第7話 招き猫のやり方
オープンして早数日。実際に手伝うと言っても、俺に出来るのは猫の姿で軒先に佇むだけだ。因みに変身の首輪はハンカチの下に着けていて、今は俺の魔力から充填中になっている。人間の姿はまだお預けだ。
因みに客はそこまで。服飾だけで客を集めるのは流石に難しいのだろう。購入していった客もまぁ居たが、リピーターになるかどうかは分からないところだ。
「う〜ん……お客さんが思ったより来ない……」
(やはり店の内容が分かりにくいんじゃないか?)
「そうだよねぇ……。飾りや服だけじゃ需要もそこまで高いってわけじゃないし……何かいい方法はないかなぁ」
売上は出ていないわけではないが、このままでは芳しくない。果たして何をやるべきか……。
(確実なのは、有名な人物にこの店のことを広めてもらうことだが)
「広告ってこと?でもそんなツテは無いしなぁ……」
(他の店はどうしてるんだ?)
「殆どの店は討伐隊を組んでる人たちから売り込みを始めて固定客を取ってるはずだよ」
討伐隊というのは、人間の領地に起こる魔物や動物、その他による諸々の武力に関するトラブルを解決する集団のことだ。
言われてみると、確かに品物に掛けられた魔法はどれも護身要素が強い。普段遣いというよりは危険の及ぶ仕事で使う用途が多いか。
(あっ)
それなら勇者はどうだろうか。戦時中からずっと戦い詰めのはず。それなら勇者にここのアクセサリーを使ってもらえば……。
「どうしたの?タマ」
(適任を見つけたかもしれない)
「ほんと!?」
(あぁ)
とはいえ、勇者なのだしより効果の強いアイテムを持っている可能性も高いが。駄目で元々。身辺報告の代わりに一度中央都市庁と言うところに行ってみるか。
(マテル、中央都市庁へはどうやって行けばいい?)
「都市庁?そんな所に居る人に渡しても……」
(目的の相手を呼び出すにはそこに行かなきゃいけないんだ)
「もしかして、凄い人?」
凄い人も凄い人だろうな。
(勇者だ)
「勇者……って勇者ぁっ!?」
マテルの絶叫が家中に木霊した。
「ほ、本当に行くの?会えるの?」
「そればっかりだな。会えるかは分からないが、向こうから呼び出したいときはそうしろと言ってきたんだ。用がある時に呼び出すべきだろう。そのために手紙も送って確認も取ったんだ」
数日後、俺は首輪への充填を終えて人の姿になってからスカーフで首輪を隠して都市庁へと向かった。マテルは道案内兼窓口対応だ。ナギに直接会えと再三言ったが恐れ多くてできないと言っていた。肝が小さすぎて今後が心配だ。
「ここが都市庁だよ」
「これが……」
都市の中央。空飛ぶ石版に乗っかってあっという間に都市庁へと辿り着いた。
都市中央に向かうにつれて、建物の高さが高くなっていく。まるで地球の高層ビルを見ているみたいだ。人口が増えれば平地だけでなく高さを利用し始めるのはどこも同じなんだな。
中へ入るとオフィス然とした内装が目に入り、いくつかの窓口に分かれて作業が進められていた。
「どの窓口が正解なんだ?」
「取り敢えず総合科に行くよ」
綜合科、と看板の下げられた窓口へ向かい、受付に立っている女性とやり取りをするマテル。随分手際がいい。商売を始める時に来たと言っていたし、それもあって慣れたというところか。
そうこうしてる内に戻ってきた。話は付いたようだ。
「今から案内の人が来るって」
「了解した」
「じゃあ、僕は表で待ってるから……」
「はぁ……。お前も会えばいいのに」
「気軽に勇者さまに会うなんて出来ないよ!」
今からその勇者相手に商売をしようと思っているんだが分かっているんだろうか。分かってるからこそかも知れないが。
「お待ちの方の中でタマさまはどちらにいらっしゃいますでしょうか」
「お……私です」
そうだ、流石にこの姿で俺というのはマズい。言葉がどう伝わってるかは分からないが、こっちに来てから一人称がバラけてるあたり、いくつかの呼び方があるなら第一印象から不信感を与える必要はないだろう。
「おまたせしました。ご案内します」
「よろしくおねがいします」
案内の女性についていく。案外勇者って簡単に会えるものなんだな。立場上警備とか厳しくてもおかしくなさそうだが。
「こちらでお待ち下さい」
「ありがとうございます」
応接間に通された。中は小綺麗だし役所って感じだ。ソファも置いてあるが、これはどうやって作っているのだろう。地球の物と比較的似ている。中の生地もふかふかで座り心地も良い。猫の姿なら昼寝を決め込んでいたかも知れない。
コンコン……。
「失礼します」
ノックの後、扉を開いて入ってきたのはつい先日別れたばかりのナギだった。相変わらず勇者の印象とは違う極々普通の格好をしている。アレも魔法が織り込まれた特注品らしいが。
「遅くなりました。タマさん……でいいんですよね?」
「あぁ。ただ少し意匠替えが過ぎたかな」
「驚きましたが問題はありませんよ。随分ヒトの姿に慣れていらっしゃいますね。言葉もつつがなく話せているようですし」
元々人間だったしな、と思うがそれを言うよりも早くナギが言葉を次いだ。
「色々お聞きしたいこともありますが、生憎と時間が無くてですね。ご用件を伺ってもよいでしょうか?」
「もちろんだ」
