第8話 猫の初仕事

 「待たせたな」

 「タマ!上手く行った?」

 「一応な。だが少し方向性が変わった」

 入り口辺りでウロウロしていたマテルを捕まえて事情を説明する。マテルは話を聞く度に深く悩み込んでいく様子を見せた。

 「う〜ん……それなら準備が必要だね……」

 「そうだな。何を揃えればいい?」

 「タマの基本的な戦い方は魔法だろう?なら、ウチで扱ってる魔力器を複数持っていったほうが良さそうだね。腕輪型の物があるから両腕に二つか三つずつくらい付けていくといいよ」

 魔力器とは魔力を一時的に溜め込んでおける装飾品だ。ただし充填は変身の首輪と同じように自分の魔力を注ぐ必要がある。

 「それと服装も動きやすいのにしないとね。開きだと動きにくいだろうからちゃんとした閉じを用意するよ」

 開き衣はスカート、閉じ衣はスボンのことだ。どうにも翻訳はこの辺りを上手く変換してくれないらしい。

 「閉じ衣だと尻尾が見えてしまわないか?」

 「外套を合わせれば隠せるはずだよ」

 「それなら耳も隠せるか?」

 「頭巾と帽子はしっかり被っておいてね」

 マテルはこの手の準備に慣れているのか、必要な物を一つ一つ挙げていく。どうやらマテルが取り扱っているものだけで準備が整いそうだった。

 「後は首輪の時間が保つかだけど……」

 「ナギはやり方を意識すれば三日は保つようになると言っていたぞ」

 「それは今からだと難しいかな……。僕も魔法の扱いに自信があるわけじゃないし。一日でちゃんと終わって帰ってくることを想定した方がいい」

 帰路を辿りながら少しずつ相談を進めていく。行きに使った経路を巻き戻りながら途中必要な道具を買い足し、家に着く頃にはおおよその相談を終え、抱えた道具が山のように積まれていた。

 「買い過ぎじゃないか……?」

 「問題ないよ。合成して縮小すればより純度の高い物も作れるしね」

 ここ数日を共にして気付いたが、マテルは充分に器用で道具と道具を掛け合わせて機能を集約したりするのに長けていた。ものづくりには器用さ以外も必要だったということだろうか。聞いてもいいものかどうか分からず、あまりその辺りは聞けていなかった。

 「あまり嵩張ると持てないが……」

 「大丈夫だよ。買ってきたの同士を合わせて荷物を格納できるように改造しておくから」

 この店兼家にはマテルの作業スペースがあり、マテルは買ったものをまとめて中へ持ち込んで閉じこもってしまった。この分だとあと数日は出て来ないだろう。店も一時閉店だな。

 「さて……俺の方は暫く人の姿になれそうもないな」

 充填しなければならない魔力器が多すぎる。下手に使えないのは不便だな。とにかく今も変身を解除しておくのがいいだろう。マテルの代わりに来客の対応もしないとな。猫だけど。

 そしてマテルが部屋を出てくるまで、とりわけ変わったことも起きることなく時が過ぎていった。

 

 「おまたせ、タマ」

 (出来たか?)

 「うん、バッチリだよ。魔力器に充填は進んでる?」

 (こっちも問題ない。あとナギから連絡が来た)

 今日からだと後数日後には討伐隊が活動を始めるそうだ。合流も近い。

 「少しだけ変身できる?」

 (あぁ、充填は充分に間に合うからな)

 「じゃあ、これを付けて」

 渡されたのは小さなリング。丁度前脚に通りそうだ。

 (お、これは凄いな)

 右前脚に通すと、その太さに合わせて大きさが変わった。首輪と同じ仕組みなのだろうが、見る度に驚いてしまう。それに、この黒いリングは俺の体毛と重なって目立ちにくいのも良い。

 「それじゃ、変身してみて」

 (了解した)

 いつものように首輪に起動用の魔力を込める。すると、俺の身体が発光して変身が起こり始めた。

 しかし、このままではまたマテルに裸体を見せびらかしてしまうのでは……?

