第11話 猫も手を借りたい

 「ただいま〜……」

 ずっしりと重たい身体を引きずりつつ店に戻る。

 「おかえりなさい、タマさん」

 「あぁ……あれ?」

 今、聞き馴染んだ声が聞こえたような……。

 「お久しぶり、という程でもないかも知れませんが、ご無沙汰しております」

 レモン色の髪に真っ直ぐな瞳。俺が知る限り一番整った顔をしている女の子と言えば、一人しかいない!

 「ミィリヤ!どうしてここに!」

 「ふふっ。私、実は元々中央都市にいたんですよ」

 そうだったのか。

 「タマ、彼女は第二魔術学校の学生だったんだよ」

 「それで中央都市にいたのか!でも実家に居たのはなんでなんだ?」

 「母が亡くなったことはお伝えしてましたよね?それで父が心配になって一度家に戻ったんです。あまり長く休むわけにもいきませんし、丁度いい機会なので戻ってきちゃいました」

 はにかむミィリヤは久々に顔を合わせたのもあっていっそう魅力的に見える。男のままなら、すっかり惚れ込んでしまっただろうな。

 「テイリィは心配ないのか?」

 「はい。作業は元々お父さん一人でも十分ですし、戻ろうと思えばすぐに戻れますから」

 そうか、移動魔法があるもんな。地球とは違って、距離があっても移動はかなり速い。飛行機を使って飛び回ってるようなものだ。

 「そうか……。これからはこっちにいるのか?」

 「はい。また復学して勉強を再開しようかと」

 「殊勝だな……。おっと」

 不意に視界がぐらりと揺れる。もっと話をしたいところだが、体力の限界が来てしまった。

 「悪い、詳しい話はまた今度でもいいか?」

 「ごめんなさい、お疲れでしたね。どうぞ、お休みください」

 「道具の点検するから、それだけは置いてってね」

 変身を解除して、首輪を含めた道具全てを一度マテルに預ける。もう随分久々に猫の姿に戻ったような気がしてくる。そのままマテルに借りている寝床に収まると、すぐに眠気に襲われて俺は泥のように眠った。

 

 

 どれくらい眠っていたか。目を覚ました頃には既に日が昇っていて窓から明るい日差しが差し込んでいた。

 「目が覚めましたか?」

 (ミィリヤ……?もう来てたのか、早いな)

 「私もここの部屋を借りることになったんです。実家に戻るときに元々住んでた所を引き払っちゃったので」

 店はあくまで一角に過ぎず、元々この建物は賃貸ベースのようで部屋数が多い。使える部屋はまだまだあるが、マテルが許したとは意外だ。女の子と一つ屋根の下なんて甲斐性があったんだな。

 「私もこれからお店に立ちますから、充填中はお任せください」

 (ミィリヤはしっかりしてるな)

 「いえいえ。そうだ、マテルさんがお呼びでしたよ」

 道具の調整関連だろう。早く受け取りに行かないとな。

 (ありがとう。すぐ行く)

 今頃は店先に出ている頃だ。会いに行こう。

 

 (マテル)

 「あぁタマ、起きたんだね。身体はどう?」

 (十分休ませてもらったからな。問題ないよ)

 そっか、とマテルは返事をするとリングと首輪を渡してくる。

 「これ、調整しておいたよ。最適化もやっておいたから道具の方の効率は良くなると思う」

 後は俺の問題、か。

 (ありがとう)

 にしても普通に受け取ってしまったが、返さなくてよかったのだろうか。それを聞くのは野暮な話か。

 「そう言えばタマさん、翼竜を倒したそうですね」

 (聞いたのか)

 「はい。マテルさんと勇者さまから翼竜を狩りに行ったと」

 (そうか。殆ど役に立たなかったけどな)

 俺一人だと何も出来ずに終わっただろう。

 (そうだ、ミィリヤ。相談があるんだが)

 「はい?」

 (俺に稽古をつけてくれないか?)

 学校に通っているということは、少なくとも武術や剣術も習っているはず。翼竜戦の結果を見るに、いざというときに戦う力を今の内に付けておきたかった。

 「えぇ、構いませんよ。勇者さまからもお願いされてますしね」

 ナギが?じゃああのとき言っていた適任というのはミィリヤのことだったのか。それならそうと言ってくれればよかったのに。

 「稽古の準備がありますので、明日からで構いませんか?」

 (急いでいるわけじゃないからゆっくりで構わないぞ)

 「分かりました」

 ミィリヤは快く了承してくれる。いざというときに頼れる相手がいるというのは本当に心強い。自分の運の良さに感謝した。

 ミィリヤの準備は早く、その翌日から俺の稽古が始まった。


 家の裏手には少しだけ開けた空き地がある。マテルが買った建物に、使用用途のない空間としておまけで付いてきたのだという。初期投資にいくら使ったのか気になるところだが、周りは建物で閉鎖されているため視線を気にする必要もなくて助かる。

