第9話 腹ごしらえと神様

「こいつは……漏れていやがる」


 四体の黒い影の顔に当たる部分に、昨晩見たばかりの喜怒哀楽を表す仮面が付いており、号泣する女の子を中心にして、あたふたと焦りながらも仮面の感情に合った行動を演じる奇妙な劇が公開されている。


「感情爆発によって制御から外れたのか」


 五魂合体を使い女の子の魂を核にして安定させたが、副作用と呼ぶべきか稀に特殊能力を得る場合がある。

 運が良いのか悪いのか、この女の子は魔物化を得たようだ。


 男の子なら特別な力に喜びそうだが、女の子だと普通に生きていく上では邪魔な能力かもしれない。いや、これからの日本で活躍したいなら……


 第二の生みの親として女の子の将来が心配だ。記憶はあるのだろうか、確かめなくては。とりあえず落ち着かせて、今後のことについて話し合おう。


 私は黒い影たちに手でどくよう合図を送り、女の子に近づき声をかけると、


どうじゃあん父ちゃん!」


 叫びと共に弾丸の勢いで飛びつかれた。


「おっと」


 反射的に受け入れ抱っこ状態に持っていきあやしていると、仮面の影たちは安堵した雰囲気を出し女の子の中へと消えていった。


(父ちゃん……か。だ)


 予想は的中したとみていいだろう。落ち着かせてから話を聞こう。


「怖かったねー。もういなくなったから安心していいよ。ベッドに座ろうね」


「う~~、うん」


「よしよし、いい子だ。のど乾いたかな? はい、水だよ。飲みながらでいいからお話できるかな? 私の名前は時渡封元ときわたりたかもとだ。お嬢ちゃんの名前を教えてくれるかな?」


「たかもと? 父ちゃん? なまえ……ナマエ……う~~~~、わかんない。

 う~~~~~~~ッわかんないわかんない! さっちゃん何もわかんないぃい!!」


 頭を抱えまた涙を溢れさせてしまった。


「大丈夫だよ、大丈夫。今はちょっと忘れちゃっただけだからね。少しずつ思い出していこうね」


 胸の中で父ちゃん父ちゃんと不安がる女の子。


 自分のことを覚えておらず、刷り込みインプリンティングによって私のことを親と認識してしまったようだ。


 五魂合体成功時、薄っすらと目を開けていたが、あの時か昨晩の夜泣きの時か。


(聞き出せた情報はさっちゃんか。たぶんこの子の名前だろう)


 当初の予定では、目が覚め後遺症が無ければ警察に預けようと考えていた。

 だがこの子の場合、仮面の影達が出てしまったらそれこそ政府の研究機関に連れ去られ行方不明になりそうだ。


(こうなったら捜索願が出ていないか調べていくかたわらで、力の制御方法を教えていくしかないな)


 さっちゃんの頭を優しくなでていると、安心したのかお腹からくきゅるるる~と聞こえてきた。


「ふにゃ~、おなかすいた~」


 時刻は8時を過ぎている。


「しまった! 朝食の時間がなくなってしまう! とりあえずこれを着てくれ!」


 大手通販サイトから届いたダンボールを開封し着替えを手伝うと、慌ただしく部屋から出てエレベーターを経由し、『作家・時渡様』と書かれたダイニングルームに到着した。

 宿泊当初、著名人は混乱を避けるため自室での食事を勧められたのだが、訳あってバイキング方式にしたい私は、無理を言うと条件付きで特別にキッチン近くの部屋を充てがわれた。


 条件はホテルの宣伝に私の名前を使わせてほしいという。

 こちらとしても好条件だったので申し出を飲んだ次第だ。

 スタッフと挨拶を交わし中に入る。


「わあ! 父ちゃん! 見て見てすっごい! 美味しそうな物いっぱいー!」


 かごに入った香ばしい香りを放つ数種類のパン、卵料理、パリッと美味しいウインナー、炊きたてのごはん、スープ類、彩り野菜の盛り合わせ、新鮮魚介類、カレー、揚げ物、パスタ、シェフの一品、フルーツ盛りなど。

 朝のバイキングで定番の物から一風変わった地元特産品が、これでもかと山盛りに積まれてあり、子供心を鷲掴みにした。


「はい、このお皿を持ってどれでも好きなだけ食べていいからね」


「えー!? これ全部いいの!? どうしよう食べきれないよ~……ってなにそれすっごい!? お山さん作ってる!?」


 さっちゃんがどれを食べようか目を輝かしている隙に、いつもどおりの量をよそったら驚かれてしまった。


「いっぱい食べて元気をつけないと今日を目一杯楽しめないぞー!」

「そっかー! なるほどー! じゃあいっぱい食べるー!」


 さっちゃんは「負けないぞ―」と気合を入れて手に持つ皿に料理を載せていく。そんな微笑ましい姿を目で追いながら、二皿目も芸術的に山盛りを作ることができ、自分のセンスに口端を釣り上げる。

 こぼれず食べやすく。

 なかなかに難しい課題に何やってんだろうと諦めそうになった時期もあったが、歩みを止めずによかったですと、心の中の自分がインタビューに答え感涙するイメージを思い浮かべる。

