第5話 中央都市
「さて、到着です」
(助かった。世話になったな、勇者)
確か向こうの家を出たのが日が昇ってすぐだったが、今はまだ日が傾くこともない。一日が地球より長い可能性もあるが、それでも中央都市まではかなりの早さで到着した。
「ナギ。僕の名前はナギです。もし何か困ったらこの名前を中央都市の市庁受付にお伝え下さい」
(ナギ、だな。分かったよ)
ジャパニーズテイストな名前だ。覚えやすくて助かる。
「では、これにて」
(あぁ、達者でな)
「タマさんも、お達者で」
終始勇者としか話すことはなかったが、無事に中央都市まで辿り着き、パーティは解散した。
それにしても影武者とは驚きだ。長き風習から、本来勇者たちは四人ワンセットで動くんだそうで。戦争を機にその考えにも変化は起こりつつあるそうだが、それでもまだまだ根深いらしい。
しかし、各々実力者である以上、一個部隊として固まるよりは分散した方が効率がいいからだそうだ。ゲームの中の勇者像はこの世界でも共通のようだ。因みに、大賢者に至っては基本的に中央都市を動けないんだそうだ。分散の話が根本から破綻しているが大丈夫なんだろうか。
勇者たちのことを考えながら街を歩く。影武者の三人は一般的に見ると実力者だったりするが、やはり本物には遠く及ばないとのこと。いつしかお目にかかってみたいものだ。
それにしても、随分賑やかな街だな。街並みは石造りが基調になっているものの、恐らく建物内はミィリヤの家のように近代的なのだろうと見える。それにふと上を見上げると板が空を飛んでいる。アレも魔法道具だろうか。人が乗っているのを見るに、街を移動するための物だろう。アレがあるなら車も必要なさそうだ。
店は集合施設というよりも個人商店が殆どのようだ。路面側をくり抜いた家に商人が立っている。中央都市というだけに、行商よりはしっかり腰を据えて商売をしている人が多く見受けられた。とはいえ、より外に近い位置だ。内部に至ればまた変わってくるかもしれない。
人口が集中している分、同業が並んでいても客を食い合わないのだろう。どの店もなかなかに盛況している。まぁ、俺は今一文無しなので利用することもないだろうが。
今まではミィリヤたちの助けがあったが、これからは一人だ。どうにかして生きる術を探さなきゃいけない。困ったら街の外へ出て魔物でも狩ろうかと思っているが、街の周りは魔物も動物も姿を殆ど見なかった。狩り尽くされてなければいいが。
源生物と目されている俺だが、町中を歩いても案外じろじろと見られることは少ない。所々に鼠みたいな同サイズの生き物がちょこちょこ走ったりしているのもあるのかもしれない。アイツは食えるんだろうか。
すっかり食に対して貪欲になってしまった。人間の頃なら鼠を食べるなんて考えもしなかったが、猫になってからはそういうのも気にならなくなった。
「うわぁっ!」
人混みの喧騒に紛れて誰かが声を上げた。次いでその方向から走り去る音が聞こえる。
何かがあった?人が動揺する声も聞こえるし、とにかく行ってみるか。
「今の人、泥棒です!誰か捕まえてください!」
野次馬ならぬ野次猫精神で音の方へ向かうと、尻餅をついた栗毛の青年が周囲に助けを求めていた。見るからに無害そうな顔にひょろひょろの体躯。ひったくりに遭うにはうってつけな人間だった。
青年が叫んだ頃には足音は既に人混みに紛れていて周りの人間には犯人を追うことができないようだった。犯人は間違いなく手慣れていた。
「あぁ……アレが無くなったら……僕はどうすれば……」
随分困っているようだな。俺の耳なら追いきれないだろうか。
耳を澄ませる。さっきまで聞こえた足音が聴き分けられれば……。
雑踏。会話の声。呼吸。意識を集中するだけでたくさんの音が入ってくる。その中の一つ。少し乱れた息を無理矢理に抑えようとするような呼吸、往来を歩くのにおかしくないギリギリの早足。もしかして、コイツではないだろうか。
気付いた瞬間、俺はすぐさまその音を辿っていた。距離は遠くない。途中で身を隠し、通行人を装って歩き去ったのなら十分ありえる近さだ。後はコイツを追って荷物らしいものを持っていれば黒だ。
角を曲がった?狭い道に入ったのか。建物に音が反響している。余計に怪しくなってきたな……。
音はその少し奥で止まった。それに対して近付く足音が一人分。
「上手く盗めたぜ。顔も見られてねぇ」
「目は逸しておいたからな。警保の連中も気付いてねぇはずだ」
間違いない!コイツらが犯人だ!
