第4話 パーティといえば四人まで

 勇者たち一行は一晩こちらに滞在してから中央都市へ戻るということらしい。それまではこの家で一泊していくことになった。

 家には空き部屋があったが、これは元々宿として使うことを想定して用意されたものらしい。人魔領地の境界という土地柄は両種族問わず迷い込む人が多いのを意識しているとのことだ。俺がすぐに受け入れられたのもそういう経緯からだったのだろう。

 (ここから中央都市まではどうやって戻るんだ?)

 「魔法道具を使うんですよ。これです」

 俺の問に勇者は一つの石を取り出した。四角く切り出された石に細かく模様が彫り込んであり、外側には劣化と傷防止の塗料が塗ってあるように見える。

 「これを使用すると、移動に適した魔法が展開されます。それで中央都市まで戻るんです。ただ、この距離では片道使うと帰りに少し足りなくなってしまうので、こうして一晩行き先で宿を取るんですよ」

 なるほど、この家がわざわざ宿を意識しているのも納得だ。

 (それって、使える人数が決まったりしているのか?)

 「このタイプなら十人までは使えますね」

 「タマさん、もしかして」

 ミィリヤは俺の言わんとする事に気付いたらしい。俺にとって今のタイミングは丁度良かった。

 (あぁ。俺も中央都市まで連れて行ってくれないか?)

 「ほぅ。中央都市に興味が?」

 (この世界の人々について色々知りたいんだ。元々中央都市には行くつもりだったしな)

 「行くんですね、タマさん」

 ミィリヤは少し寂しそうな顔をする。確かにこの数カ月間はかなり世話になったし、俺も折角仲良くなったミィリヤと別れてしまうのは心苦しい。だが、いつまでもこの家に厄介になるわけにも行かないし、何より勇者のような存在が派遣されてきたという事は、第二、第三の同じような存在が現れてもおかしくはない。その度にミィリヤやテイリィに迷惑を掛ける訳にも行かないだろう。

 (勇者たちが良いと言えば、だけどな)

 「僕たちは構いませんよ。ただ、中央都市での面倒を見るわけには行きませんので、タマさん自身でなんとかしていただくことになりますが」

 (問題ない。悪いな、ミィリヤ、テイリィ)

 「元々、そういう予定でしたから……」

 「うむ」

 テイリィは分からないが、ミィリヤはやはり浮かない顔をしている。心残りが無いわけではないが、言ってしまえばこれが今生の別れというわけでもない。

 (借りた恩はいつか返す。また会いに来るよ)

 「……」

 「使っていた物はキレイに取っておこう。いつでも来るといい」

 ミィリヤはすっかり俯いてしまった。罪悪感が湧いてくるが、今回を逃せばいつになるかも分からない。勇者のように来訪者と都合よくパスが繋がるとは限らないのもある。

 「本当に、いいんですね」

 (よろしく頼む)

 「分かりました」

 勇者とのやり取りの間にミィリヤとテイリィは席を外していた。流石にあれだけ落ち込んでいたミィリヤに何のフォローもしないのは気が引ける。俺はミィリヤと話をするべく部屋を出た。

 

 (ここにいたのか、ミィリヤ)

 「タマさん……」

 ミィリヤは家の近くにある草原にいた。丁度俺と会った辺りだろうか。既に魔物は狩り尽くしたので多少離れても危険はない。ミィリヤもそれが分かっていたのか、膝を抱えて座り、星空を見上げていた。

 「いつかこうなるって分かってたのに、いざその時が来ると、なんだか急に寂しくなってしまいますね」

 (そうだな。我ながら急だったしな)

 ミィリヤの隣に座り、空を見上げる。この世界にも星はあって、砂のように散らばって光っていた。

 しばらく言葉を失う。何を言えばいいのか分からなかった。

 「私のお母さんは優しくて困ってる人を放っておけないような人でした」

 沈黙を割いたのはミィリヤの言葉だった。今まで聞いたことがない母親の話。その話は、俺が意図的にしないでいたもので、気になっていたことでもあった。

 「人間だけじゃない。魔族や動物や魔物にだって優しかったんです。怪我をしてたら治療してあげたり、お腹が空いてたらご飯を作ってあげたり。お人好しって言われてて。でも母と会った人たちはみんな笑ってました。私も、父も、そんな母が大好きだった」

 暖かな風が毛を撫でる。過ごしやすい気候は風邪を引く心配も無く、心地よい穏やかさをもたらす。

 (お母さんは、今どこに?)