 盛り付けに満足したのだろうさっちゃんが、嬉々と私のところに戻ってくると、テーブルに並ぶ山を見て凍りついた。


「父ちゃん……食べれないのにごはんで遊んじゃダメだよ……」

「いやいや、遊んでないよ。ちゃんと見てよこの芸術作品を。神秘的な佇まいは霊幻あらたかな名のある霊山を彷彿とさせ、神話と幻想がフュージョンし、食べた者は筋骨隆々となり、吠えれば山を砕き飛べば天へと届く力を得ることができるッ! 芸術はそんな魔力宿る味へと昇華させることができるのだッ! これこそが究極の能力向上料理『昇天ペガサスチョモランマ盛り』!! 称賛こそがふさわしい奇跡の一品を私は作っているのだよ!」


 遊びではないことを全力を以って伝えることができたと自負する。

 真剣なんだと、命をかけているんだと、まあ命は言いすぎたけど、それぐらいの気持ちでやっているんだと周囲に理解してもらうまで開拓者フロンティア精神スピリットを叫び続けなくてはならないのが創始者の務め。


 届け! この想い!


 向けられた熱にさっちゃんは顔をひきつらせ一言――


「な、なに言ってるのかわからないよ」


 あゝ無情。

 さっちゃんの発言が……ではなく年齢に合った言葉選びをしなかった自分に思いやりがなかったと反省する。


「あー、難しいことを言ってしまったねごめんごめん……時間無いし食べようか」


 後々理解してもらえればとこの場を濁す。

 今は時間内にこの場にある全ての食べ物を胃袋に収めることに集中しなくてはならない。

 食い意地もあるが試していることが完成しそうなのだ。


「「いただきます」」


 手を合わせ食前の儀式をする。

 宗教で見られる祈りと等しいが、日本人は宗教関係なしに日本文化の食に対する心構えであり美徳として実行している。


 食べれる事に感謝を。

 生産者に感謝を。

 調理師に感謝を。

 人と食卓を囲める幸せに感謝を。


 命を食べることに最大限の感謝を。


 いただきますの意。

 理解し言葉を発する者は少なく心に思う者も同。知らず習慣だからと日本人なら誰もが同じ動作ができる祈りの型。

 実はこの祈りの型、異世界で魔力を練る初歩の型と同じなのだ。


 手のひらを合わせることによりじわりと広がる熱『体内エネルギー』。その体内エネルギーと富士山よりも巨大な『世界樹』から胞子のように撒き散らされる『魔素』を練り込ませ、溶け込ませ、『魔力エネルギー』に変換する。あとは契約した精霊や神に超常の力を借りて魔法となる。

 この世界に世界樹はなく魔素を作り出す代替品もない。

 そのためと分かるが、

 天命のためには魔素が必要不可欠だ。

 それとこの世界を剣と魔法の世界にするという私の野望のためにも魔素がどうしても欲しい!

 しかし今から世界樹を育てるとなると、少量の魔素を生成するまでに数百年の時間を費やせねばならない。

 残念だがこの地球に


(タイムリミットがなければじっくりやってもよかったのだが)


 何か代替案はないかと新聞とテレビのニュースを漁っていると面白いアイディアをひらめいた。

 試行錯誤を繰り返してようやく形になったと思う。


(よし、これなら成功しそうだ。はじめよう)


 昇天ペガサスチョモランマ盛りを奉納品に、我が力を以って食神へのパスを繋げる――……

 幻術で隠してある額の賢者の石が大量の魔力を使うと、雷鳴とどろく暗雲の中ぽっかりと開いた空間を感じ取る。


(ぐぅッ! ごっそり持っていかれすぎて変な汗がでた。だがついに目指していた場所に着いたぞ!)


 思念体を飛ばした先は異世界の神の領域。

 アイディアを活かすには魔素に長けている異世界の食神しかいない。

 辺りを見渡すとどこからともなく声が聞こえてきた。


「ほう、下界の者が我が領域に足を踏み入れるとは久方ぶりの事。して何用か。くだらぬ戯言でないことは確かであろうな? お主の一言が全人類の代表としての言葉と自覚せよ。さあ要件を言え」


 冷たく低い声。

 内容も内容で耐性のない者は恐れ多く縮み込まってしまうだろう。

 私はに口端を上げ応えた。


「相変わらずですね、そんなんじゃ崇拝者が減ってしまいますよ。いつもの食神様のほうが可愛らしいのですからお辞めになったらよろしいのに」

「……も~~、なんですか~、その声は時渡ではないですか~。久しぶりの出番だと気合入れたのに損した気分です~。例えるならハンバーグだと思って食べてみたら豆腐ハンバーグだったぐらいの気分です~。いえ、両方好きですよ~? ただ舌が牛肉を迎え入れる準備をしていたのに、あ、豆腐なんですか~、そうですか~、しょぼーん……っていうそんな気分。いえ、時渡が嫌いって言ってないのよ? 頭のいい時渡なら言いたいことがなんとなく分かったでしょ~? そういうことよ~。うんうん。あ、ハンバーグ食べたくなってきちゃった~」


