第14話 Cat in the cave.

 ミィリヤの突拍子もない申し出から数日後。ややあって俺は今ミィリヤとともに都市から出て半日ほどのところにある洞窟に来ていた。

 お互いにマテルが用意した装備に身を包み、可能な限り肌の露出は避け、動きやすい生地の服を着用している。この世界では露出していようとも魔力の膜のおかげで擬似的に防護されているような状態ではあるが、それでも服があったほうがより確実に守れるのだ。

 「ここが目的地か?」

 「はい。この中がそうみたいです」

 俺たちに依頼されたのは、魔物の巣の調査。この洞窟の中で繁殖したゴウワンという魔物が活発化してきて、人を襲う可能性があるとみなされたらしい。

 それで話を受けたミィリヤが俺を誘って調査に乗り出した形だ。因みに、俺がついてくることになったのにはちゃんと理由があるが、それはまた後ほど。

 「この中に魔物がいるのか……」

 魔物といえば、俺の中のイメージは前に倒した猪や蛇だが、今回のゴウワンという魔物は地球にいた生き物でいうとゴリラに近い。近いと言っても猪や蛇みたいにそのままサイズが変わったというよりは異種、もしくは変態した姿にも思えるが。もちろん例に違わずサイズはやたらと大きく、特に名前の通り腕が太い。正面からぶつかれば簡単に捻り潰されてしまいそうだ。

 「作戦通り、隠れながら観察するのが主になりますから、足音や視界には注意してください。中では灯りもありませんので非常に見通しが悪いはずです」

 「分かった。行こう」

 打ち合わせは事前に済んでいる。ただし、洞窟の中の規模や地形は全く分かっていないのでアドリブは必至だ。これまでの数日の間に付け焼き刃で叩き込んだ知識をどれだけ活かせるか、そのテストでもあった。

 足を踏み入れると同時に、ミィリヤは魔法を使ったようだ。僅かな魔力の流れを感じた。俺は暗所でも普通に見ることができる。恐らくは猫の特性を引き継いだおかげだと思うが。

 入ってまず覚えた印象は洞窟内の通路の広さだ。俺やミィリヤが歩いてもなお余裕があり、地球で言うとトンネル程度の広さでゆとりがある。ミィリヤが試しに石を投げて音の反響を確かめたところ、奥にも相当な広さがあると思えた。

 十分ほど中を歩いてみたが、今のところまだ生物に会えてすらいない。足音も最小限掻き消した俺たちの物しかなく、ここが本当に魔物の巣なのか怪しくなってくる。

 (魔物どころか生き物もいないな)

 (そうですね……。これだけ広ければ他に生物がいてもおかしくはなさそうなのですが)

 猫のときと同じように念話で会話していく。これなら話し声も立たずに意思疎通が取れるので安心だ。

 しかしそう油断もしていられなくなる。先程から通路になにかの跡が見受けられ始めたのだ。擦った跡か、それとも這った跡かは分からないが、石が妙に削れている。明らかに自然にできるものではないことから、ここには生物がいるということだけが分かっていた。

 (ん……?)

 不意に何かの音が耳に届いてきた。洞窟の奥、より深い位置から何かが弾けるような……。これは、火?

 (どうかしましたか?)

 (何かが燃える音がする)

 (行ってみましょう)

 (あぁ)

 俺たちは音を辿って洞窟を進んでいく。すると、壁に反射した光が見え始める。

 (確実に何かがいるな。複数擦れるような音と足音がする)

 耳に神経を集中させれば、ほんの僅かな音も聞き取れる。音源は少なくとも五つ以上はある。足音は非常に重い。情報通りの特徴ならゴウワンという魔物の物で間違いはなさそうだ。

 (私が覗いてきます。タマさんはここに)

 (分かった)

 ミィリヤが灯りのある部屋に入っていく。姿が見えなくなって行くごとに念話も届かなくなる。

 どうやら念話の範囲はあくまで俺がその対象を正確に捉えているかどうかが肝らしい。ということはやはり念話も魔法の一つだと考えるのが自然なのだろうか。

 そんなことを考えながらミィリヤを待っていると、反対側、俺たちが来た方向から新しい足音を捉えた。これもまた複数、そしてどれもが重たい足取りをしている。

 (反対側からもゴウワンが!?)

 ミィリヤを呼ぼうとして、立ち止まる。俺が飛び込んで向こう側のゴウワンに気取られたらどうする?しかしこのままではミィリヤとともに挟み撃ちだ。

 足音は遠くから少しずつ近付いてくる。時間はそう多くない。俺がやるべきことは、なんだ。

 可能な限り生存の道を探るも、会敵しない選択肢が思い浮かばない。となれば、危険を承知で後方からの足音をミィリヤに伝えるのが第一だ。

 (ミィリヤ!)

 (っ!どうしました!?)