 と言う俺の懸念を見据えたように、黒いリングから格納した衣服が出現し、変身を終えた身体が自動的に纏っていく。一つ一つしっかり身に纏っていく感じはアニメーションの変身シーンみたいで面白い。

 「……ほぉ」

 変身を終え身体を見下ろすと、白いブラウスに黒いショートパンツのシンプルな組み合わせが纏われていた。しかもショートパンツにはちゃんと尻尾を通す穴も空いていて、自由に動かせるようになっているのがありがたい。スカートのときはほぼ無理矢理に押し込める形だったので、実は色々と辛かった。猫の尻尾は神経が集中しているので窮屈なだけで苦しくなるのだ。

 首にはスカーフと首輪。左腕にはハンカチ、右腕にはリングが身に着けられている。リングには充填済の魔力器が格納されて、今後は直接魔力器を取り出さずに自由に使用することができる。

 「良い選び方だな。流石はマテルだ」

 「ありがと。それと、これが外套だよ」

 次にマテルが差し出したのは、黒色の外套。ポンチョタイプで、よく旅人とかが付けていそうな足元までの丈があるフード付きの前が開くものだ。羽織ってみると、ふわりと広がってくれるように作ってあり、尻尾にも余裕がある。その場で少し動いてみても末端が跳ねるだけで尻尾まではそうそう見えないように出来ている。非常に便利だ。姿見を通してみると、フードを被らなければ普段遣いしてもこの世界だとさして浮くことはなさそうだ。どこまでもしっかり考え尽くされている。

 「とてもいいな。快適さがまた一段と上がった」

 「気に入ってもらえたようで何よりだよ」

 「また大きな借りが出来てしまったな」

 「すぐに返してもらうから構わないよ」

 それもそうだ。感動してる場合ではなく、俺の仕事はまだ始まってさえないのだ。念入りな準備の分、しっかりと働いて宣伝して来なければならない。

 「これだけしてもらった分、上乗せして頑張ってくるさ」

 「期待して待ってるからね。さて、そろそろもう一度猫の姿に戻ってもらえるかな?」

 「あぁ」

 変身を解くと、いつもの猫のスタイルにまた戻る。魔力を使った道具は携行性を高めてあって、非常に使いやすい。電子機器がない代わりにこういった形で文明が発展したという証拠だろう。素晴らしい技術だ。

 要望通り猫の姿に戻ると、着ていた服が自動的に格納される。残ったのは首に巻かれたハンカチと首輪、新しく増えた黒いリングくらいだ。

 「問題なさそうだね。この構成で行こう。使い方は大丈夫そう?」

 (問題ない)

 「分かった。それじゃあ後はタマに任せるよ」

 (任された)

 マテルとの二人三脚。まだまだ知り合ってあまり時間も経っていないが、心地の良いやり取りが出来ている気がした。

 

 俺の持ち物が決定し、試運転も兼ねて幾度かのテストを行っている内に、遂に約束の日がやってきた。

 「じゃあ行ってくる」

 「うん。気を付けていってらっしゃい」

 店の表で送り出してくれるマテルと挨拶を交わし、俺は集合場所へと向かった。中央都市の西門を抜けてすぐの場所は魔物や動物避けの柵で囲われていて、待ち合わせによく使われている。そこで三人のヒトが俺を待っていた。各々羽織っている外套に紋様が入っていて、これは学校所属の人間であることを表している。三つの円が互い違いで大小交互に並んでいるのが第一、同じく並んだ模様の円が四角になっているものが第二学校のものだ。今回は第一が二人、第二が一人のようだ。

 「すまない、待たせただろうか」

 「いや、我々も今揃ったところだ。君がヒタマで間違いはないかな?」

 第一の紋様が入ったマントの長身長髪の男が答える。見るからに余裕を湛え、金髪を靡かせる様は、何処ぞの貴族を思い起こさせる。身なりも妙にいいし、実際のところ他の二人より懐は温かそうだ。売り込むならこの男だろう。

