第5話 始まりの本
「あーっとお時間となってしまいました! 皆様の熱意に圧倒されるばかり! 少し前に始まったばかりの感覚ではございますがなんとすでに三時間……! 開始から三時間も立っておりました!! 時間も押しておりますので、心残りではございますが、会見はここまでとさせていただきます!!! それではご来場の皆様! 作家の時渡先生と、イラストレーターの推しは推せる時に推せ先生のさらなるご活躍を祈念しまして、盛大な拍手でお見送りしましょう! 本日はお忙しい中誠にありがとうございました!!!」
アナウンサーが終了の言葉を綴ると、盛大な拍手と割れんばかりの歓声がホールに響き渡った。
今いる会場は、私が出版した異世界を題材にした本『異世界に通ずる門』がメインの大手出版社主催優秀者発表記者会見だ。
世間に名を売るために必要な行動。
無名でドが付く新人が、有名な賞も取っていないのに八百人収容できる
会場を溢れさせ、道路にまで列を作っている。
一体全体どうなっているのか。この行列はなんなのか。メディアが騒ぎ立て、人が人を呼び会場外では大混乱。SNSではこの話題でトレンド入りとなった。
「せ、先生……! 素晴らしい会見でございましたっ。成功! 大成功! 業界初の大盛り上がり!! ええ、ええ、私共が全力でご協力させていただきましたので失敗などありえませんっ。如何だったでしょうか……ご満足いただけましたか?」
会場を出て控室に入ると、白髪が目立つ小太りの男がニヤつき顔で見事なゴマすりをしてきた。
こいつは大手出版社の幹部で、今回の協力者だ。そして見て呉れでわかる気持ちのいいクズ野郎だ。
こういったクズ野郎は生命力が溢れているため、タイミングが合うと一気に出世してしまい、若い時に苦労した経験がないので、新人の気持ちを汲み取れず、無茶振りしまくるパワハラ系上司になりやすい。
――――例に漏れず、こいつもパワハラとセクハラを備えたハイブリッドハラスメント上司だった。
たまたま入った飲み屋で会社の宴会に参加していたクズを見かけた。
その席で男性部下に一気飲み強要。一芸披露強要。王様ゲームで女性部下に卑猥な命令とやりたい放題が目についた。
帰りに酔ったふりして抱きついたりホテルに連れ込もうとしていたので、見かねた私は
女性部下を帰らせた後クズの使い道を思いついた私は、第二ラウンドに入り徹底的に教育を施した結果、とりあえずいつでも切れる駒を手に入れた。という流れだ――――
「ああ、十分宣伝が出来ただろう。客はほぼサクラだが契約書も交わしているし口止め料も支払っているから漏れる心配はない。あとはマスメディアが盛況っぷりを報じてくれる手はずだったな。ぬかるなよ」
「報酬だ、取っておけ」と手渡したシルバーのアタッシュケース。中には時価総額50億円相当の財宝を入れてある。
「あびゃあびゃあ……! なんと美しい宝石なんだぁあぁぁ」
その中に一際魅力を放つ宝石を見て、クソ野郎は感嘆の声を上げた。
宝石は人を魅了する。
魂を魅了する宝石『サキュバスの瞳』の実験は成功したが、やはり人格まで壊すような道具はつまらない。打つ手がなくなった時用の最後の手段として封印しておこうと決める。
「また連絡する」
クズ野郎と別れ建物を出ると、“ぐぅー”と腹の虫が栄養を求めてきた。
時計を見ると夕飯にするにはちょうどいい時間だった。
私は心躍らせながら近くの飲食街に向かい、最近お気に入りとなった定食屋“満塁ホームラン”に着き、暖簾をくぐって中に入る。
ここは少し年季の入ったたたずまいをしており、忙しい労働者向けの手軽で安くて美味いをモットーにしているそんな店だ。
店内は外観と同じく時代を感じさせるセットになっているが、地デジ化の影響によりテレビだけは大きく場に合っていない印象を受ける。
「おお、いらっしゃい! テーブルにどうぞ!」
中華鍋を豪快に振る姿が似合う肉付きの良い男性店主が、いつもよりテンション高めで迎え入れてくれた。
指定された通り空いてるテーブル席に座ると、店主と同じふくよかな奥さんがおしぼりを持ってきて注文を取るのと別に、ソワソワしながら話しかけてきた。
「お兄さんもしかしてテレビに出てた作家さんかい?――ああやっぱりそうなんかい! ニュース番組でお兄さんに似ている人が出てるってお父さんが大騒ぎしてねぇ。私もひと目見て間違いないって! 慌てて息子に電話したら本持ってるって言うの。今からすぐ息子の部屋に行って本を持ってくるからサイン貰えないかねぇ?」
快く承諾すると、奥さんは「すぐ持ってくるわね!」と小走りで店の奥に行き、数分後出版したばかりの私の名前が書かれた厚さ3cmの黒い本を持ってきたので、サインをすると大変喜んでくれた。
