第12話 猫のこれから

 「お疲れ、タマ。稽古は……聞くまでもなさそうだね」

 机に伏せてダウンしている俺にマテルが飲み物を持ってくる。見るからにぐったりしたところだけで内容は聞くまでもないようだった。

 「まさかここまでミィリヤが手加減なしだとは……」

 「それだけタマのことを気に掛けてくれてるってことだよ。強くなれる見込みがあるからやってくれてるわけだし」

 それはそうだがな。打ち身に切り傷、擦過傷。内臓へのダメージもでかすぎるし運動量も多いのでスポーツ経験のない俺には堪える。

 「これは……いつまで身が保つやら」

 「あら、もう限界ですか?」

 そこへ身体を清めたミィリヤが入ってくる。魔法を使えば汚れていてもすぐに綺麗になる。元来の組織と汚れを分けて抽出する魔法とか何とか。やはり便利だ。

 「弱音を吐かなきゃ前に進めないだけだ。気にしないでくれ」

 手をひらひらと仰いでせめてもの抵抗を示す。やられっぱなしのせめてものお返しだ。情けないが。

 「タマさんの身体能力は眼を見張るものがありますから、ちゃんと自分の強みを活かせるようになるだけであっという間に強くなれますよ。そう不貞腐れないでください」

 「その言葉で期待してしまう自分が、案外単純なことに気づいたよ」

 ミィリヤはお世辞を言う性格じゃなさそうだし、多分嘘ではないと思いたいが、真偽は如何ほどかは本人のみぞ知る。

 「すまない、誰かいないか?」

 と、そこで表から声がする。客か、と思ったところで声に聞き覚えがあった。それと二人分の足音。間違いない、この感じは……。

 帽子を被って表に行く。マテルとミィリヤも同じくして三人で客を迎えに行った。

 「ルヴェン!ルサンファ!来てくれたのか!」

 「君は……まさか、ヒタマかい?」

 店内に来ていたのはルヴェンとルサンファだった。あのときの約束を果たしに来てくれたんだ。

 「そうか、あのときは顔が隠れていたもんな。これは礼を欠いていた」

 「君にも事情があるのだろうから構わないさ。それにしても、これほど愛らしい姿をしていたとは。あのとき君の勇姿を拝めなかったことを後悔するよ」

 「お、おぅ……」

 手を取られ、顔を近付けられる。何だ何だその熱っぽい瞳は。コイツはあれか、ロリコンというやつか。なんか一気に評価が変わるぞ。

 「わたくしも、まさかヒタマさまがこんなに幼い子どもとは思っておりませんでしたわ。まるで私たちの倍は生きていらっしゃいそうな振る舞いですのに」

 「そ、そうか?」

 鋭い。前世を合わせれば多分そのくらいはある。

 「随分仲がよろしいのですね」

 そこへ奥からミィリヤが声を掛ける。ルヴァンはミィリヤを見ると、おぉ、と声を上げて驚いた。

 「ミィリヤ嬢ではないか。まさか貴方までここにいらっしゃるとは」

 「えぇ。お部屋を貸してもらってます」

 「ほう。わざわざ団体生活を選ばずとも、君なら部屋なんていくらでも借りられるのでは?」

 「人が多いほうが性に合ってるんですよ」

 ミィリヤに跪いて手の甲に額を当てるルヴェン。これはアレだな、ルヴェンはただの女好きだな。守備範囲が広すぎるとは思うが。そんなルヴァンにミィリヤは気さくに声を掛ける。というかこの二人、顔見知りだったんだな。

 「二人は知り合いだったんだな」

 「知り合いというか……なんと言いますか」

 「ん?ヒタマ、君は彼女のことを知らないのかい?」

 ミィリヤのこととはさてなんのことだろうか。それなりに付き合いはあって見知った仲だとは思っているのだが。

 「彼女は第二魔術学校主席、魔術学校きっての天才と言われる、勇者の器の一人だよ」

 「えっ」

 主席?主席といえば一番成績が優秀ってやつだよな?更に天才とか勇者の器とか言われてる。最後についてはよく分からないけど、ナギがあれなんだからそれレベルという意味なんだろう。

 「ミィリヤってそんなに凄かった、のか?」

 「ミィリヤ嬢も話していなかったとは。少々人が悪いんじゃないか?」

 「聞かれませんでしたので」

 そういうこと言わないよな、ミィリヤは。

 しかし、そうなると俺は勇者に喧嘩を売ったようなものなのか……。

 「そりゃああれだけボコボコにもされるよな」

 「どうかしたのか?」

 「今、ミィリヤに稽古をつけてもらってるんだ。それで――いや、なんでもない」

 名誉は守る。だから恐ろしい笑みでこっちを見るのは止めてくれないかミィリヤ。よく見ると薄目が開いてるのがなおさら怖いんだ、その顔は。

 「君たちは仲がいいんだね。勇者さまと関わりがあるし、只者ではないな。私も君に肖っておくべきかな?」

 「俺は偶然だよ。寧ろこちらこそ、ルヴェンに胡麻を摺っておくべきかもしれないな」

 ルヴェンとの会話は自然と笑みが溢れるし返しやすい。主義と好みはともかく、会話術は見習うべきだな。

 「それと、君がこの店の主かな?」

 「は、はいっ。マテルと申します!」

 妙にかしこまっているマテル。ルヴェンには不思議と背筋が伸びる空気があるが、マテルはそういうのに弱いタイプだったか。

 「この店の品は良い物を揃えている。これは君が?」

 「は、はいっ。正確には僕の故郷、北の村で作ったものなんですが」

 「ほう、そうかこれは北の村の……」

 手に取った髪飾りを見つめて唸る。有名だな、北の村。

 「ならば、これを頂こう。ルーザ、君は?」

 「わたくしは、こちらを」

 ルヴェンは髪飾りを、ルサンファは腕輪を差し出す。マテルはそれを受け取り、素早く会計を行う。小包に手早く梱包し二人に手渡すと、二人はお互いに見合ってそれを交換した。

