第7話 融合体

 肌寒く薄暗い空間。

 ゴツゴツとした壁面を軽く叩き感触を確かめる。


「さて、そろそろ固まってきたはずだが……異世界と比べて違いがあるのか楽しみだ」


 今いる場所は私が日本で最初に作った地下洞窟ダンジョンであり本拠地だ。

 ここは本部として機能させていくため、管理室・来賓室・巨大ホール・福利厚生施設といった、見た目は地下に作っちゃった物好きな会社と捉えられなくもない。

 イソギンチャク型モンスターの触手の一部を石化させてから2年目が過ぎた。ダンジョンらしくなってきたんじゃないかと思い、具合を見に来たところだ。


「いい感じだ。次は持ってきたつるはしで壁面を削ってみよう」


 カツーンと小気味よい音が鳴り続く。穴を深めていくと、赤く光る鉱物が顔をのぞかせた。


「お、早速出たな。傷つけないようにハンマーとタガネに持ち替えて取り出すぞ」


 地道に、慎重に。

 予測しながら打ち込むみコンクリートブロックほどの大きさの岩を取り出した。


「いいね、びっしりついてる」


 塊でも価値はあるが、カットして研磨すると万華鏡のような輝く宝石となり、追加価値が生まれる。

 今回は宝石にする予定ではなくだ。


 乱雑に複数の鉱物を削り落とし右手に握ると、


「盛大にぜろ!」


 と叫び反対の壁に向かって投石した。


 すぐさま岩陰に隠れ耳に手をあて口を開け軽く息を吐く。

 いわゆる爆破回避動作をとれたかとれないかのタイミングで、鉱物が壁面に当たる音を起爆剤に、全てを吹き飛ばす大爆発が発生した。


 キュドオオン――…………

 爆炎・轟音・衝撃波・振動。


 複数の鉱物を用いた事により、2,750トンの硝酸アンモニウム爆発を上回る性能がダンジョンを駆け巡った。


「ぶえっぺっぺっぺ……あー転がった。魔力を込めすぎて予想以上の爆発になったが魔石の完成を確認っと。ふむ、内壁は無事耐えたのを見るに異世界と同等かな。耐火の指輪と耐防のネックレスは砕け散ったか……向こうで最高級品の魔石を使っていたのだが。直撃していたら切り札まで失っていたかもしれん」


 スーツについた砂埃を払う。


「煙たいな。外に出て新鮮な空気でも吸うか」


 若い体になってから持て余してる感がありつい無茶に走る傾向にある。自重するべきか悩んでいると、ダンジョンから出るあたりでスマートフォンから地震速報の知らせが鳴った。


「あー、さっきのが地表に影響したのか。浅いところでやりすぎたな。ダンジョンを強化して外に影響が出ないようにしないと、大魔法を連発できないな」


 被害状況を確認するため電波の強い場所に歩いた。すると――


「おっと!?」


 木製バットほどの太くて黒い筒が顔に迫ってきたため上体をそらし回避する。


(これは、触手か?)


 避けると同時に飛んできた物体を見ると、奥から伸びてきているのが分かった。

 相手は避けられると考えていなかったのだろう。触手を戻すのに遅れていたため遠慮なく蹴り上げる。

 バチンッとタイヤに近いゴムのような音を立てしなやかに曲がると、伸びた触手は本体に戻っていった。


「ゔゔっゔぁっゔぁあああ!」


 それは獣のような咆哮をして威嚇してくるが動揺を隠しきれていない。

 小さい身体、全身影のように黒に染まっているが、節々にある切り傷のような赤い亀裂が呼吸と共に脈動している。

 背中から8本の触手が生え出しており、その内の4本の先端に喜怒哀楽を表す仮面が付いている。


 誰がどう見ても人外のモノ。


「驚いた。いつから日本にモンスターが出るようになったんだ? 私はまだ何もしてないぞ。まあいい」


 私は両手を上げ何もしないとアピールする。


「ストップだ、私は君と対話がしたい。矛を収めてくれないかな? ――おっとっほっ」


 歩み寄ろうと近づくが残念なことに二撃三撃と触手が襲いかかってきた。全て最小限の動きで回避を続ける。

 するとじれて単調になった攻撃がきたのでタイミングよく掴み取り、勢いよく釣り上げると、背中を向け胸に飛び込んでくる形に――


「はいキャッチ。お~しおしおし暴れない暴れない」

「ガアアアア!? ガアッ!」


 モンスターは私の腕を振り払い逃げようと激しく、死に物狂いでもがき抵抗してくる。

 しかし私は逃がしてなるものかと加減しながら胴回りを掴み続ける。


「む!? この感触は……」


 小さい頃の娘を思い出す抱き心地から、どうやらこのモンスターはメスだと察する。

 そんなことはどうでもよく、問題はいくつかの魂が不完全に癒着しているのが分かった。


(ぎこちない動きをしていたがこれが原因か。キメラ化の失敗とは未熟者め……)


 モンスターの胸元のさらに奥を調べるため、手に全神経を集中させて探りを入れる。


(魂の癒着具合から見て作られてからまだ時間がたっていない。これならあの魔法で救えるかもしれないな)


 そして解決策を見出した私はすぐに実行に移す。


「『禁呪:五魂合体』ッ!」


 身勝手に生み出された哀れな存在。その中で生きたいと強く願う魂に、禁忌を犯してまで救いの手を差し伸べる事に躊躇はしない。


 禁呪を発動させると私の右腕に白い炎、左腕に黒い炎がまといだす。次いでモンスターの肋骨のあたりに指を食い込ませ、菓子袋を開けるように勢いよく引き剥がす途中、白炎と黒炎が交差し五つの魔法陣が展開した。


 ビリィイ――


 モンスターの胸元から引き裂く音が響き、黒い皮膚だったモノが四散すると、モンスターがいた場所に五つの光が残り、中心で一際輝いている光に四つの光が集まり融合する。

 目がくらむほどの眩しい光を放つと裸の女の子の姿が顕現した。

 生まれたばかりで意識が覚醒しておらず倒れそうになったので、優しく抱き寄せる。


「よし! 成功だ!」


 触媒無しで禁呪:五魂合体はギャンブル要素が強く、違う魂に引っ張られる可能性も十分にあった。

 狙い通り一番マトモそうな個体になってよかったと安堵する。

 久しぶりに両腕で生命の温もりを感じる。

 異世界では王として家臣の子を抱きかかえることはよくあったが、片腕を無くしてからは誰かが抱えているところを触れるしかなかった。


「怖かっただろうに……よくぞ幼き身でありながら魂を混沌に沈めず耐えたものだ」


 スヤスヤと眠る顔に手を滑らせて撫でる。

 力強き魂の持ち主は安堵か疲れかすぐに覚醒する感じはなく、全身を脱力させ体重を預けてくる。


「しかしだ、五魂合体の後遺症が心配だ……この子に記憶が残っていればいいのだが」


 魂には記憶や容姿といったデータが刻まれている。

 この子の魂を軸にすることにより生前の容姿にすることはできるが、四つの魂を贄にし具現化させるため記憶の混雑が起きる可能性が非常に高い。逆に全てを失っている場合もある。


「願わくばこの子に幸あらんことを祈る」


 まだ冷える季節。

 裸の女の子を抱えながら、とりあえず宿泊先のホテルに子供を追加する電話を入れた。

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