第8話 モーニングルーティン

 朝、小鳥がさえずる声と共に目を覚ますのが風情があっていいものだが、防音がしっかりしているホテルでは聞こえることはなく。

 目覚めのタイマーをセットしていないが、習慣とは恐ろしいもので起床時間を体が覚えており、長く寝たいと思っていても意識が覚醒してしまう。


「ん……くぅ~。ふぅ……いつの間にか寝てたな」


 腕を上げ首を回しコリをほぐす。

 昨晩は戦闘よりも大変だったと同じベッドで寝ている女の子を見てこぼす。


(夜泣き、か。妻の子守唄を真似てみたが上手くいかないものだな……)


 昨晩の戦闘後、泊まっているホテルの部屋をシングルからツインに変更。

 それぞれのベッドで寝て一夜を過ごそうとしたのだが、夜中に女の子がムクリと起き上がると「かーちゃーん! とーちゃ―ん!」とギャン泣き状態に。

 寝付かせるため妻の真似事をするが思ったほどの成果は得られず、あれやこれやとやっているうちに、気づいたら一緒に寝ていた。


(まあ安心したのか静かになったから良しとしよう)


 チラリとデジタル時計を見ると6時と表示されていた。

 ホテルの朝食バイキングに向かいたい所だが一つ問題がある。

 女の子の服がない。

 今は私のTシャツを着せているが、それで公衆の面前に立たせていいわけがない。


 そこで事前に手を打っておいた。

 この時代は素晴らしい。ネット注文でなんでも買えてしまう。しかも翌日には届いてしまう速達オプションまで用意されている。

 着替え一式を7時に時間指定で注文したので一時間後には届くはずだ。

 私は女の子を起こさないようにスルリとベッドから抜け出し身支度に取り掛かる。


 顔を洗い歯を磨き、ワイシャツ、パンツ、ベストに着替える。このダンディズムスタイルに派手目のネクタイを巻くのがこの世界に戻ってきてからのお気に入りだ。最後に髪をオールバックに固めて完成。

 

「よし、完璧だ」


 鏡に映るビシッと決まった自分の姿に満足する。

 女の子が起きないか心配だが、そんなに時間がかかる訳ではないから大丈夫だろうと思い部屋から出る。

 エレベーターに乗り込むと咳払いをして声の調子を確かめた。


「あーあー、悪くない」


 第一声で恥をかかないために調整する。

 息も大丈夫。

 あー、香水を――いや、この後に朝食バイキングに行くなら控えるべきだろう。日本人は日常の場での香水があまり好きじゃないみたいだしな。


 エレベーターが一階に着き扉が開く。顔を少しほころばせ、話しかけやすい雰囲気を作りフロントに向かうと――


「おはようございます時渡様。本日も素敵なネクタイですね」


 このホテルでコンシェルジュとして勤務している三越弥恵みつこしやえが話しかけてきた。

 彼女はホテルの支配人から気になることは三越に何でも相談してくださいと紹介された人だ。


 ボブカットヘアーに整った顔立ち、肩にスカーフを飾り付け凛とした佇まい。どことなく妻に似ている所が気に入り、まあ、それも理由の一つとしてこのホテルを滞在地に決定した。

 いつものように笑顔で挨拶を返し会話を続ける。


「少し冒険しすぎたかなと思いましたが褒めてくれて嬉しいです」

「とてもお似合いですよ。以前お話させていただきましたように、時渡様は今話題の著名人ですのでファッションアピールは必要です。自信を持って堂々としていればオーラとなり、一目置かれ、宣伝効果が上がります。ファンが他人に勧める際、マイナスとなる要素が極力少なく、アピールポイントがはっきりしているほうが伝えやすく、受け取り側も記憶に残しやすいものです。私達コンシェルジュはアピールポイントがあるため、ひと目見て店の者だと判断できますよね? 見た目はその人を表す大事な要素なのです。自信をもって着こなしましょう!」

