第15話 Cat in the cave. 2
更に洞窟を進んでいくこと一時間くらいだろうか。魔物の目撃回数が増えてきた。ゴウワンだけじゃなく、やっぱり一回りサイズのでかいコウモリやトカゲみたいなやつもいる。因みに名前も見ての通りだった。
(そういえば、動物は見ないな)
この世界にやってきてから、見かけたのは魔物ばかりだ。確か事前の話だと動物もいた気がするが……。
(動物は中央都市周辺や魔族領が近い場所にはいないんですよ。もっと反対側の場所に生息していますよ)
(そうなのか。やっぱり大きいのか?)
(さぁ……。実は私も見たことがなくて。気性が穏やかで魔物ほど危険度は高くないと聞いていますけど)
まさかのミィリヤにも知らないことがあるようだ。ここまで聞けば即座に答えが返ってきていたからなんだか意外だ。
ということを伝えると
(私だって知らないことは多いですよ)
と苦笑いを返された。それもそうか。いつの間にか脳内で勝手に神格化していたようだ。
にしても、魔物がここまで人間に影響を与えるほど危険なら、それを作った魔族は相対的に人間より強い可能性があるのか。それならガノアルセンのあの態度も納得できるかも知れないな。いちいちあんな言い方をしなくても、とは少し考えてしまうが。
閑話休題。魔物は迷彩魔法を駆使したり、大きめに避けたりして切り抜けつつ奥へ向かうと、更に魔物の数が増えた。幸いまだ見つからずに進めているため問題は起きていない。
(なんだか様子がおかしくないか?)
(タマさんもそう思いますか)
洞窟の広さは歩いてきた感じからしても結構大きい。大きいのだが、それに対して魔物の分布に偏りが大きすぎる。もっと入り口付近に魔物がいてもおかしくないと思うが、影も形もなかったことを考えると、意図的に奥のほうへ集まってるのだろう。
(何でだと思う?)
(うぅん……)
ミィリヤも同じことを考えていたようで、二人して脳内で唸る。
暗いところが好きという説はどう考えても灯りを持っているゴウワンの説明がつかないし、仮に暗い場所が好きだとしてもわざわざ奥にまで潜る必要はない。
(どうやら調べることは増えそうですね)
(そうだな)
ゴウワンの知性に、巣穴の棲息分布の偏り。調査すべきことが山積みになってくるが、最大の目的はこれらの魔物が人間に影響があるかというところだ。規模からすれば今のところ、そう大したことはなさそうだが……。
(タマさん、どうやら別の出口に繋がったようです)
そうこうしていると、新しく出口に繋がった。外へ出ると、暗闇に慣れた目が眩さに閉じられる。そして再び開いた視界に入ったのは、切り立った崖と見晴らしのいい景色だった。
「流石に眩しいな」
「さっきまでは暗すぎて気が滅入りそうでしたけれどね」
ミィリヤが横でぐっと伸びをする。気は抜けないが、出口の近いところには魔物も少なかったし、多少息抜きをするくらいなら許されるだろう。
「意外と高いところまで来てたんだな」
「結構遠くまで見えますね。中央都市や道からは距離がありますけど、生息域が広がっていくなら手を打つ必要はありそうです」
ここからは道もよく見える。雑とはいえ舗装されている道は、中央都市から伸びてこの洞窟からやや離れた位置を通過している。道具を使って移動してきたから意識していなかったが、歩きで移動している人影も見える。ああいった人たちの安全を確保するための調査でもあるということか。
「まずは偏ってる原因だな」
「そうですね。ついでに異変がないか、辺りを見てはいたんですが見た感じでは分かりませんね……」
それをどうやって調べていくか、事情を知ってるような人に出会えれば話は楽だが、そう都合よくいくわけもないか。事情を知ってる人がいるとも思えな――
「ッ!?」
「何かいる!」
気配を感じ、すかさず剣を構える俺たちの前に姿を現したのは、浅黒い肌をした白髪の毛深い男。杖を突き、ゆっくりと洞窟から出てくる様子を見て頬に冷や汗が伝う。
突如現れたこの男は敵なのか、味方なのか。男はシワの寄った険しい顔をしており、この洞窟を抜けてこられるとは考え難い。ならどうしてここに居るのか。その理由が分かるまでは、たとえヒトの姿だろうと警戒を解くことはできなかった。