 「仲が良いんだな」

 「ルーザとは長い仲なのだよ」

 「浅からぬ仲というものですわ」

 二人の距離が物理的にも近いところを見れば、それも想像がついたかもしれない。ルヴェンが戦っているときにルサンファが飛び出して行ったのもそういうことなのだろう。

 「さて、そろそろお暇しよう。なかなか面白い情報を得られた。近いうちにまたお邪魔させていただくよ」

 「ルヴァン、別れ際に一ついいか?」

 「何かな?」

 「この店の話を前にしたと思うんだが、売上が芳しくないんだ。何か知恵を借りれないか?」

 今がチャンス。客にアンケート調査をするのも店のやり方の一つだろう。

 「そういえば聞いていたね。そうだな……。入ってみて感じたのは、全体的な暗さだろうか。物が良くてもこれでは見て回るというのも憚られるだろう」

 「あぁ……!」

 言われてみればそうだ。最低限の照明がぶら下がっているだけで、陳列棚を見てみれば下段の方は影になっていて見えにくい。

 「ありがとう、ルヴェン。もっと明るくしてみるよ。ルサンファは何かないか?」

 後はなかなか少ない女性客たるルサンファからも聞いておきたい。

 「それならばお尋ねしたかったことが一つ」

 「なんだ?」

 「このお店、看板は掲げられないのですか?」

 「……え?」

 まさか、そんなはずは。

 「あっ」

 マテルを見る俺。何かに気付いた様子のマテル。俺は表に飛び出して家を俯瞰する。そこにはルサンファの言う通り、無くてはならないものが明確に欠けていた。

 開店からしばらくして、まさか店としてあるまじきことが発覚してしまった。

 

 

 「マテルよ」

 「うぅ……それ以上は言わないで……」

 「今まで僅かにでも客が来ていたことが奇跡だったわけだな」

 「色んな事でいっぱいいっぱいだったんだよぅ……」

 「まぁまぁ。お客さんの入りの理由が分かったからいいじゃありませんか、二人とも」

 二人を見送ってから、マテルは崩れ落ちた。

 それもそのはずだ。お店がお店として周知されるのは、看板や案内があってこそ。招き猫として軒先に佇むことはあるが、それだけではお店だと分かるはずもない。そもそも招き猫はこの世界に無いだろうし。

 「なんで俺も気づかなかったんだ……」

 とはいえ気付かなかったのは俺も同罪。マテルだけを責められるわけではない。灯台下暗しというか、太陽が眩しくて見れないというか。

 「ごめんねぇ、タマ、ミィリヤさん」

 「うふふっ。構いませんよ」

 ミィリヤの笑い方から察するに、気付いていたのかもしれない。本当に俺たちが気付かないままなら、その内そっと看板を設置してくれていただろう。

 「ともあれ、看板を出せばやっと店らしいことになるわけだな」

 「照明ももっと増やさないとね」

 「それなら、お二人で買い出しに行ってきては如何です?いずれはタマさんも買い出しに行ったりするでしょうから、観光がてらにでも」

 ミィリヤが助け舟を出してくれる。勇者の器というのはそういうことまで的確にやってくれるのか。人柄としても勇者の器、ということかもしれない。看板がないことは教えてくれなかったけど。

 「ミィリヤは?」

 「私は復学の手続きをしておきたくて」

 復学、というとちょうど先程その話題が出たばかりだったな。

 「あぁ、魔術学園か」

 「はい。タマさんに教えるのは戦いだけではないのでしょう?」

 ナギの話が通っているのか、どうやら魔法についてもまた教えてくれるらしい。ここは頼りにさせてもらおう。

 「そうしてくれると助かる」

 「はい。基礎はほとんど教えていますし、おまけみたいなものになっちゃいますけど」

 おまけだろうと、橋掛かりになるものなら十分足しになる。翼竜との戦いで感じたが、人の姿と猫の姿ではなんとなく魔法の撃ち方というか、出し方にも少し違いがあるような気がするのだ。そこを確かめるには知識のあるミィリヤの手を借りるのが一番いい。

 「教えてもらえるだけでもありがたいよ」

 「よし、それじゃあ明日はお店を閉めて今後に備えるってことで!」

 本当ならもっと早い段階からやっておくことだったのでは?という言葉は飲み込んでおく。マテルをイジってやろうというよりも、明日のことへの高揚を隠し切れなかったからだ。やると決まったら楽しむほうがいい。

 動き出した二人を見て、明日からもまた、慌ただしい日々が始まりそうな予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る