 「まずはタマさんの武器を選びましょうか」

 「あぁ」

 ヒト形態になった俺は目の前に並べられた武器を睨む。

 「武器と言っても多種多様にありますが、タマさんの動きからしたいと思いますので、取り敢えず私に全力で一撃を入れてください」

 「い、いいのか?」

 いくらなんでもミィリヤに攻撃をするというのは気が引ける。

 「大丈夫です。ご心配なら、手を抜いていただければ」

 「おう……」

 ミィリヤが構えた手のひらに、少し強めに拳を入れる。パシッと軽い音がしてすっぽりとミィリヤの手に俺の拳が収まった。

 「ふむ……。これくらいなら、重たい武器は持てそうにありませんね。となると必然的に長物よりは携行性の高いものになります」

 殴っただけで分かるものなのか。しかも全力では無かったが。最初から体格で見切りを付けていたのかもしれない。

 「それと身体のしなやかさからするに、受けるよりは流すほうが良いでしょうから、盾を持つより武器のみに絞りましょう。となると、大体武器は剣か銃がいいかと」

 物凄くオーソドックスだ。数ある武器が脇に寄せられ、いくつかの剣と銃が並べられる。

 「どちらか扱った経験は?」

 「ないな」

 「そうですよね……。私のオススメは剣の方ですね。使用者も多いだけあって扱いやすさは群を抜いています。銃の方は打つ際に魔力を込めないといけないので、魔力を可能な限り消費したくないタマさんにはあまり向いていません」

 「なら剣だな」

 俺は並べられた剣の内、本なんかでもよく見たことある長剣を手に取ろうとした。

 「重っ!?」

 が、片手で持つことは出来ず両手で持っても重心がフラフラと揺らいでしまう。

 「これは訓練用の長剣なので一般的に販売されている剣と最も近いものになりますね」

 「で、でも翼竜戦で持った剣はこんなに重くなかったぞ!」

 「同じ部隊の人で剣を使うのはルヴェンさんだけでしたよね。あの方の剣は特別仕様で、重さを減らして振り抜きやすくした物です。あの剣は魔力を込めて初めて本領を発揮する分、素の状態では軽すぎて切るのに向いてません。この剣の半分程度の重さですよ」

 やけに詳しいな。パーティメンバーまで把握しているのか。魔法のことといい、ミィリヤの知識は広く深い。よく考えたら、猫から変身したのだから筋力があって然るべきなのではないだろうか……。その辺りはまだ未完成の技術故というところなのか。

 「そうだったのか……。通りで扱いやすかったわけだ……」

 「長剣で重いなら、この段平は如何でしょう?」

 ミィリヤが次に差し出したのは長剣より短く、剣身がしっかりした剣だった。

 「重さは長剣より軽めで、断ち切るのが主な使い方になります。両刃で振るいやすいので、直感的に使いやすいと思いますよ」

 持ってみると、確かに言われた通り長剣よりは持ちやすい。数回振って見ても振り回されることはなくしっくりと手に収まった。

 「なるほどな。これなら使えそうだ」

 「それと本来は左手に盾を持ちますが、今回のオススメはこれです」

 ミィリヤは更に一本の剣を持って手渡してくる。細剣と打って変わって剣身がかなり短い。受け取ってみると剣とは思えないほど軽く、手を振るように振れる。

 「護身用の短剣です。これ一本で戦うことはあまりありませんが、右手の武器と合わせて防御と攻撃の役割を分け、左右で持ちます」

 二刀流か。男としては胸が躍る単語だ。

 「段平は守りを固めるには些か不安な部分もあります。片手で両役を担うには重すぎますし、引っ掛けたりする部分もないので鍔迫り合いは出来ませんしね」

 「そこで左手のこれってわけか」

 ミィリヤが頷いた。

 「そうです。タマさんは体格差もあって力では分が悪いので、受け流しや回避を念頭に置けば、動きを阻害せずに攻勢にも転じやすい。短剣なら素早く切り返したりするのも容易なのでまさにタマさん向けだと思います」

 「それなら短剣を二本持てば良いんじゃないか?」

 「それだとリーチに差が出来てしまいやすいのと、両方の武器を同時に使うのは、実力のある人ほど避けるくらい難しいので、しっかり役割を分けた構成にしたほうがやりやすいと思うのです。どうでしょうか?」