「うちはこんな店でしょ? 有名人様が来てくれたのなんて初めてで感動だわ。色紙用意しておくから今度来た時に書いてくれないかなぁ。――やった! 言ってみるもんねぇ、うれしいわぁ。デザートの杏仁豆腐サービスしちゃう♪ あらやだ、おばちゃんはしゃぎすぎちゃった。邪魔しちゃってごめんなさいね。それじゃ今日もいっぱい食べていってくださいね!」
奥さんは大事そうに両手で本を持ち、鼻歌交じりで厨房に入っていく。そして店主にサインを見せて二人して満面の笑顔を作っていた。
仲睦まじい夫婦姿を見て、ふと妻を思い出し、目頭が熱くなった。
いいねぇ。実にここは良い。
一人の食事は楽なので好きなほうだ。だが、間接的でもこうやって家族の温もりを感じれる店を選んでしまうあたり、孤独に弱くなったのだろう。
寂しさは一番のえぐ味で、どんなに美味な料理を食べても満点にはなれないという。
私が今も忘れない最高の味は、仲間や家族と一緒に食べた塩とコショウで味付けしたシンプルなバーベキューだ。
肉を奪い合う子供たち。野菜も食べなさいと怒る妻。酒の飲み比べをする仲間たち。
みんな笑顔で笑い声が絶えない空間。これに勝るものはない。
思い出に浸っていると注文した品々がテーブルを埋め尽くした。
「作家先生お待たせしました! 残りはいつもどおり出来次第順次お出ししますね!」
「ははは。いつもタイミングバッチリで感謝してます。では温かいうちに」
日本人らしく手を合わせ「いただきます」を合図に、割り箸をきれいに割り、料理に手を伸ばした。
「うまい!」
ラーメン、鶏のからあげ、麻婆豆腐、チャーハン、レバニラ炒め、冷奴、魚フライ、野菜炒めなどなど。早めに出来る料理から続々運ばれてくる。
異世界から帰還後の初食事は感動したものだ。
年老いた体から三十代ほどの体になってこれが若さかと驚愕した。
胃にいくらでも入り、最近は二十人前は食べないと満足できない体になってしまっている。
かーっ! うまいうまい!
片っ端から口に運び消えてゆく品々。
リスのように頬を膨らませラーメンの汁で飲み込む。テーブルマナーに縛られないのも食が進む理由の一つ。
ああ、若いってサイコーだ!消化が早く、食べれば食べるほど血となり肉となる! 栄養が全身を駆け巡る! パワーが漲(みなぎ)り、筋肉がギチギチと喜ぶのがわかる!
最近は食べるスピードが速くなり、私が食べ尽くすのが先か、店主が作り終えるのが先か。ちょっとした店の名物になっているようで、遠目でチラ見をする客が増えてきた。
聞き耳を立てれば話し声も聞こえて――
「あのすげー食べっぷりの人ニュースに出てた人じゃね?」
「あ、本当だ。小説作家さんだよ。えーっと……うわ、たっか! 今調べたら4,800円の本が転売屋の買い占めで20,000円になってる!?」
「電子書籍版はまだ出てないみたいだし、もっと値上がりしそうじゃねーか。
俺も転売に参加しようかな」
少し離れたテーブル席に座っている二人の男性サラリーマンの会話が耳に入る。
どうやら転売屋が釣り針に喰らいついてくれたようだ。しっかりと読んでくれれば近い未来確実に起こる、いや、起こす天変地異で俺ツエーが出来るのだが。
スマートフォンを取り出し調べると、確かに高くなっていた。
私の本は特典付きの小説なためビニール包装されている。
新品未開封と書かれて出品されているのを文面通り素直に受け取るなら、読んでいないか大量に仕入れたか。まあ今はそうやって、小説を読まない層にも、異常な事が起きていると宣伝してほしい。
「ラストお待ちどう様!」
やりきった顔を浮かべた奥さんが、最後の料理をテーブルに置く。
今日も私の負けだ。
口に出して勝負だと宣言したわけではない。
いつの間にか始まった暗黙の勝負。だから表立って喜んだり悔しがったりしない。
しかし着実に店主の腕が上がり、奥さんの連携プレーに磨きがかかってきているので、対抗心を燃やしているのは明白だ。
迷惑な客だと思われてなくてありがたい。
「ごちそうさまでした。また来ます」
スマホ決済で支払いを済ませ店を出る。
辺りはすっかり青みが増しており、ひんやりとした涼しさが肌を通り抜ける。
七つ目のダンジョンの基盤を作ったのが春。それから今回の準備で半年が過ぎ、冬に入ろうとしている。
この世界に戻ってきてからすでに2年が経過した。
魔素の節約をしながらだと時間がかかってしまったが、概ね順調といったところだろう。あと少しだ。待っていろよ、人類よ。
「さて、と」
軽く準備運動をして日課の
お楽しみの夜の時間だ! 食べた分がっつり運動で消化しなくては!
パトロールにより対象者に教育的指導を実行。
・泥酔者1人
・DV男1人
・麻薬バイヤー4人
・援助交際6人
・自殺未遂1人
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