 「死にました」

 やはり、というべきか。これだけ長い間過ごしても影もなければ、想像してしまうことではあった。

 「私、母がなくなったと聞いたときは中央都市にいたんです。一年くらいこっちに戻ってなくて。そしたら、急にお父さんから連絡があって……」

 事故でした、とミィリヤは続けた。畑仕事の途中で不意を打たれた魔物との遭遇。猪は正面から突撃されれば人間でも一撃でやられる。それ以外にも蛇の毒や兎の牙。この場所は、俺が思っているよりももっと危険と隣り合わせになっている土地だった。

 「私もお父さんもとっても悲しかった。けど、そんな時にタマさんがやってきたんです」

 (俺?)

 「そうです。私は運命だと思いました。この生き物はお母さんの生まれ変わりかもしれない。魂を受け継いで戻ってきてくれたのかも知れないって」

 霊魂の概念があることに驚きだが、そう思ってしまうほど母親のことを大切に思っていたのか。

 「そんなことあるわけないのは分かってました。けど、見たことない姿でしたし、もしかしたらって思って」

 (それで俺に声をかけたのか)

 「そうです。どうしても拭いきれなくて」

 (そうか……。偶然とはいえ、騙したようになってしまったな)

 結果的に俺は俺だった。ミィリヤの母親とは大違いだし、ただの異世界から来た異分子でしかない。

 「いや、そんなこと!お母さんじゃなくたって、声をかけてよかったって思いましたから。お父さんも私も、タマさんが来てくれたおかげで、お母さんのことを飲み込んで、ちょっとずつ前みたいに戻れましたから」

 (俺も、助けられたよ)

 「ふふっ。だから、やっぱり寂しいんです」

 口にするミィリヤに俺を引き留めようとするつもりはないようだ。ただ、素直に俺に思いをぶつけてくれている。

 (俺も寂しいな。けど、これで一生の別れってわけじゃないから。俺たちはまた会える)

 「……えぇ、そうですね」

 ミィリヤの瞳が俺を見つめる。星空の下は妙に明るくて、ミィリヤの瞳はその中でもやはりキレイに輝いていた。その後、またミィリヤは星を見つめ、俺たちはその後家に戻るまで言葉を交わすことはなかった。

 

 「お世話になりました。今回のことはきちんと中央都市に報告しておきます。ご安心ください」

 「よろしくお願いします、勇者さま」

 二人が勇者と挨拶を交わす。勇者とその一行の足元には俺も付いていた。

 (世話になった。ありがとう)

 「あぁ、元気でやるんだぞ」

 「タマさん」

 (ん?)

 ミィリヤが俺の前に屈む。そしでポケットから一枚のハンカチを取り出すと、俺の首に巻いた。

 「それ、お母さんの形見です」

 (そんな大切なモノを、俺に?)

 「えぇ。また会えるようにって、おまじないです。私とお父さんから」

 後ろで勇者とその仲間から感嘆の声を感じた。余程仲のいいのが意外だったんだろう。テイリィの様子を伺うと、構わないというように頷いている。

 (二人からなら、ありがたく貰おう。大切にするよ)

 「はい。気をつけて、行ってきてください」

 (あぁ。行ってきます)

 「いってらっしゃい」

 ミィリヤとテイリィが送り出してくれる。俺は最後に会釈をして勇者一行に伴った。

 「それでは移動します」

 勇者が石を起動する。すると、俺を含む勇者たちを包むように円形の透明な壁が展開し、地面から1メートルほど浮く。そして、道になっている部分を辿るように走り出した。ぐんぐん小さくなっていく家はそう待たずして見えなくなっていった。

 

 

 (すごいな、これは)

 「道具型の魔法はまだ発展途上ですから、これからより便利になっていきますよ」

 これなら道を丁寧に舗装する必要がない。魔法という技術が発展しているからこその発想に息を呑んだ。乗り心地は良く、揺れることもないから酔うこともない。

 (この世界の技術は進んでるんだな)

 「口振りからするに、タマさんは転移した存在なのですか?」

 (あぁ。一般的なんだな)

 「転移した存在の話ですか?一般的というわけではないですよ」

 (そうなのか?ミィリヤは知っていたようだが……)

 「彼女は……そうですね、随分博識なようですから」

 そうか、ミィリヤは優秀だったんだな。魔法を教えるのも上手かったし、今更とも言えるが。

 (博識といえば、大魔法使いや大賢者はその辺に詳しいのか?)

 「詳しい、でしょうね。多分、僕よりも」

 (本当か?なら話を聞いてみたいんだが……)

 他にも同じ事例があったりしたのなら状況を聞いてみたい。何か使える話が出てくるかも知れないしな。

 後ろのメンバーを見やる。しかし、勇者は苦笑したままでなんとも言い難い表情をしていた。

 「あの子達は詳しくありませんよ」

 (どうしてだ?さっき詳しいと言っていたじゃないか)

 「本物の二人なら、ですよ」

 (えっ)

 今、なんと?

 「三人は皆、影武者です」

 (……えぇーーーっ!?)

 この世界に来てからというもの、驚くことばかりだ。

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