第10話 万事塞翁が馬は猫も同じ

 「待て」

 帰宅途中、大通りを避けて脇道に入った頃。人の姿のままで歩いていると、後ろから声をかけられた。ずっと付いてこられていると思っていたが、俺に用があったのか。

 「どうかしたか、ガノアルセン」

 「気付いていたのか。翼竜戦での動きといい、やはりお前はただの人間ではないな、何者だ」

 気付かれた?いや、恐らくガノアルセンが言っているのは種族の話ではなく立場の話なのだろう。それにしても急な問いかけだ。

 「何の話だ」

 「はぐらかすか。まぁいい、オレが知りたいのはそんなことじゃない」

 狭い通路。人の気配がない場所で話をかけてきた辺り、知りたいことというのはあまり大きな声では言えないことなのだろう。

 「お前は人間と魔族、どちら側だ」

 ぐっと目を細めて俺を睨む。殺気を持った迫力に僅かに怯んでしまった。

 「質問の意味が分からない。何が聞きたい」

 「勇者が送り込んだ刺客だ。監視の目的があったんだろう?オレもあの人間の男を組ませたのも勇者の差し金か。言え」

 話が飛躍しすぎていて全く付いていきようがない。大体俺はこの世界の事情に一切詳しくないのだから当たり前の話だ。

 「俺はただ装飾品の宣伝に勇者の知恵を借りただけだ。それ以外の目的などないし勇者が何を考えているかなど知らない。ただの一般人だ」

 「嘘を吐くな。あの勇者と接点を持っている時点でそもそも普通とは掛け離れている。それがたかが宣伝のためだと?そんなことを言われて信じるやつがいると思うか」

 何かと暗躍していそうな勇者のことを考えればそうなのかもしれない。本当に偶然なのだが、ガノアルセンからしてみれば狙ったような組み合わせに狙ったようなタイミングで介入があったわけで。疑いの目を向けるのも当たり前ということか。

 「さぁ答えろ。お前は人間と魔族、どちらに付く」

 やたらと性急な聞き方だ。

 「その質問に答えたらどうなる」

 「魔族側ならお前を連れて魔族領へ戻る。人間側なら……今ここで殺す」

 あの目は本気だ。翼竜の翼をもぎ取ったあの魔法を思い出す。あんなものを食らったらひとたまりもない。だが殺すか魔族領へ連れて行くかという二択なのも意味が分からない。慈悲はないのか。一緒に肩を並べて戦った仲じゃないか。

 ……そんな冗談も言える状態じゃなさそうだ。

 「何故俺にこだわる?」

 「お前の強さは我々にとって厄介だ。今ならまだお前を殺すのも難しくはないが、これから先はどうか分からない。早目に摘んでおくのが良いと判断した」

 味方なら戦力に、敵なら早々に対処とそういうことなのだろう。それにしても対応が即断即決すぎる。現場判断の裁量が大きすぎるだろ。

 「戦争でもする気か?」

 「それを話すつもりはない」

 肯定したようなものだろうそれは。人間側はどうか分からないが、魔族側は戦争をする準備をしていると言うことで間違いないだろう。聞いたからには無関係では居られないが、果たしてどう答えるべきか……。

