第13話 猫は再び中央都市を歩く

 「それでは、ここからは別行動ということで」

 「うん。気をつけて行ってきてね」

 「そちらも、お気をつけて」

 (あぁ。心配ない)

 翌日。猫形態の俺とマテルは都市の観光も兼ねて資材を集めに、ミィリヤは魔術学校へ復学の手続きにと分かれることになった。

 魔術学校は関係者以外の立ち入りを原則禁止していて、俺たちが付いて行っても入るのに手間がかかることから、分かれて行動したほうがいいだろうという結論になった。

 

 ミィリヤと別れ、マテルに付き添いながら都市を歩く。マテルの店があるのは都市の外側に近い商店街で、そこから内側に入っていくと住民街、農業区、事務局区、都市庁などなどの区分や施設に分かれていく。因みにミィリヤが向かった魔術学校は商店街と住民街の境くらいにある。移動にもそこまで手間取らないだろう。

 (街並みは綺麗だな)

 「商店街は一番最初に目に入る場所だからね。活気があって彩りもあるようにしてるみたい」

 (印象は大事だもんな)

 人の往来がどれほどあるかは分からないが、中央都市を名乗る以上は栄えている面を押し出さないといけないといったところだろう。

 (この人だかりでは治安を維持するのも大変だな)

 全体的に道は広く作ってあるものの、来たときと同じように人の往来は多い。警備もそれだけ大変そうだ。

 「そうだね。一応警備隊はいるけど事後対応が殆どになってるね」

 マテルのときもそういった対応無かったし、やはり難しいのだろう。

 「でも、小さいことから大きなことまで対応してくれるみたいだよ。解決率も高いみたいだしね」

 警察に程近い組織なのだろう。頼めば解決してくれるという信頼は大きい。

 「それに、警備隊は近年設立されたばかりの組織なんだ」

 (近年?それまではどうしていたんだ)

 「必要なかったんだよ。戦争が終結するまでは、人間の間で争い事は起こらなかったからね」

 (起こらなかった?そんなに大変だったのか)

 そんなにも戦争は激しかったのかも知れない。

 「ううん、戦争は戦線に立つ人たちだけが戦っていただけだった。けれど、不思議なことに人々はその中で平和に暮らしていたんだよ。今思えば、争わないようになっていたんじゃないかって思うくらいにね」

 マテルが苦笑する。この世界における謎が、また一つ増えたような気がする。しかしこれ以上は考えても答えが出なさそうだ。

 道を行く人たちを眺めると、時折魔法を使わずに物を運んでいる人たちもいた。魔力を持たない人たちだろう。

 (魔力がない人も少なくはないんだな)

 「そうだね」

 (この世界では魔法が使えてこそだろう?どうやって生活しているんだ?)

 仕事や生活、様々なところで根付いた魔法という技術は科学とは違って個人の力に大きく左右される。ならばそれを持たない人の生活はどんなものなのだろう。

 「ん?一緒だよ。お仕事をして生活してる。魔力がない分仕事は変わってくるけどね」

 (ちゃんとあるんだな、仕事)

 「勿論だよ。ヒトは皆、ちゃんと行政から守られてるからね。魔力がない人たち向けの仕事もあるんだ」

 (ほう?)

 それからマテルは細かく説明をしてくれた。

 まず魔力を持たないヒトは、より魔力を持つヒトよりも膜が厚い。そのため、大気や大地に存在する魔力を取り込めないのだという。

 しかし、それは悪いことばかりではない。膜が厚いということは単純に物理的、魔術的な影響を受けにくいということでもある。膜はヒトとその者が身に着けている物全てを守る作用がある。怪我が起こりにくかったり、魔法による害意を無効化したりするのは、逆に魔法が使える者のほうが難しい。

 また魔法に頼らない分、身体はそれに合わせて成長する。見かけよりも力持ちだったり、動きが俊敏だったりするのだ。

 それらを利用して、討伐隊に所属したりものづくりに参加したり、ヒトによってはサービス業に当たったりもする。むしろ職で言えば魔法を使わないヒトたちのほうが広く招かれるとも言えるそうだ。