 「あぁ、俺がヒタマだ。よろしく頼む」

 俺はフードで殆ど顔が隠れているし、身長も低い。役所の時のように取り繕う必要はないだろう。まぁ、俺と言うには少々声に難があるかもしれないが……。

 「私はフェンリ家のルヴェン。この部隊の長を任されている」

 フェンリ家?家名はこの世界には無いと思っていたのだが、この男にはどうやらあるようだ。どうやら益々良家の出と見える。

 「わたくしはルサンファと申します。ルヴェンさま共々、どうぞお見知りおきを」

 ルヴェン"さま"とは。知り合いと言うにしては随分仰々しい。どうやらこの二人はセットのようなものなのだろうか。よく見ると距離も近いし、ただならぬ関係という様子だ。

 「……ガノアルセン」

 そして最後の一人。俺と同じくらいの身長の、頭に山羊のような角が生えた少年。魔族と言うやつか。街を行くヒトの中に似たような姿をポツポツ見かけたことはあったが、まさか部隊を共にすることになるとは。

 「ふん。魔族と共闘などと煩わしいことこの上ないが、仕方あるまい。私の足を引っ張るなよ」

 ルヴェンという男、この口振りからするにどうやら人間至上主義のようだ。

 人間と魔族の戦争が終結した後、二つの種族は協力、或いは不戦を決めてそれぞれ繁栄することを目的としたが、中にはその決定に納得がいかず、各々の種族こそが頂点に立ち主導権を握るべきだとする主義のヒト達がいる。それが人間至上主義者と魔族至上主義者と言うわけだ。

 至上主義者は自らの種族以外を極端に嫌い、敬遠しているという。ということは、現在猫である俺も正体がバレれば円滑にはいかなくなるだろう。幸い今は勇者の紹介というのが効いているのか人間だと思われているようなので、このままやり過ごすことにしよう。

 「お前こそ、オレの邪魔をするな。人間風情が」

 こっちはこっちで魔族至上主義者か?何とも相性の悪い。ガノアルセンのほうも俺を人間と見ているようで、妙に目が合わない。魔族からしてみれば、仇敵たる勇者の関係者だし尚更印象は悪いだろうな。いきなり雲行きが怪しい。

 「まぁいい。挨拶も済んだところだ。目的を果たすとしよう」

 「……」

 「そ、そうだな……」

 い、居心地が悪い……っ!

 ルサンファは何も言わないし、ガノアルセンは様子を伺うだけ無駄だ。つまり応対は俺がしなければならない。

 どうしてこうなった。ナギよ、メンバーはもう少し仲のいいヒトから選べなかったのか?

 

 翼竜がいるのは森の奥らしい。西の村々へ続く道からちょっと外れた先にある森へ魔法を使って移動する。中央都市に来たときと同じ魔法だ。便宜上、移動魔法とでも呼ぶこととする。移動魔法はルヴェンが操作し、全員まとめて移動した。

 「ここからは歩いて向かう」

 ルヴェンは指揮を執るだけあって先陣を切っていく。ルサンファがそれに続き、その次に俺、殿はガノアルセンが務めていた。

 「翼竜以外にも魔物がいるが、今回指示されていない。可能な限り避けて通るぞ」

 森の中をルヴェンの指示通り抜けていく。進行はつつがなく進み、予想していたよりも危険は少ないように感じる。

 リーダーを担当するルヴェンは態度の割に慎重派で、魔物を見ても問答無用で討伐するようなタイプではなかった。敵意があれば都度戦うこともあるが、それもどこからか取り出した剣で即座に斬り伏せて一人で終わらせてしまう。腕前も確かで判断も的確。なるほど代表にもなるわけだ。

 ルサンファはルヴェンのサポートに回っている。魔法で微かに魔物の動きを妨げて攻めやすくしたり、血でニオイが立たないように服を清めたりと目立たないものの的確な支援が光る。ルヴェンとの相性はかなり良いようで、息もぴったりと合っていた。これ以上ない相棒だろう。