 「答えろ。お前はどちらなんだ」

 「俺は……」

 今の状況や前世を考えるなら人間側なのだろう。しかし、魔族と敵対する理由もない。どちらかに肩入れしてどちらかを敵に回す決断しかないというのはあまりにも強引な話だ。

 「俺はどちらでもない。中立だ」

 「何?」

 「わざわざ敵対するつもりもないし、そもそも俺はどちらかに入れ込むつもりはない。そうではない派閥もあるだろう。強いて言うなら俺はそれだ」

 「それでは困る。お前は脅威だ。このままでは必ず障害になる」

 なんでそんなに俺にこだわるんだ。翼竜戦では殆どお前がやったようなものだろう。俺はいいとこ取りしただけだ。

 「俺は勇者と関わりがあるが特に仲がいいわけではないし、アイツと知り合ったのもほんの偶然だ。ただの知り合い。それ以上でもそれ以下でもない」

 「ならば都合がいい。魔族側へ来い。悪いようにはしない」

 今度は勧誘か……。誘い文句が悪徳商法のそれより下手な気がするがコイツを勧誘役に配置したのはどこの馬鹿だ。

 「悪いがお断りさせてもらう。お前が俺にそんなにも興味がある理由にこれっぽっちも心当たりがないが、気持ちだけはありがたく受け取っておく」

 「どうしてそうまでして拒む」

 ガノアルセンよ、俺が人間だと思って話しているなら相当間抜けな質問をしているぞ。同胞を殺そうぜと誘われて、はい行きますなんて言うか。そうじゃなくても誘いに乗るやつはいないと思うが。

 「争いごとは好きじゃない」

 「嘘だな。生存欲求の強い者は同じだけ闘争心を持っている。お前からはそれを感じた」

 謎理論で殴ってくるな。こっちに来ていきなり爆弾を抱えたくないんだ。そんなことをしたら世話になってる人たちに顔向けができない。

 「勇者の関係者であるお前を今放るわけには行かない。とにかく魔族領へ来てもらおう」

 「なっ……!」

 俺の猫の反射神経を以てしても反応出来ない速度でガノアルセンがそこに居た。いつの間にか右手が握られている。リングを握り込まれたせいで中のアイテムが引き出せない。入出口をガノアルセンの魔力で塞がれてしまっていた。

 「離せ!」

 「断る。大人しく付いてこい」

 振りほどこうと腕に力を込めるが全く動かない。これはまさか、ガノアルセンの力が強いのではなく、俺の力が弱いのか。

 「くそっ……!」

 「魔法は使わせないぞ」

 周囲に干渉しようとした魔力が掻き消される。魔力の扱い方もガノアルセンのほうが遥かに上手だ。ヒトを見る目とコミュニケーションは壊滅的なくせにこういうところはやけに秀でている。少しは能力を別に回してくれ。

 「さぁ来い!」

 引き寄せられる。こうなったら、イチかバチかだ。

 「クソッタレぇ!」

 僅かに回復した魔力で"猪突"をイメージする。このイメージに魔力が関わっているのはさっきの戦いで察していた。これにより、俺が体当たりをすればその威力は跳ね上がる。少しの魔力でもガノアルセンを突き飛ばすくらいは出来るはずだ。

 「ぐはっ!」

 「しまった……!」

 狙い通り、ガノアルセンの懐に飛び込む形で衝突する。しかしその瞬間にガノアルセンに抱き込まれてしまい、俺も勢いに乗って吹き飛ばされることになる。

 「やはり見たことない魔法を使う!」

 「くぅっ……!」

 道に二人して転がり込む。その先で俺はガノアルセンにマウントポジションを取られてしまった。

 「どんな仕掛けだ。妨害が通じない魔法など聞いたことがない」

 「し、知らないな。気付けば使えていたからな」

 これは本当のことだが、ガノアルセンのことだから信じないのだろう。

 「何もかも隠し通せると思うなよ。お前にもう出来ることはない。時間を掛けてお前を暴いてやる。まずはその顔から拝ませてもらおうか」

 「なっ……!やめろ!」

 しまった。ガノアルセンの右手がフードと更にはその奥の帽子に掛かる。両手で止めにかかるも、力の差は著しい。抵抗も虚しく、俺の顔を隠していた装備はあっさりと剥がれてしまった。

 「っ……!」

 ガノアルセンが目を見開く。それもそうだ。人間だと思ってた奴の正体が、猫耳の生えた見かけは子供だったのだから。

 「お、お前、動物……?いや、ヒトと完璧に話せる動物など聞いたことがない。まさか源生物か?」

 「はぁ……想像に任せる」

 バレてしまった。家畜と思われてないだけマシだが、このことはなんとしても秘密にしてもらわなければならない。

 「そうか、中立というのはお前が人間でも魔族でもないから……」

 「そうだ。どちらに付くつもりもない」

 ガノアルセンは意表を突かれたのか、すっかり脱力してしまっている。

 「源生物はヒトとの関わりを絶っているはずだ。どうして人間領にいる?」

 そうなのか。それは知らなかった。だから情報が少ないのか。もっとそこら辺について話を聞きたいところだが、聞き出せそうにないな。

 「さぁな。俺にもそれは分からない」

 「お前、記憶がないのか……?」

 薄々思っていたがガノアルセンは勝手に自己解釈を広げていく性格のようだ。都合よく考えてくれているようだし、乗っかろう。

 「少し前、道端で目を覚まして以降の記憶しかないな」

 こっちの世界のはな。

 「それから偶然勇者に出会ってここまで来て、今は道具屋のところで世話になっている。その恩返しのために今日参加したんだ」

 嘘は言っていない。話していないことはあるが。

 「そう、だったのか……」

 散々疑った割に今は大人しく信じるのか。

 「お前も孤独だったということか」

 なんか感傷に浸ってもいる。俺が言うのもなんだが、今は疑うところじゃないのか。

 「同情してくれるなら、退いてくれないか」

 「ならば!」

 「ひぇっ」

 上手く退いてもらおうと思ったが、より顔が近付いていた。近い。顔が近い。

 「尚更魔族領へ来い!魔王さまならお前のことも知っているかもしれない」

 魔王か。そりゃあ勇者がいれば魔王もいるか。にしてもコイツは魔王の手先と言うことなのか。なら魔王は未だ人間領の支配を狙っている……?話に聞く限りだと、完全に戦争を終結してからはそれぞれの世直しにかかっていると聞いたが。

 「話はありがたいが、ひとまず顔が近い。それと、手を退けてくれ」

 気になることが山積みだが、それよりもっと気になることが一点。

 「えっ……?あっ!」

 ガノアルセンは顔を近付けるあまりに手をついているわけだが、その位置が問題だった。本人は言われて気付いたようだが、それを確かめるように手を動かされると俺が困るわけで。

 「あ、あ」

 何故お前が声を出す。

 奴の顔が真っ赤になっていく。なんだ、免疫が無いのか?そういうところは見た目通り子供なんだな。いやそれはいいから早く手を退けてくれ。男としては、無いわけではないがあるわけでもない、男にはない柔らかさの物を揉み続けられるのは複雑怪奇で、どちらかというと御免被りたい気持ちになってくる。

 ……だから胸を揉むな手を退けろ。

 「ガノアルセン」

 「えっ、あぁ!」

 手を退けるついでに本体も退いた。俺は立ち上がりながら帽子とフードを被り直す。思い切り地面に押し付けられたせいで土まみれになってしまった。折角さっき落としたのに。叩くと土埃が出る。溜息が自然と溢れた。

 「お前、メスだったのか……」

 声で気付けよ。

 「それを言われたのは二回目だ。それはさておき、お前の話についてだが、返事を保留させてくれ」

 断ってもまた来そうなのでこれが最良だろう。

 「し、仕方ない……。今回は諦める。だが、オレのことは誰にも言うな」

 「あぁ。代わりに俺の方も誰にも言わないと約束してくれ」

 正体さえバレなければ、交換条件も必要なかったのだが。仕返しがてらに今度、襲われたことにして脅してやろうかな。

 「あ、あぁ……。分かった」

 「よろしくな。それじゃ」

 若干まだ放心状態で手のひらを見つめて握ったり開いたりを繰り返しているガノアルセンを放って、俺はさっさとその場を退散した。これ以上あそこに居るとまた勧誘がうるさく始まりそうだった。

 それにしても、俺の胸はそんなにいいもんなのだろうか。もう少しはあったほうが男としては……というか、何故俺がやられる側にならなければならないのだろう。

 どっと身体が重くなる。この疲れは絶対翼竜戦以外のせいだ。早く帰って寝てしまいたい。

 

 こうして、俺の初仕事はパンクしそうな情報量を抱えて無事……とも言えないが終了した。

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