第3話 依頼は私欲の中で

「キィイーー! この! この! この!」

いふぉふぃぽぴひいたイタタタタタタタタ


 頬肉が引き千切られてもおかしくない万力が如く握力で上下左右に引っ張られ、だらしのない声が漏れてしまう。

 抵抗はしない。こればかりはこちらに非があるので気が済むまで罰を受けることにする。

 そう、本来こんな生易しい罰で許されるはずがない後ろめたい事を、私は神にしてしまったのだ……。



 ※※※



 異世界に転移したての若き日、カネの亡者となっていた私は、自分の都合のいいように経済を作り変えていた。

 だが、妻の愛を知り、自分の愚かさを客観視でき、思考回路に色濃く掛かっていた霧が晴れたその時、女神から承った天命を思い出したのだ。

 あ、これはマズいのでは……?

 何も手を付けていなかったことに焦りを感じ、遅まきながら手を付けている最中、視界の隅に【帰還ボタン】が表示された。

 これは神からの帰還命令だ!

 見た瞬間理解した。そして三つの説を立てた。“能力不足による帰還命令説”か“状況報告説”か“全くの別件説”。

 帰還ということは異世界からいなくなるということ。この時の私は多忙を極めており、ここで消えることになったら、天命も、停戦も、すべてが水の泡になってしまう。それだけは避けたい。

 悩んだ結果、異世界を優先にしたかったので、帰還を後回しにした。

 それからというもの、帰還ボタンさんは日々バージョンアップをしていった。

 初めは視界の邪魔にならないよう、配慮された小さいゴシック体で【帰還ボタン】と表示されていたが、徐々に大きくなり、数を増やされ、右から左にコメントが流れるようになったり、パトランプからキュインキュインと音が鳴ったりと、視覚から聴覚にまで訴えてきた。

 もうね、逆に次は何がくるんだろうとワクワクさせられ、帰還する気が益々薄まっていった。

 しばらく進化バージョンアップを楽しんでいたが、緊迫した政治場面が続くようになり、はかりごとに集中したいため、帰還ボタンを非表示にできないか信号を分析。生存確認、表示確認、最新帰還ボタンデータダウンロード、反応確認といったプログラムが動いているのが分かった。

 仕組みが分かればあとは楽。受信と送信を魔法でオート化し視界から消した。

 これならどうだと考えてくれている神の姿を想像したら泣けてくるので、せめてもの贖罪の気持ちとして、あとで見返せるように、帰還ボタンの映像を額に埋め込んである【賢者の石】に保存した。


 錬金術師が夢見ていた賢者の石。媒体として使用するとどんな金属も黄金に変え、飲めば不老不死になる命の水を作り出すという伝承がある代物。

 私は配下からこの伝承を聞いたとき、マンガやゲームで多様な効果があったことを思い出す。

 膨大な魔力の塊だったり、モンスターだったり、傷を癒すアイテムだったり、ホムンクルスの動力源だったり、膨大な知識を得れたり。

 万能だ。万能で便利で最強すぎる。

 つまり賢者の石とは、普通とは違う特別な性能を持っている石を指す総称なのだろう。

 私がいなくなっても、天命が機能し続けるための便利アイテムがちょうど欲しかったところだ。早速作ってみよう。

 ということで贅と知識と労力と魔法とチート神に与えられた力を使って出来上がった性能を紹介したい。


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 賢者の石<プロトタイプ>

 魔素吸収、魔素蓄積、魔素分配、治癒促進、リラックス効果


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 どうだ! すごいだろ! と自慢したかったのだが、正直な評価は及第点といったところ。期待値が高かっただけに思ったほど凄みがない。