 先ほどの雰囲気はどこへやら。

 寒冷地から常夏のハワイに来たかのような高低差激しい性格の変化に体調を崩しそうになるが、緩い感じが本来の彼女の性格だ。


 食神はメロンよりも大きく、たわわに実った果実を揺らしながら手を振ると、ポンッとどこからともなく熱々の鉄板ハンバーグが現れた。


「あ~~ん♪ おいしそ~~~♪」


 早速食事を始める食神。正式には保食神うけもちのかみと呼ばれているが私は食神と呼んでいる。

 食神が落胆するのも無理もない話なのだ。

 人の身では神の声を聞くこともままならず稀有な存在であり、会話できる者は特異中の特異。そんな奇跡の子から接触して来たら飛び上がって喜び、長年温めておいたキメ台詞を言わざるを得ない神ばかりだろう。


「ご期待に沿えず申し訳ございません」


 と苦笑交じりに返事。続いて身の上話を済ませ本題を話した。


「食べた分を魔素に変換したい、か~。出来なくはないけど~この魔法を流行らせる気よね~? そうなると~食糧危機に陥るんじゃな~い? 吐いても食べるのが人間だし~そこが心配かな~。まあ時渡の事だから~何か策があるのだろうけど~。でも~そうね~、時渡のいる世界で初の魔法を与えた神になるというのはおいしい話なのは~そのとおりで~、食らいつきたいけど~なにか調味料が欠けてるんじゃないかな~~って」


 短い沈黙。

 食神はあごに指を置いて思考を巡らせている素振りをチラッチラと見せる。

 食神の性格では即食らいつくと思っていたが、もう一つ私から何かを引き出そうとしているのが丸わかりだ。

 駆け引きタイム……か。

 食神が言いたいことは大体見当がつく。“魔法を使う際『詠唱』を行え”だろう。


 魔法とは神や精霊からの借り物の力だ。使わせてもらうために本来は力の源にお伺いを立てるものである。

 代表的な方法は『詠唱』『陣』『祈り』だろう。


 詠唱、陣、祈りには力を借りるモノに“どの力を借りて”“どれぐらいの範囲”を“どうしたいのか”といった文章を長々とつづらねばならない。


 例を挙げればスタバでショートアイスチョコレートオランジュモカノンモカエクストラホイップエクストラソース、ペイペイで支払いますといったところだ。


 これがめんど……大変な手間と知識と理解力が必要で、他にも地味に活舌でつまずく者もいる。

 効率化を図った偉大なる魔導士達は、まずはじめに『スキル化』を作り、さらなる研究によって、感覚で練り上げ魔法を放つ『無詠唱』に辿り着いた。


 無詠唱の成果は永遠に語り継がれる偉大な功績だったが、使徒や神を材料にしたもあったため、神の逆鱗に触れ文明は滅びかけたが……。まあ過去の話は今はどうでもよくて。

 出来れば楽をしたいのが人の常。

 だが神の立場からしたら楽をされると怒り心頭である。

 信徒の数が増えることによりあがたてまつられ存在が大きくなる、それが神だからだ。


 神の存在を認識してもらわなくてはならない。

 この魔法は神が与えたもうた力だと。だから神を讃えよと。我を知らしめろと。

 その内容が詠唱の中に入っているのに、詠唱破棄して力だけ使わせろなどという戯言は舐め腐っている。

 神の言い分はご尤(もっと)も!……だが、やはりめんど――魔法詠唱は手間がかかるからなるべく避けたい。

 しばらく気づかないふりをして

「どうですかねー? 初ですよー。いい話だと思いませんかー?」

 と粘ってみたが「でも~だって~なんか~」と難色を示す一方だったため、時間の無駄だし早々と焦らすのを辞めることにする。


「分かりましたよ。食神様を称える詠唱を条件に魔法の発動としてみてはいかがでしょうか」

「まぁ~!? 素晴らしい提案ではないですか~! やはり時渡は偉い子ですね~」

「――ッ!」


 エサを投げ入れた途端、ゼロ秒即釣り状態の返答に吹きそうになってしまった。あぶないあぶない。


「それでは契約ということでよろしくお願いいたします」

「はいは~い、すぐに詠唱文を送るので~ばしばしっと注目を浴びてくださいね~」

「ありがとうございます」


(ふう、無事契約を済ますことができた。新しい魔法を使うのが楽しみだ)


「そろそろ魔素が厳しくなってきましたので、このへんで通信を切りたいと思います」

「ええ~? もう帰っちゃうの~? さみしいよぉ」


 食神はまだ会話をしたかったのか名残惜しそうな声を出す。


「申し訳ございません。魔素が回復したらまた思念体を飛ばしますのでご勘弁を」

「嘘ついたら神罰をくだしますからね~」

「なんて重い罰でしょうか。うっかり忘れないうちに必ず。では失礼します」

「絶対よ~」


 食神の言葉は社交辞令じゃなく心からの一言だったなと感じた。

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