 (よくできた仕組みだな)

 「うん。戦争が終わってから色んな変化があったけど、とてもいい方向に向かってると思うよ」

 マテルの表情は優しい。もしかしたら、マテルが商人として中央都市に来たのも、変化のおかげなのかもしれないと考えると、出会いと移り変わりに感謝せざるを得ないだろう。

 「そういえば、タマ、知ってる?大戦士さまって魔力が全くないらしくて――」

 その後もマテルの雑学を聞きながら俺たちは目的の場所に向かった。マテルの知識量は広く多く、話を聞いているだけでも退屈することなく移動出来た。

 

 「さぁ、着いたよ。ここが資材屋だ」

 資材屋。名前の通り、資材を扱っているらしい。言うなればホームセンターみたいなもの。ただ、この世界の資材のくくりはどうやら広義なようで、家や土地もその区分になり、管理しているらしい。資材を扱う店なら手持ちの材料で改築や建築も出来るし確かに理に適っている。

 「こんにちは」

 「おう、いらっしゃい」

 店の受付はさして広くなく、売り場がないことを考えたらうちのほうがまだ広いのではないだろうか。その受付に立つのは土木関係の見た目がしっくりくるガタイの良い男だった。

 「お久しぶりです」

 「ん?にいちゃん、前にウチを使ったか?悪いな、客の顔はなかなか覚えなくてよ」

 「商店街の裏庭が付いてる家を買ったときには、お世話になりました」

 マテルが頭を下げると、店員の男は思い出した、と手を叩いて声を上げた。

 「あのときのにいちゃんか!どうだいあれから。なんでも言ってくれよ」

 「おかげさまでつつがなく」

 「そうかそうか。隣のちっこいのはにいちゃんの家族かい?前に来たときは連れてなかったと思うが」

 店を見回していた俺に視線が移る。そこまで見られると田舎者みたいに思えて恥ずかしくなるな。猫だけど。

 「見かけない生き物だな」

 「タマって言って、ウチで客引きをしてもらってるんです」

 「なるほどな。よろしく、黒いの。それで、今日の用事は?」

 自然な会話の後、本題に入っていく。流石は商人のやり取りと言ったところだった。

 「それが……お恥ずかしいんですが、店の看板を出し忘れていて」

 「おいおい、店が看板出してなけりゃ始まるもんも始まらないだろ。寧ろよく保ってたもんだな」

 「色々とバタバタしてて。予算はこれくらいなのですが」

 マテルが貨幣を机に広げていく。店員は顎に手を当てて髭を擦っている。少し悩んだあと、口を開いた。

 「ん〜、それだと立て看板になるな。投影式だともう少し値が張る。デカイ吊り看板はあの家だと下げる場所がないから工事も一緒になって余計に金がかかっちまうしな」

 「構いません。中古でもいいので、小型のものはありますか?」

 「それならいいのがあるぜ。ちょっと待ってな」

 条件を揃えて店員が奥へ引いていく。立て看板と言ってもこの世界の看板は地球の物とは違っていて、投影機のようなものの上に文字や柄を表示する機能が付いている、ホログラムのようなものだ。街を歩く中でもよく見かけることができ、最初は何なのか分からなかったが、それが看板と聞いたときは驚いた。

 「待たせたな。これだが、どうだ?」

 「これは……結構新しいやつですね?吸収率のいい魔器がついてる」

 動力は環境にある魔力を勝手に変換して使用しているらしい。吸収率、というのは恐らくその効率の話なのだろう。

 「あぁ。けど前の使用者がちょっと使い方が荒くてな。あちこちに傷がある」

 「確かに。ちょっと魔器にも少し傷みがありますね」

 「長持ちするかもしれねぇし、すぐ逝っちまうかも知れないがよ、繋ぎにはまぁ悪くはないと思うぜ」

 「そうですね。これを頂きます」

 どうやら看板のほうは決まったようだった。

 「それと、照明も小さいのをいくつか頂きたくて」

 「おう。じゃあそっちも一緒に付けとくぜ。棚用でいいのか?」

 「はい。ありがとうございます」

 出されたものは全部マテルのカバンに消えていく。あのとき盗まれたこのカバンは、荷物を一定量まで入れておける道具だった。村を出るときに渡されたもので、命よりも大切だと本人は語っていた。