 俺の考えることくらい、ミィリヤも考えているか。いやはや頭が上がらない。

 「うん、納得した。これで行こう。扱い方を教えてくれるか?」

 「えぇ。ここからが本番ですから」

 そう言ってミィリヤは俺が最初に手に取った長剣を持つ。それを軽々と横に振ると、ビュンッと素早く空を切る音が耳に鋭く届いた。

 「さてタマさん。戦いにおいて一番大事なことはなんだと思いますか?」

 「一番大事なこと……?なんだろう……冷静でいること、とかかな?」

 「近いですが、もっと具体的なことです。正解は、生き残ること」

 笑みの中の真剣な眼差しが俺を射抜く。

 「死なないこと、生きること。生きて帰ることです」

 「あ、あぁ……」

 一つ一つ言い聞かせるような言葉で肯定だけを余儀なくされる。

 「生きていれば目的に再び挑むこともできます。逆に言えば、死んでしまったら全てが終わりです。何も出来ません」

 次に剣が振られて宙が切り裂かれる頃にはいつもの笑みに戻っていた。

 「生き残るにはどうすればいいか。肝心なのは攻撃と防御、どちらだと思いますか?」

 「それは防御だろう」

 「そのとおり。攻撃は最大の防御とも言いますが、それは余程腕の立つ者だけに許された境地です。素人では隙だらけで簡単に返されてしまいます」

 パシン、とミィリヤが剣の腹で手を打った。

 「ということで、まずは身を守ることから徹底的に教えていきますね」

 俺はまだ油断していた。こう見えて本気のミィリヤは意外とスパルタで、手を抜かないタイプなのだと知らなかったのだ。

 

 「うわっ!」

 「まだまだ守りが甘いですよ。避けるときの動きは最小限。軸をずらすだけと教えたでしょう?」

 剣だけを起用に弾かれて喉元に剣を突きつけられながら俺は歯を噛みしめる。

 稽古が始まってからはやられ通しだった。剣を向けられることで怯んでしまい、ついつい大振りに回避するのを全て追撃されて守ろうとした剣を簡単に払われる。それをひたすら繰り返していた。

 「くっそ〜……」

 「悔しい気持ちは上達への第一歩です。さぁ次行きますよ!」

 促されて立ち上がる。剣を構えるとすぐにミィリヤからの攻撃が飛んでくる。縦や突きには軸をずらして避け、横薙ぎは剣で受け止めて反対の剣で切り返し。斜めからは短剣で流して隙に打ち込んでいく。

 やられっぱなしはなんだか悔しい。なんとなく良いところを見せたいプライドと見栄が、このときの俺に無茶をさせた。

 大きく距離が離れた瞬間に一歩踏み込んで段平を振りかぶる。ミィリヤに不意でもいい、少し驚かせてみたかった。

 (猪突ッ!)

 剣に体重を乗せ、猪突の勢いと共に一撃を叩き込む。受け止めたミィリヤの身体がズンと地面に沈んだ。剣の一本くらいならこれで簡単に折れるはず。なんたってあの翼竜の鱗を貫いた程なのだから。

 「あれ……?」

 しかし、剣が折れるどころか、足が僅かに沈んだだけで、ミィリヤには一切ダメージが行っていないようだった。

 「いい一撃です。隠し玉には最適でしょう。それではお返しに私からも一つ」

 その直後。

 「ぉぐっ……!?」

 俺の腹に深く深くミィリヤの掌底が触れていた。一見すると、ただ触れていただけにしか見えない。しかし俺には激しい衝撃が加わっていた。

 その衝撃が内臓全体に伝わって、胃の内容物全てがせり上がってくる。次の瞬間には激しい目眩を覚え、俺は蹲ってせり上がってきた物を吐き出していた。

 「おっ……おぇぇぇぇっ!」

 なんだこれは。口の中が酸っぱく、目の前はぐるぐると回っている。胃液だけになっても嘔吐が止まらず、びちゃびちゃと地面に吐き出してしまう。

 「げほっ……!げほげほっ……!おぇっ……!」

 涙まで出てきた。いくら吐いても楽になれない。とんでもない一撃を食らってしまった。今のはなんなんだ。ただ殴られただけじゃない。武術の経験がない自分でも分かる"重さ"を一点に打ち込まれた。

 「そのままでいいので聞いてください。今のは武術の一つ、勁です」

 勁……?

 「力の伝達を最高の効率で行うことで、本来伝わるべき力を余さず対象にぶつける武の技術です」

 もしかして、武術で聞くようなあの発勁とかいうやつなのだろうか。

 「この技術は相手にぶつけるのもそうですが、相手からぶつけられた際も利用できます。本当はもっと相手に密着したほうが良いですが、応用すれば武器から伝えられた力も受け流せるようになります」

 それでさっきの猪突は無効化されてしまったというわけか。もしかしてミィリヤは余程腕の立つ拳法家だったりするのかもしれない。

 「一度食らっていただいたのは、折角ですので体感していただきたかったのと、有用性の説明がしたかったからです」

 俺の身体を使っての実験というか、見本というか。未だに腹をぐるぐるとかき混ぜられてるような不快感に襲われるせいで、嫌でもその有用性とやらを感じざるを得なかった。

 「うぷっ……。つまり、それを覚えろと……?」

 「そういうことです。タマさんは身体が小さいので、懐に入ることでも役に立つ武術を身に着けるのはより効果的だと思いました。どこで切り出そうか迷っていたので、タマさんが欲をかいて良い所を見せようとしてくれて助かりました。危うく剣を折られるところでしたけど」

 いつものミィリヤより喋りに棘がある。教えの途中で一切反省のない動きをしたせいだろう。ミィリヤは案外容赦がないというのは、今後もしっかり覚えておくことにしよう。

 「わ、わかった……。よろしく……頼む……」

 迫りくる吐き気をなんとか抑えながら、俺は再びミィリヤの稽古を始めるのであった。

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