ナギに促され、俺は一つ一つ掻い摘んで説明を行った。ナギはすぐに状況を理解したようで、ふむふむと頷いた。
「残念ですが、僕には協力できそうもありません」
「どうしてだ?」
「理由はいくつかありますが、最も大きいのは広告にならないから、というところでしょうか」
勇者ともあろう人間が身に着けていれば嫌でも広告になりそうなものだが、違うのだろうか。
「勇者には特別な体質がありまして。特定の装備でないと効果を発揮しないんですよ」
なんだそれは。まるでゲームの装備そのまんまじゃないか。
「膜の性質が特殊なようでして。勇者専用に用意された物しか使えないんです」
「なるほど……。それでは見た目はともかく性能面での宣伝ができないということか」
「そういうことです」
それではマテルの協力には不足している、か。
悩む俺を見て、そこで、とナギは続けた。
「こんな話があります」
ナギは人差し指を立てて語り始めた。
この中央都市には代表的な二つの学校がある。第一魔術学校と第二魔術学校だ。魔術学校と言っても訓練校みたいな感じで、討伐隊を始めとした職業向けの授業を行っている総合的な学校だ。その二校で合同の討伐隊が組織されることになり、結成が間近に迫っている。そこに勇者の推薦として俺自身が参加し、討伐を通して宣伝をするのはどうか、ということだった。
「悪くないが、俺は戦いの経験なんて殆どないぞ」
「対象は小型の翼竜だと聞いています。あれだけ動けた貴方なら問題ないでしょう」
翼竜と言うのは魔物の一種で、原種に竜を持つ。中型からは脅威になると見込まれ、大型にもなるとかなり大きな討伐隊が組まれるらしいが、小型ならそこまでの脅威はない。それなら確かになんとかなるのかもしれない。
「それに、学生に売り込むと言うことはその先の取引相手を見つけることにもなりますからね。どの職業に就くにしても、質のいい物を身に着けておくことは大事ですから」
「なるほどな……」
討伐隊は小規模で構成される。つまり実力者たちが集まるということで、尚更宣伝に効果はある。危険を伴う以上断ることもできるが、わざわざ出向いてくれた勇者にも悪い。俺自身交友は広く持っておいた方が良いだろう。
「分かった。その方向で頼む」
「承りました。では書状はこちらから出しておきますので、また詳細は追って連絡します。どちらに連絡すれば?」
「あぁ、それなら……」
ナギにマテルの店の場所と名前を伝える。ナギは話を聞きながら小さな水晶のようなものに魔力を込めていった。
「それは?」
「記憶媒体ですよ。魔力を注ぐと情報を記録しておけるんです」
たまげた。USBもびっくりな代物だ。
「それと、もう一つ」
「ん?」
まだなにかあるのだろうか。まぁ始まってから問題があっては困るし、念入りな打ち合わせはこちらとしても助かるが。
「今の姿と本来の姿で同じ名前は特定に繋がってしまうので変えた方が良いでしょう。何か案はありませんか?」
そうか、猫の姿から変身しているとバレると都合が悪いと言っていたな。名前か……。
「考えていなかったな。まさか必要になるとも思っていなかったし」
「そうですか……。ならば、ヒトの状態のタマさんなので、ヒトタマ……とか?」
何だその名前は。もしかしてナギはネーミングセンスに難のあるタイプなのか。
「それならせめてヒタマとかにしてくれ」
「ヒタマ、ヒタマですね。分かりました」
「待て、本当にそれで行くのか」
「他に何か希望が?」
……ないが。上手く話が進んでくれるのは有り難いが、今後を左右する物をあっさり適当に決められるとそれでいいのか不安になってくる。まぁ、考え直してみても何も思い浮かばないわけだが。
「それでいい」
「ではそのように」
今後俺はヒタマという名前に決まってしまった。自分の子供にこんな名付け方してたらすぐに嫌われそうだ。もし機会があったらちゃんと名前図鑑でも買っておこう。あれ、でも産まれるのは猫なのか?しかもよく考えたら産むのは俺の方なのでは……。これ以上は止めよう。
それはさておき。
「割と時間を取ったが、大丈夫か?」
「そろそろ御暇させて頂こうかと」
「そうか。頼らせてもらって助かる」
いえ、と言いながらナギは立ち上がり、扉へと向かう。
「あぁ、そうだ」
と、扉に手を掛けたところで立ち止まる。
「ヒトの姿を維持できるのは現状だと一日くらいですか?」
「そう、だな」
「であれば、今後魔力の使い方を学べばもっと効率的に利用が出来ますから、三日は保つようになると思いますよ」
ほう。これは面白いことを聞いた。というか、見ればすぐに分かるあたり流石は勇者さまと言ったところなのだろうか。
「教えを請う相手が居なくてな。困ってる」
「それなら、もうちょっとで適任がこちらへ来ると思いますよ」
適任?また紹介してくれるのだろうか。
「おっと、喋りすぎてしまいましたね。それでは失礼します。また後日」
「あ、あぁ。手間を取らせたな。ありがとう」
ナギは最後に手をひらひらと仰いで部屋を出ていった。
適任か。一体どんな人間なのだろう。あまりコミュニケーションは得意な方ではないから話しやすい相手だといいが。
「さて、俺も戻るか」
待ちくたびれて、油売りに転身されても困るしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます