第2話 女神との再会
私が異世界に行く前に考えていた幸せの形は単純にカネだった。
末代先まで遊んで暮らせるカネがあれば、幸せを築けると信じていた。
しかし、文明が発達していなかった異世界は現代知識と
結果論で言えば、カネに幸せを見ていては、私が想い描いていた幸せに一生辿り着くことは出来ないという事を痛感した。
胸の奥に深く突き刺さっている腐食した何かに、もがき、苦しみ、病んだ末に助けてくれたのは妻の愛だった。
妻とは政略結婚の間柄で、そこには何の愛情もなく、ただの子孫繁栄のための器にすぎなかった。
――そう考えていたのは自分だけで、愛を教わった時、愚かな道化の仮面は心のモヤと共に消え去った。
私は――俺は―――僕は――――※※※※……親の愛を知らない。生きることを知らない。ああ、そうか。だからなのか……
それからというもの、魔術と科学による非道なる行為に終止符を打ち、罪を償う気持ちで全財産を使い、世界にとってもっとも良い形になるように模索し、話し合い、時には欠損を伴う大敗を交えながら、歯を食いしばり世界の調律を成し遂げた。
その頃には古くて臭くて使いどころのなくなった雑巾の絞りカスみたいな姿になった私だが、妻と子は嫌な顔をせず愛情に満ちた介護をしてくれた。
赤き月の夜、絶対防壁を謳う石造りの城の寝室。
影の者から極秘任務完了の報告を受け、その日を死期と決め家族を呼んだ。動かしにくくなった表情筋を無理矢理に上げ、笑顔で別れを告げようとしたが、泣くものかと我慢していた雫が自然とこぼれ、しわくちゃに乾いた大地を幸せの塊で潤し続けた。
「今までありがとう。元の世界で……やり残した事が……あるから、先に逝く。苦労を……かけた」
冷たい印象を抱かせる整った顔立ちに青い瞳を持つ伴侶にボソボソと告げた。
「――ッ。我らが英雄に! 我らが偉大なる父に! 安らぎの歌を!!」
薄れゆく意識の中、妻の気丈な声が愛おしく魂に響く。
表情を変えることなく冷酷な裁決を下す氷の女王。政治のため仕方なく結婚し噂通りの女だとため息が出た私の妻。子供たちが嗚咽を漏らす中、一人音程を崩すことなく、凛とした力強い歌声を響かせる。
(ああ、妻よ。そんなにも泣かないでくれ。帰れなくなってしまうではないか。私に愛を教えてくれた妻。私を一番理解してくれている唯一無二の最愛の妻。愛してくれて、ありがとう)
神からの天命はとうの昔に完遂しており、意識すればいつでも元の世界に帰ることができた。目を背け逃げなくて良かったと心から思う。
脳内に浮かび上がる選択肢を前に、ほんの少しだけ過去の自分を想う。
思い出にふけっているとそのまま死んでしまうため、走馬灯を途中で止め、先程から脳内で主張している『帰還ボタン』を押すイメージをした。
これで本当のお別れだ。
光と生命を司る精霊が現れ祝福の祝詞を上げる。すると私の体の中心から光が広がり全身を包み込む大きさになると、光は天を貫き輝く天使の羽を広げた。
私は無重力にいるような浮遊感に身を任せ、神に抱きかかえられたと感じた次の瞬間――
左頬に強烈なビンタを受けた。
「イッタ!……は? 何だ?」
自分なりに満足いく結果に感動。穏やかな気持ちでエンドロールに浸っていた状態からの非常なる暴力。心拍数は爆上がり、左耳がキーンと音を鳴らし、目の奥がバチバチと火花を散らす感覚にギュッと目をつむり回復を図る。
同時に、反射的に欠損したはずの左手で頬に手を当てぶたれた部分に触れる。触れることが出来てしまった。
私が居た異世界は怪我を回復させる魔法があるため珍しいことではないが、欠損といった重症を治せる大回復魔法ハイ・ヒールは、大量の魔素と他の部位から細胞を拝借して元の状態に復元させる持ってこれる細胞ありきの魔法。
私の元の体は骨と皮になってしまい欠損部分を復元出来なかったため、今左手が幻覚・幻肢ではなく自由に動かせるのはおかしい。
節々の痛みもなくなっており健康的な若き血が循環しているのを感じる。
この奇跡を対価なしに可能にする唯一つの存在――神だ、神しか思いつかない。
チラっと右目を開け答え合わせをする。
目の前には燃えるような赤髪ロングヘアーをさらつかせ、秘書にしたい雰囲気を纏った女神が、蔑さげすんだ目でにらみを利かせていた。
数十年前、異世界転生をするときにお会いした時と一切変わらない容姿端麗。その一度しかなく記憶が曖昧だったが、再度見て鮮明に思い出し、同じ女神だと確信を持って言える。
彼女は私の頬をぶっただけでは怒りが収まらなかったようで、
「遅い、遅すぎ、激遅、ヨワヨワ電波! この時代に電話回線でインターネットでもしてるんですか!?ねえ、ずっとずっとずっとずぅぅううううううっと『帰還ボタン』表示させてたよね?気づかなかったなんて言わせないレベルで主張してたはずなんだけど納得できる弁明はあるの? 言えるなら言ってみなさいよ
舌打ちが混じっていてもおかしくない苛立ちをぶつけてきた。
そんなケンケンしていると美しい顔に皺が残りますよとはさすがに言えるはずもなく、心に閉い、黙って女神のツバシャワーを浴びた。さて、言い訳か。
「時間が立つにつれて、あの手この手でボタンを押させようとしてくるのが面白くて、つい」
「つい」の部分をキメ顔で言ったら両頬を思いっきり引っ張られた。それはもう積年の恨みを晴らさんばかりにフルパワーだった。
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