 部屋に俺も飛び込む。部屋の中は中央に向って段階的に掘り下げられていて、その位置に光が讃えられている。やはりというべきか、光源は焚き火でそれを数体のゴウワンが囲んでいた。幸い、慌てて飛び込んだにも関わらずこちらに視線が向くことはなかった。

 (後ろからも足音がする!ここへ向かってきているようだ)

 (そういうことでしたか。タマさん、こちらに)

 ぐっと手を引かれて抱き締められる。しっかりと密着したところで、突如ミィリヤの姿が消えた。

 (これが打ち合わせで言ってた……)

 (迷彩効果のある魔法です。これなら私と、今私に接しているタマさんの姿を誤魔化せます)

 これは便利だ。これさえあれば簡単に姿を隠すことができる。しかし、この迷彩魔法には致命的な問題がある。

 それはあくまで迷彩であって俺たち自身はその場にいることや、光度の高いところでは僅かに反射した光によって位置がバレてしまうということ、極めつけには使った本人にも自分の姿が見えないので、自分の位置を見失ってしまうということだ。

 つまりこの洞窟のような暗い場所で使うことが適した魔法なのにも関わらず、自分の身体が今どの位置なのか正確に把握できなくなり、事故を引き起こしやすくなってしまうのだ。

 (……来たッ!)

 ミィリヤの腕に力がこもる。位置的に動線とかぶってはいないが、それでも確実に隠れきれるかは分からない。見つかれば、後はひたすら脱出を試みるしかなく、目的である調査は打ち切りになってしまう。

 重たい足音は遂に間近に迫り、とうとうその主が姿を現す。俺たちが入ってきた場所から、同じようにゴウワンが数体、真ん中の焚き火に向かって進んでいった。

 毛深い身体に盛り上がった筋肉と三メートルはありそうな大きさ。翼竜とはまた違う威圧感がヒリヒリと肌を焼く。

 出戻りのゴウワンは何かを持っていた。大きい木の葉で作られた包みを広げると、そこに入っていたのは猪。既に絶命しており、獲物として持ち帰ったようだった。

 (やはり妙ですね)

 (うん?)

 ミィリヤも同じようにゴウワンを見ているのか、怪訝そうな念話が届く。

 (魔物は本来文化系を持たないはずです。あくまで家畜化されたもののはずですし。それなのに焚き火や洞窟の中の整備、極めつけにはあの猪を包んでいた葉っぱ。アレは明らかに道具ですよね。本来ならそんな知能はないはずなのに……)

 言われてみればそうだ。今まで出会った魔物はどれも本能的というか、よく見る生物らしい感じだった。なのにゴウワンはそれよりもヒトらしいと言うか、知性を感じる。これは明らかに違和感を覚えることだ。

 確かに地球でもチンパンジーとかには知性があり、道具を使うこともあると言う話は聞いたことがある。つまりゴウワンにもそう言った特徴があるのかもしれない。

 (魔物も気付かないうちに少しずつ進化しているということでしょうか。最近活発化してきたというのもなまじ気のせいとは言えなそうですね)

 (どうする?調査をするにしてもこれだけだと情報が少なすぎるだろ)

 最終的に知りたいのは人間に害があるかどうかだ。まだまだ情報は足りていない。

 (他の場所も探してみましょう。向こう側の通路口に出れば奥を探索できそうです)

 ミィリヤが言っているのは、入ってきたほうとは逆の出口。来た道はほとんど一本道だったし、この部屋は中継地点に近い役割なのかもしれない。

 (タマさん、このまま跳びますのでしっかり掴まっててくださいね)

 (えっ?……うわぁああっ!)

 迷彩魔法を使ったまま、いきなり地面が離れていく。反射的にミィリヤに回した腕に力を込めると、柔らかい物体に顔を埋めることになった。自分の姿さえ見えない状態で急に動かれると自分を見失う怖さと混乱に襲われる。どうにも気持ち悪くなって、俺は着地するまでの数秒、目を閉じていた。

 着地の瞬間も魔法を使ったのか、足音はなかった。そこから素早く通路に入り、やっと迷彩魔法が解ける。

 (平気ですか?)

 (あんまり平気じゃないな……。夢の中に居たみたいな気分だ)

 なんとなく足元がおぼつかないな。ちゃんと身体に手足が付いているのか不安になってくる。この感覚に慣れるためには随分と時間を要しそうだ。

 (こうしても居られないな。先に行こう)

 (私が運んでも構いませんよ?)

 ミィリヤは何処へいようとも調子を崩さない。いつもの悪戯な笑みに断りを入れて自分の足で歩くと伝えた。稽古を経た今、塵のようなプライドだが、それでも女の子に運ばれてばかりでは男が廃る。何よりミィリヤは普通に発育がいいので、密着し続けるのは色々と困る。

 だが、ミィリヤとならどんな危機も乗り切れそうな気がした。

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