角を曲がって一気に飛び込む。そこには目つきの悪い二人組がいた。長身と肥満体、この並びを見るともう一人居るんじゃないかと疑ってしまうが、コイツらに関してはこの二人のコンビで完結しているようだ。
(その荷物を返せ!)
「あぁ?なんだこのちっこいの」
「ニャーニャーうるせぇなぁ」
「フシャーッ!」
俺の存在に気付いた二人の視線が向く。肥満体の方が抱えている小さなカバン。アレが目的のモノで間違いなさそうだ。
俺の言葉は通じない。なら取るのは実力行使一択だ。相手は泥棒、手加減をしてやる義理もない。
(喰らえ!)
一番得意な火球を生み出して二人にぶつける。とはいえ、火力は調整してあくまで威嚇程度に留める。下手にぶつけるとカバンごと燃やしかねない。
「なんだコイツ、魔法を使うのか!?」
「めんどくせぇ!やっちまうぞ!」
肥満体がカバンを脇に放る。中身が不安だが、今は好都合だ。
肥満体がショートソードを取り出し、長身が小銃を取り出した。
この世界にも銃があるのか。これは一気にマズイことになってきた。しかし、退くわけにもいけない。俺は次の魔法を準備した。
魔法はイメージする力が基礎になる。イメージを魔力が形にして世界に作用する。ゲームであるような単純な属性から、より物理的な作用までイメージが緻密であればあるほど効果を増す。
まずは銃を持っている長身から何とかしないといけない。銃口が俺を狙っている辺り、中身も銃で間違いない。俺は即座にその場を飛び退いた。その後も間髪を入れずに壁を使って跳ねる。長身は無駄撃ちをせずに、ただ俺を狙うだけに努める。そしてその長身から視線を奪うように肥満体が剣を振り回してきた。
体型からは想像できない素早い動きで意識が否応なく割かれる。勇者との立合がなければ今頃細切れになって地面に転がっていただろう。こと戦闘においても危険が常に傍にあるこの世界はレベルが高かった。
小さな的をよくもここまで正確に斬りつけられるものだ。剣を振り回した経験はないが、一手一手追い詰められる状況に焦りを抱き始める。
魔法が使えても、魔物が狩れても、俺は小さな猫でしかないし何も力を持たない。人間でないことに強みはあった。しかし逆にハンデもある。威圧や会話を手段として持てないのがこの結果を生んでるとも言える。調子に乗っていた、と言ってしまえばその通りなのだろう。
全身にひりつく怒りを感じつつ剣を避ける。中空へ飛び出せば反撃のチャンスもあるかも知れないが、それは相手にとっても同じで、肥満体の壁を無くせばすかさず長身の銃が撃ち抜く。二人のコンビネーションは完璧だった。
「ちぃ!ちょこまか動きやがって!こいつの足を止めろ!」
「だらしねぇな!」
長身が遂に引き金を引く。肥満体を挟む俺に直接当てることは出来ない。ほんの少し横に着弾した。
外した?ならば今が好機。長身を狙って攻撃ができる。
そうして俺は肥満体の脇を通り過ぎようとして……動けなくなった。
動けない!?一体何が……!
足元を見ると、そこには先程着弾した弾丸を中心として幾何学の図形が刻まれていた。
これは魔法陣か!しまった、最初からやつの狙いはこれか!