「剣を収めてはくれないか、ヒトの子らよ」
低い声で唸るように男は言った。俺はどうするべきか迷っていたが、ミィリヤが矛を鞘に収めたのを見て、俺も剣を魔具の中に戻した。
(敵意を感じません。恐らくは……大丈夫です)
(分かった。ミィリヤの判断に任せる)
ミィリヤが一歩、俺を庇うように前に出る。剣を収めたと言っても油断しているわけではない。体術でも戦えるミィリヤが正面に居るのは心強かった。
「あなたは何者ですか。どうしてここにいるんです?」
「私は君たちがゴウワンと呼ぶ我が眷属の長。大老と呼ばれている。ここにいるのは、我が眷属たちを安全な場所へ送るためだ」
大老と名乗る男から告げられたことは、あまりにも予想の範疇を超えていた。ミィリヤからも困惑している気配を感じる。偽りがなければ、この男はゴウワンを束ねる存在ということになる。
「……あなたは、人間なのですか?」
となれば気になるのはここだ。ミィリヤの質問に、大老はかぶりを振った。
「違うな。私はヒトとは違う生物だった」
「……だった?」
「そうだ。元々は眷属と同じ姿をしていた」
「あなたと同じように姿が変わったものは居ないんですね」
「お前たちも洞窟の中を見ただろう?こうなっているのは私だけだ」
大老の言う通り、洞窟の中にいたゴウワンは皆一様にほぼ同じ姿をしていた。
「安全な場所へと送るためと言っていましたね。何があったんです?」
「我々の住処が、突如巨大な人形に襲われた」
「巨大な人形……?」
「あぁ。我々よりも大きく、硬質な金属を軸にした物だ。恐らくは魔法か何かで動いていて、我々が拠点としていた東の大樹にいた眷属たちが次々と屠られた。それから逃げるために、我々はヒトの目を避けながらここまで来たのだ」
東というと、ミィリヤの家がある魔族領の境側だ。元々魔物であるゴウワンがすみかとしていたというのも何らおかしな話ではない。
「ここはとりわけ人間の集まる中央都市の近くです。集まるなら他を当たるのがいいでしょう」
「それは理解している。しかし、人間は必要以上に魔物を狩らないのだろう?」
「そうではない人もいます」
「それは承知している。その上で、最も危険が少ないのがこの場所だ」
もしかして、洞窟の奥にやたらと固まっていたのは……。
「人形は、この洞窟の入り口より大きいということか?」
「あぁ。それでも入り口付近で出入りが多ければ、あの人形だけでなく人間からも目を付けられてしまう。故に出来る限り奥深くに移動し、目立たぬよう過ごしてきたのだ」
「ゴウワンに火や道具の使い方を教えたのも大老なのか?」
「そうだ。私はかつてよりヒトと関わりがあった。その名残を伝え託したに過ぎないがな」
なるほど。今回の調査のキーは全て大老が握っていたというわけか。
「そういうわけだ、ヒトの子らよ。どうか私たちのことは見逃してもらいたい。私たちはただ、ヒトらと同じように平和を享受したいだけなのだから」
「危険だと思われれば、討伐隊がここへ押し寄せるでしょう。確実な不干渉は約束出来ませんよ」
「構わない。君たちにはここが危険な場所ではないと言うことだけ伝えてもらえばいい。そのためにここまで来たのだろう?」
「……」
「帰りは隠れる必要はない。君たちが刃を向けない限りは襲うこともないだろう」
それまで告げると、大老は洞窟の中へ戻っていった。俺は呼び止めそうになったが、ミィリヤがそれを制する形になって大老は姿を消した。
(今下手に動いて敵対するのはマズイです。こちらも引くしかないでしょう)
(わ、分かった)
こちらの狙いまで察している。大老という名前は伊達ではないということか。
結局大老についての謎は分からず終いだったが、調査の目的は達成した。今回は報告をして終わりになるだろう。その後でどうするのかは俺たちが判断することではない。
収穫を得てそれと同じくらいの謎を生みながら、俺たちは中央都市へと戻ることになった。
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