「見た目の重要性、参考になります」


 三越には身の回りのこと、それこそ普段着から式典で着る服、立ち振舞まで相談しておりとても助かっている。

 そこで昨晩も女の子の服も相談しようとしたが退勤していたため、とりあえず自分のセンスで購入した。しかし気になるものは気になるので。


「ところで小学四年生ぐらいの女の子の普段着ですが、流行りがありましたらアドバイスをいただきたい」


 と質問を投げかけると、三越はピクッと顔を引きつかせたかのような条件反射をしたが(されど私以外は気づかない些細な動作だったが)被せるように笑顔を強め答えてくれた。


「かしこまりました。そうですね……幼少期となりますと服選びはとても難しく、成長によってすぐに着れなくなる可能性が高いです。私の話ですが、祖母から洋服を頂いた記憶がございますが、デザインの問題もあり、一回着て翌年はタンスに仕舞ったままといった心苦しいケースがありました。プレゼントはありがたいことではございますが周りからの不評に耐えきれず……ですのでお時間がございましたらぜひお嬢様に選ばせてあげるのが一番よろしいかと存じます」

「なるほど。確かに子供の成長を考えたら嫌な物を押し付けるより、自分の好きな物を選択させて自信を持たせたほうがいいか……わかりました。では近くに子供服を取り扱っているお店はありますか?」

「それでしたら近くにショッピングモールがございますので、楽しみながらお買い物ができますよ。地図を印刷して参りますので、あちらでお掛けになってお待ち下さいませ」


 三越はそう言って事務所に入っていったので指定されたソファーに座り待つ。

 しばらくして事務所から出てきた三越は、私に二枚のプリント用紙を手渡す。

 一枚はショッピングモールの地図。もう一枚はテナント情報が載っておりいくつかの店名にと印が書かれていた。


「流行りの女性に人気の小物を扱ったお店をピックアップしてあります。お嬢様はもちろんのこと、へのプレゼントに最適ですよ」

「おお! さすが三越さん! なんてすばらしい気配り。今はもう会うことのできない妻も一緒に連れていきたかったのですが、子供とだけでもショッピングを楽しんできます。お手数おかけしました、ありがとうございます」


 プリントと会話から個人情報を探りにきたなと察した私は、妻帯者であったこと、付き合っている人はいないことをそれとなく明かした。

 また女の子は私の子供とも、そうじゃないともとれるよう誤解させた。誘拐と疑われると困るし、女の子が起きて状態を確認しないと次の手が打てないからだ。

 すると三越は胸に空気を溜め、目を大きく開き、


「差し出がましい事をしてしまい申し訳ございませんでした」


 と詫び腰を折る。


「いえ、何も謝っていただくようなことではありません。ご迷惑でなければこれからも三越さんを頼らせていただきたい。お願いできますか?」

「は、はい! 私で良ければいつでも!」

「いつでも、ですか。それはありがたい! では連絡先を交換しませんか? 出先でも相談事がいくつも出てきて困っていたんです」

「ぜひ! 本当にいつでも大丈夫ですので……ッ!」


 こうして良好な関係を築いてきた結果、信頼できる相談相手の連絡先を得ることができた。

 ちなみに私の見立てでは、彼女は少なくとも仕事としての関係だけではなく異性を意識したという発言だと思われる。

 なぜならホテル業は拘束時間が長く、シフトもバラバラで外での出会いを期待できない。

 担当という特殊な状況である今、単純接触効果により好意を抱いてしまうのだ。仕草や言動からも感じ取れる。

 私も惹かれていないと言えばウソとなるが、気持ちは今も妻を愛している。

 しかしもう会えない妻をいつまでも引きずるのもまた女々しいというか……まだ気持ちの整理がついていないし、神の使徒という立場もある。

 ここは伝家の宝刀『先延ばし』ということで。


 丁度いいタイミングでネット注文した荷物が届いたので受け取り部屋へと戻る。

 扉を開けると――大絶叫と黒い影が私の帰りを歓迎してくれた。

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