 「なかなか良いもん持ってるな。それはにいちゃんのとこで買えるのかい?」

 「同じものは買えませんが、近い大きさで容量のあるものなら売っていますよ」

 「そうか。ならそのうち俺も世話になるかもしれねぇな」

 「お待ちしています。それじゃあ、今日はありがとうございました」

 「おう。また来てくれや」

 マテルが軽く頭を下げるのに合わせて俺も出ていく。気さくな店員のウインクが俺たちを見送ってくれた。

 

 (新品じゃなくてよかったのか?)

 「うん。このくらいの傷みなら僕でも直せるしね。自分で出来ることは自分でやりたいんだ」

 どうやら余計な心配だったようだ。

 (そうか。このあとはどうする?)

 「そろそろミィリヤさんのほうに動きがあるんじゃないかな。行ってみようよ」

 (入れないんじゃなかったのか?)

 「外をふらつくくらいは許してくれるよ」

 口を小さく横に開いて笑うマテルに付いていく。まぁ言っている通り、ふらついてるだけで追い払われるようなことはないだろうが……。

 第二魔術学校の場所自体は知っている。しかし行ったこともなければ見たこともない。第一も同じだが、この世界の学校とはどんな様子なのだろうか。

 ――果たしてそれは大学のようなものだった。

 到達した学校は、学校という名前らしく敷地を壁で囲んで余計な侵入者を避けつつ、門によって通る人間を管理しているようだった。大学と違う点は、やはり関係者以外は立ち入れないことだろう。逆に言えば、それを除けば見た目も様子も規模も大学そっくりだった。

 「やっぱり広いねぇ。流石は中央都市に二つしかない学校の一つだ」

 (マテルも初めてなのか?)

 「うん。噂には聞いてたけど、実際に見たのはこれが初めてだよ。新設した建物はキレイでいいなぁ。中央都市に来たって感じがするよ」

 壁も門も汚れや傷がなく、校舎も見る限りだとかなり綺麗なままだ。レンガのような一律の形をした材料を積み上げて作られているだけに見栄えも良く、横にいるマテルに負けず劣らずジロジロと観察してしまう。

 (もしかして、俺ならどこかから入れないか?)

 「出来るだろうけど、中は魔法使いの園だよ?見覚えのないタマがうろついてたらあっという間に追いかけ回されて研究対象になっちゃうんじゃない?」

 (それもそうか)

 「あら?お二人とも、こんなところまでいらしてたんですか」

 おのぼりさん二人で騒いでいると、後ろから声を掛けられた。この足音は間違いなくミィリヤだ。そもそも俺とマテルを指して"二人"と言うのもおかしな話だしな。

 「そろそろ終わる頃かなと思って」

 「えぇ。丁度終わったところでした。そちらは?」

 (問題ない)

 「それは何よりです。ところで、お二人は学校を眺めて何されてたんですか?」

 どうやら先程の田舎ムーブはバッチリ見られていたらしい。折角だし、試しにミィリヤにも聞いてみるか。

 (俺なら人目を盗んで中に入れるんじゃないかって話してただけだ)

 「あら、そうだったんですね」

 (この大きさだしな。ただ、それも俺の立場を考えたらやめたほうがいいって結論になったが)

 悪巧みをする子供が懺悔してるような状態だが、ミィリヤの反応は意外と明るかった。

 「そんな後ろめたいことをしなくても、正面から入ればいいじゃないですか」

 「えっ、でも学校は関係者以外立ち入り禁止なんじゃ……」

 「そうですね」

 やはり関係者でないと正面からは無理なようだ。となると、ミィリヤが意図しているのはつまり……。

 「タマさんがここに入学してしまえばいいんですよ」

 なるほど、と俺たちは顔を見合わせた後。

 「えええっ!?」

 思わず声を上げてしまったのだった。

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