 大きさがモアイ像並みになってしまったのもこれじゃない感がすごい。これは賢者の石よりも、ゲームでよくあるセーブ地点の全回復場所だった。

 まあいいのだ。初めは大雑把に作る。そこからよりコンパクトに、より性能を高めていくのが日本人が得意とする分野で、私も例に漏れず大好きな性格だ。

 それから暇を見つけては賢者の石を製造していき、最終的に8mmサイズまで落とし込めた。真珠のような丸くてきれいな石。

 これは自分用に作ったもので、天命用の賢者の石はとっくに完成してある。

 ぜひ自慢の一品を見てほしい。


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 システム名:賢者の石


 白蓮の魔石<端末タイプ>

 魔力通信、録画機能、スキャン、アポート、寄生


 雲上の信託者<サーバー>

 解析、高速かつ高度な演算処理能力、魔力通信、魔素蓄積、魔素分配、魔素吸収、

 保存結界、データベース、座標


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 発想を逆転してみた結果、大満足の出来となった。

 賢者の石のサイズをコンパクトにすると、性能がいまいちなくせに材料費が莫大にかかってしまう。製造失敗時の被害も大きく、何度研究所が使えなくなったことか。

 それならば、携帯電話のような通信機器にして、離れた場所から取り寄せる魔法を付与すれば、見た目は賢者の石と言い張れるだろう。

 内部処理がなんであれ、言ったもん勝ちだ。

 私は完成した白蓮の魔石を早速装備することにした。

 おもむろに額に押しあてると『寄生』が発動。頭蓋骨をものともせずズブズブと浸透し、半球分入ると次の段階へ。

 神経が生着していくと考えるだけで白蓮の魔石の性能を引き出せるようになった。

 試しに保存結界に保管してある、傷を癒す効能がある回復の泉から水だけをアポート引き寄せるすると、目の前で桶をひっくり返した勢いでざばっと落ちた。アポートの工夫次第でミスト状や水鉄砲にも変化でき、さらなる応用意欲が湧いたものだ。

 そんなすごい物を作ったよという隙あらば自慢話を挟みつつ時を戻そう。

 賢者の石に保存された帰還ボタン映像をお怒りになっている女神が作った物なのか分からないが、とりあえず帰還ボタンを作っているプログラマーのモデルにさせてもらうことにした。今まで黒ずくめの男姿を想像していたからスッキリだ。


 無視したことに対して、先に述べたように私は十分に反省している。無抵抗状態でされるがまま罰を受けている。ただ視界のスミにはRECと書かれているが。

 さて、女神から直接ご指導を受けたという貴重な体験を保存しておかないとな。罰を受けた証拠は残さないといけない。

 魔力通信を発動して異世界にある『雲上の信託者』に接続を試みたのだが。

 …………くっ、やはり神以外が別次元に干渉できないようにする妨害対策があるようだ。座標機能があってもかなりか細い反応しかわからない。

 魔力を高めて探知を強化すると、私の有り余る魔素保有量でもゴリゴリと減っていき、少しずつ疲労感が増してくる。

 感覚で言えば、東京ドームと同等の大きさの爆裂魔法を、50発放ったぐらいの魔素消費量に差し掛かったとき、やっと『雲上の信託者』とつながった。

 ぐッ、久しぶりに疲れた。魔素の使用は体力ではなく精神が疲労する。アルコールの飲みすぎや車酔いに似た、吐き気寄りの気持ち悪さだ。

 人並外れた魔素保有量になった私は、二度と体験しないだろうと思っていたのだが……。

 さすが神の御業、少々侮っていた。天狗になっていた自分を戒めなくてはならない。


 そこでだ、神界と異世界で相互通信が可能になったので、これから先のことを考えて、この部屋に中継魔法陣と魔力波増強陣(ブースター)をこっそり仕込んでおくことにした。この作業により、どの世界に行っても、『雲上の信託者』を今より少ない魔素消費量で見つけやすくなるだろう。

 頬をつねられながら仕込みを済ませるのと、女神の怒りが収まるのは同じタイミングだった。


「ハァ……まあ戻ってきたならもういいわ。十分反省しているようだし。それで――あなたが生まれた意味、やらないといけない使命、理解できてるわね?」

「ええ、ですがまずはお詫びからさせてください。帰還が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。そして私の体を癒していただき感謝します。天命の件、異世界で実施し、成功を収めております。この体であれば、違う世界でも、天命を全うすることができるでしょう」


 女神の拘束から解かれた私は、神の奇跡によって復元された体を確かめながら答える。乾燥した皮膚からすべすべとした張りのある筋肉になっている。脳からの伝達速度が早いことから部位が欠損する前まで、30歳から40歳あたりに若返ったと推測。ボロ雑巾だった体がいかに不自由だったか改めて実感する。