魔法の正体は分からない。ただ、何らかの行動阻害が起こっている。地面に縫い付けられたように動かない脚がそれを証明していた。
「取った!死ねぇ!」
肥満体の追撃。剣の芯が確実に俺を捉え、真っすぐに振り下ろされる。
今度こそ死ぬ……?
ハッキリと突きつけられる死の存在。間近に迫る絶命の感触。脳天に降ってくる刃が数瞬後の自分を思わせる。身の毛のよだつ恐怖。猪よりも分かりやすい殺すという行為に素面ならば動けなくなるのは当然だった。
いや、死ぬにはまだ早い。俺はまだ、ミィリヤに恩返しをすることさえ出来てないのだから。
地球では起こることのない命を賭けた争い。それは怖じ気よりも先にアドレナリンを沸騰させ、思考と力を齎した。
長身は次弾の準備に時間をかけていて動く気配はない。ならば今の敵は剣を振り下ろす肥満体一人。回避は間に合わない。だが、魔法は間に合う。地球での知識、物理と似た基礎を持つ魔法ならばこの状況は返せる。
(弾けッ!!!)
全ての生き物には魔法への耐性を獲得する膜が存在するらしい。故にその生物へ直接魔法をかける場合はその膜による妨害を超えて魔力を当てる必要がある。が、それも生き物ならの話。
持ち物である剣に膜が作用するためには持ち主の膜と同化させなければならない。それが出来るのは自らの膜をよく理解している、魔法に精通した者だけ。肥満体は魔法を使わなかった。もしそれが使えなかったのだとしたら、あの剣は裸も同然。なら俺の魔法が通るはず。
キィィィィン!
「ぐあっ!」
読みは当たり、肥満体の持つ剣が激しい音を立てる。音は振動になって肥満体に伝わり、思わぬ衝撃に剣を取り落した。その剣が地面に刻まれた魔法陣を掠めて崩す。本当は直接剣を弾くつもりだったが上手く魔法が発動しなかった。でも、結果オーライ。
動けるようになるのと同時に俺は肥満体へ突進した。猪さえ一撃で昏倒する俺の突進は、何倍もの大きさの肥満体を突き飛ばして壁に激突させた。
「ぐぇっ」
「おい、何やってんだ!」
そして息を切らさずすぐに翻って長身へ魔法をぶつける。強風を起こすだけの魔法だが、目潰しには十分で、正面から受けた長身は思わず腕を上げて目を覆う。その一瞬で、俺は長身にも突進する。
「糞がぁ!」
銃口がこちらを向いて引き金が引かれるが、構わず俺は長身に体当たりをかました。
「ぐぁっ」
見事長身も壁へ激突したところであえなく二人共揃ってノックアウト。俺はからがらで勝利を掴み取った。
息が荒い。身体が熱い。冷めやらぬ興奮が脳を支配して落ち着かない。目的はコイツらを倒すことじゃなく荷物をあの青年に返すことだ。そう、荷物を早く持っていかなければ。
(ぐっ……!?)
一歩踏み出そうとして違和感を覚える。胴から血が吹き出していた。
最後の長身の一発か。見事に貰っていたらしい。これでは歩くのも上手く行かない。
ドクドクと溢れる血と共に、身体から熱が一気に抜けていく。恐怖と痛みが押し寄せてきて、震えが止まらなくなり、俺はカバンの前まで来てへたり込んでしまった。
「ハァッ……!ハァッ……!」
足音。石畳をコツコツと叩く音からして、良い靴なのだろう。その足音の方を向くと、先程の青年が走ってきた。
「こ、これは……!?この人、さっきの……」
青年はのびている男たちを見て驚く。カバンに気付いていない様子に、俺は声を上げた。
(ここに、カバンが、ある……)
「っ!?君は……酷い怪我じゃないか!それに、これは僕のカバン!もしかして、君が?いや、そんなことはどうでもいい!早く治療しないと!」
青年はカバンを漁り始める。俺は朦朧とする意識の中で青年の声を聞きながらそのまま意識を失った。
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