 反面、俺やガノアルセンは出番がまるでない。ルヴェンが一人で終わらせてしまうし、ルヴェンの傍にはルサンファが寄り添うように付いて最適解を選ぶ。当たり前と言えばそうだった。

 「……?」

 そのときだった。遠くから何かの音が耳に入る。

 「少し止まってくれ」

 俺の言葉に三人が止まる。俺は目を瞑って耳に感覚を集中した。

 ここから数百メートル先。そこから何かがこちらへ迫ってくる。妙に耳に付く不快な高音。ブーンという音が幾重にも重なって激しい音を立てている。これは……。

 「羽音?」

 「なに?私には何も聞こえないが……」

 「なにかの羽音だ。それも一つじゃない。相当数の……」

 音はどんどん近くなっていく。対象は俺たちの方に真っ直ぐ向かって来ているようだった。

 「複数の羽音……?まさか……!皆、構えるのだ!」

 ルヴェンが臨戦態勢を取る。羽音はもう普通に聴き取れるくらいの距離まで近づいていた。

 ブゥゥゥゥゥゥン!!!!

 「来た!」

 森の奥から俺たちの横を突くように虫の軍勢が飛び出してくる。二対の羽に黄色と黒の縞模様。見た目は完全に蜂そのものだったが明らかにサイズがデカイ。一メートル近い大きさはあるんじゃないかという蜂が数十匹飛んできていた。

 「雀蜂だ!刺されてはいけない!奴の針にはヒトを殺せるだけの猛毒がある!」

 ルヴェンが叫ぶ。雀蜂ってあんなにデカかったっけ。これだけデカイと流石に顔が引きつる。あのサイズに刺されたら毒どころじゃなく致命傷を受けそうだが。

 雀蜂は俺たちを囲んで飛び回る。見た目のインパクトに俺が狼狽えている間に、既にルヴェンは数匹の雀蜂を仕留め、ルサンファもまた俺たちを守るように魔法を使って障壁を作っていた。

 「君たちは盾を持たない。近寄るよりは魔法で攻撃するんだ。ただし炎は厳禁だ」

 「分かった」

 ルヴェンの指示に従い、俺は蜂に鎌鼬を起こして攻撃する。数が多く、障壁に集った蜂は狙わずともどれかが魔法に当たり落ちていった。障壁は網目状の糸のようなもので出来ており、内外の魔力での干渉は可能になっていた。どうやって作っているんだろうと気になるが、あまり余裕は無いのでひたすら魔法を使って落としていく。しかし使いすぎるわけにもいかない。本命はコイツラではなく翼竜だ。可能な限り温存しておく必要がある。

 「面倒だ。オレがやる」

 と、そのときガノアルセンが手をかざした。すると蜂が何かに引っ張られるように空中の一点へと集まっていく。

 「格の違いを知れ」

 そして全ての蜂が一点に集まると、更に蜂は押し付けられ、まるでティッシュを丸めるように圧縮された。

 ミシミシと音を立てて蜂団子が潰され、血液が飛び散る。ルサンファが飛沫を弾くように壁を作っている間のほんの短い間に宙を埋め尽くしていた蜂が全滅していた。

 「……」

 「ふん。この程度の魔物に手こずるとは話にならないな」

 「得手不得手というものがある。広範囲の魔法を操るその実力は認めるが調子には乗らないことだな、魔族よ」

 窮地を超えても二人の仲は悪い。いや、この三人にとっては今のも窮地なんかではなく、簡単に超えられてしまうようなただの小イベントに過ぎないのかもしれない。

 「羽音はもうしない。先に進もう」

 いがみ合っているのを待っていても仕方ない。雀蜂は討伐しきったようだし次へ行こう。

 どうにも反りの合わない二人を抱えて、仕方なく俺は一歩を進めていった。

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