「よろしい。ふむ、データを見る限り魂の循環率が上がってますね。危険値から回復した日付を見るに、あなたの行動と結び付けていいでしょう。よくやりました。これであの世界MMY204は最悪な事態にならなくて済みます。偉業を成し遂げた褒美として、盛大なパーティーをしましょう!――と本来はそうしたいところだったのですが、いつまでたっても帰還しなかったので、今度はあなたの元の世界が危険値に近づいてしまいました。パーティーはお預けです。では慌ただしくてすみませんが、早々に転移してもらいますよ」

「おや、折角の機会ですし語り合おうと楽しみにしていたのですが残念です。急とあらば喜んで引き受けましょう。何より元の世界を救える。これほどうれしいことはありません。またお会い出来る日を心よりお待ちしております」


 落胆から喜び。過剰なまでのジェスチャーを添えて大きくアピール。得意な営業スマイルを女神に披露する。こうすることによって、相手に自分の存在を印象づけることが出来る。

 そして狙いは、相手の感情を揺さぶり、次に話す内容を通しやすくすること。


「確認ですが、天命を全うする過程で起こる諸々は、私に一任せていただけるということでよろしかったでしょうか?異世界――MMY204、ですか? で培った実績がありますし、今回も申し分ない働きをお約束します」

「はて、散々好きにやっておいて今更な気がしますが?」


 ぐぬぬ、アピール失敗か。痛いところを突いてくるじゃないか。女神が見ているパソコンみたいな端末に、私の情報がどれぐらい集められているのか分からないし、ここは素直に話しておこう。


「独断でやったことは認めます。当時は若かった……そう、若気の至りとして寛大な心で水に流していただきたい」

「フフ、冗談です。少しからかってみたくなっただけです。それで?」


 なるほど、冗談ね……。私は苦笑いを浮かべ、話をつづけた。


「なぜ私がここで立場の確認をしたかといいますと、危惧していることがあるのです。それは女神様以外の神様から天罰が下る可能性です。MMY204では神の名を騙る不届きモノ、禁忌とされる術や封印を偽物と思い対処してきましたが、中には本物もあり、女神様に迷惑をかけてたのかもしれない。天罰と迷惑、それが私の行動を鈍らせるのです。次はスピーディーに事を進めていきたいので、確約をいただきたい」


 私の訴えを聞いた女神は、右手を口元に当て、しばらく考えると言った。


「そうですね……あなたには任せるだけの功績と実力があります。いいでしょう。我がワウィースターの名のもとに一任します。善を尽くし身を捧げなさい。この件について、他の神と情報を共有しておきますので、邪魔が入ることはないでしょう。期待してますよ! 時渡封元!」


 よしッ! よしよしよし……ッ!!

 星一個(厳密には二個だが)任されるなんてかなり期待されてるじゃないかッ! 帰還命令を無視したから自己評価を低く見積もっていたが、こんなことでいちいち尾を引いていたら神はやっていけないのだろう。私も国の運営で学んだから共感できる。


「仰せのままに」


 こうして私は、異世界であらゆる経験と力、そして神の後ろ盾を得て、元いた世界に転移した。



 ☆☆☆



 転移の光が収まり目の前が晴れると、そこは針葉樹が茂る暗い山の中腹だった。


「スー……ハァー…………」


 MMY204とは違う空気の味。


「森の精霊がいない。脅威になるモンスターの気配もない。あるのは頭上にきらめく懐かしき星座か。おお! あったあった。改めて見ると月ってこんなに綺麗だったんだなぁ」


 戻ってきた。そう実感したとき、自然と笑みがこぼれた。もし戻ってくることができたならやりたいと温めていた案がある。

 時は来た。なら、やるしかないよな……!


「――さあ地球に住む全人類よ。妄想に浸る夢追い人よ。今この時、この時代に生きていることを神に感謝せよ! 初めるぞ! 剣と魔法の異世界ファンタジー化計画を! 夢と希望と興奮と富と名誉、全世界に等しきチャンスをもたらすために、私は――帰ってきたああああ!! ハーハッハッハッハッハッ!!!」

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