいくつか質問してもいいかな? 踏み入った話になるが、私は君のその症状を治せるかもしれない。だから私の事をドクターだと思い、正直に話してほしい。大きなお世話だとか別に治したくないならこの話は終わるが。選択は君次第だ。どうする?」


「興味――ですか。面白い話はないと思いますが。それにカウンセリングを受けたことがありますが、子供特有の怖がりと診断されました。そういうものなのかなーって。それに……」


 輝はすでに専門科を受診していたことを話す。だから時渡の質問に答えても無意味ではないか、と疑念を抱いているようだ。


(ふむ。続く言葉をしゃべらないず押し黙ってしまった。話したくない内容があるのだろうか。何にせよ彼女が選んだのは“胸の内を話さない”だったか。私としては話してくれる子のほうが好感が持てるんだがな。しばらく待って様子見をして、言葉が出ないようなら流すとしよう)


 時間が解決すると言われるように、大人になれば緩和することもある。

 これから多くのモンスターを生み出し運用していく立場からしたら悠長な考えだが、“自ら行動しないと本当の解決にならない”を基本理念にしている時渡は、助け舟は出すが強要は控えるようにしている。シンと静まり返るなか、話を一緒に聞いていた敷童幸恵しきどうさちえが輝に声をかけた。


「のう、なにか言えない悩みでもあるのか? 父ちゃんは医者に例えておったが、よいか? 思い出すのじゃ。父ちゃんはこの世でもっとも神に近い存在じゃ。神社でお祈りするより確実に耳に届くじゃろう。おぬしはそれでも話せなんだか?」

「そう、ね。たしかに神様だ。うん……」


 もっともだと感じた輝は、胸の前で合わせた握りこぶしにグッと力を入れると、重い口を開いた。


「気を悪くしないでほしいのですが、私は男の人がキモくて大キライです。小さい頃はよくわかってなかったのですが、身体が成長するにしたがっていやらしい視線を向けられてるのをすごく感じたんです。それだけならまだ嫌だなぐらいだったのですが、怖い思いもしました。足が速いほうだったのでなんとか逃げれましたが、そうじゃなかったら……この前は、本屋さんで気になった本をちょっと立ち読みしてたとき、なんか男の人が後ろをウロウロするなと思ったら、スカートの中を盗撮してたんです! 慌ててスカートを押さえて男に睨みつけてやったんですが、ニタニタ、ニタニタとッ!! 悪びれる素振りもなく!! 目も口も顔も全部がすっごく気持ち悪くて!!! ワケが分からない存在に怖くなって家に急いで帰りました。それからというもの、ふとした瞬間、あの憎たらしい目が頭に浮かび、怒りと憎悪で胸が締め付けられるんですッ。ムカつく……悔しい……腹が立つ……ふざけんなッ! なんでクソみたいなやつに怯えて苦しい思いをして泣かされなきゃいけないんだ! 男がニクイニクイ憎い!!」


 最初は落ち着いた雰囲気で語っていた輝だったが、だんだんと悔しい感情が溢れてきて、涙をポロポロこぼし、テーブルに何度も怒りをぶつけた。


(なるほど、年頃の女の子が話したがらない内容だ)


 予想だが、彼女は誰にも相談できなかった、もしくは相談したが充分な解決に至らなかったのだろう。痴漢やセクハラ。この手の話はわりとよくあると聞く。そして一瞬のことだから注意するにも限度がある。

 異世界ではランクの低い酒場の女性店員が挨拶代わりに尻を触られていた。

 この世界でも例外ではなく、隙きを突いて触る輩を制裁したことがある。同性から見ても卑怯者と嫌悪している。

 彼女の髪色は金髪に赤のメッシュが入ったロングヘアーだ。

 第一印象は気合の入った子だったがそれは間違いで、ビジュアルセンスではなく威嚇や防衛が目的だったに違いない。

 話を聞いた時渡は彼女の歩んできた道を察した。


 しかしこれが怖がりの根本原因ではないはずだ。結びつきが弱く感じる。あくまで言いよどんだ部分を話したに過ぎない。


「ツライ経験をしてきているんだな。ストレスが君をむしばんでいるのがわかった。聞いていてムナクソ悪かったよ。安心してくれ、私は君の大きな味方だ。私はそういったたぐいを許せないたちなんだ。現に発見したときは説教をして、二度とやらないと誓わせている。私の側にいれば、安心を得て幸せを掴むことができるだろう」


 時渡は感情を込めて言った。その言葉が響いたのか、輝の瞳に光が灯った。


「ほんとうに?」

「ああ、神に誓って」

「――プ、あは、あはははは! 神様が誓うなら本物だね!」


 助かるんだ。そう安心したとき心の底から笑いが出た。

 雲が晴れた感覚をとても気持ちよく感じ、翼があったら飛び回っていただろう。

 テーブルには濡れたティッシュが数を増していた。

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