第3話 剣と魔法と猫

 それから俺達は良好な関係を築いていった。この世界についても基礎的なことを教わり、俺も農作業を手伝いながら魔法についても教わった。

 ミィリヤは俺が思っていたよりも遥かに能力が高く、物事を教えるのも非常に上手かった。それだけでなく、ミィリヤ自身も魔法を使うのに長けていた。農作業も魔法を使って行われ、風を操って土を耕したり、水を出して広い畑に一度に水を撒いたりと地球よりもより素早く作業を行っていた。

 テイリィは見覚えのある農具を使って耕していたが、アレは趣味で、テイリィもやろうと思えば魔法で作業を行えるそう。

 そんな二人に見守られながらの修練は飛躍的に進んでいった。おかげで魔法を扱うのに慣れ、最初に使った火球も自在に出せるようになった。

 

 そんなある日だった。畑の敷地内にあの猪が紛れ込み、テイリィを襲った。

 不意を打たれたテイリィを守るために俺は猪に体当たりを仕掛けたのだが、これが明らかにおかしかった。俺の体当たりを受けた猪が激しく吹き飛び、一撃で気絶したのだ。

 ただの体当たりで俺よりも遥かに大きな猪を吹き飛ばせるとは思えない。何かが起こったのだろうと思ったが、その場で見ていたミィリヤに聞いても、何かの魔力が干渉して威力を上げたように見えたという情報だけだった。

 変化はそれだけじゃなかった。

 (テイリィ)

 「ん!?タマ、今私の名を呼んだか?」

 (おっしゃる通り。もしかして俺の言葉が伝わっているのですか)

 「あぁ。ハッキリと聞こえてくるぞ。一体どうしてなのだ……」

 俺とテイリィの間に、遂に念話のパスが繋がったのだ。これについては、念話を魔法によるものだと仮定するならば説明がつくらしい。

 なんでも、警戒をしている間は無意識の内に相手の魔法による干渉を打ち消す為に魔力が働いているが、それが薄れれば自然と相手を受け入れるようになり、魔法的干渉を受けるようになるそうだ。

 今回、テイリィは俺に助けられたことで抵抗を薄め、念話を弾かなくなった、と考えるのが自然となる。

 理解しにくいが、納得はできる。尤も、そんな魔法があるのならもっと早く人間が使用しているはずで、どうしてそれが俺にだけ使えるのかは分からないが。

 そうしてテイリィとも会話が出来るようになった俺は、お世話になっているお礼に周辺の魔物を狩ることにした。この辺りは討伐隊が派遣されにくいことから魔物が他の地域より徘徊しており、あの猪がまさにその代表格だそうだ。

 元々魔族の領土に近いこの位置は、魔族が放逐した魔物が繁殖を繰り返して困っていたらしい。ミィリヤやテイリィも十分対抗できる力があるが、畑仕事との並行では荷が重く、そこで俺の出番ということだ。

 狩った魔物は元々家畜だけあって食べられる。猪の他にも蛇や兎もいたが、名前ばかりが同じなだけで大きさがやはり俺の知っているそれらとは明らかに異なっていた。そのおかげで食べごたえはあったが。そうやって、日々の生活の中で俺は自然とこの世界で生きる術を学んでいくことが出来た。

 そして体感数ヶ月くらいが経った頃、とある一団が家を訪れた。男が二人に女が一人、ちっこい少女が一人。分かりやすい四人パーティだった。

 男二人は腰に帯剣しており、女二人は武器らしいものもなく身軽そうに見える。技術は進んでも使われてるんだな、剣。テイリィは農具で魔物を追い払っていたし、ミィリヤは魔法があるから全く知らなかった。てっきり銃とか開発されているものかと。

 「あれは……勇者さまたち……?どうしてここに……」

 は?勇者?あれか、ゲームの主人公でよく出てくる伝説的なアレか。近代魔法ファンタジーかと思ったら根本は剣と魔法の古き良きファンタジーなのかこの世界は。

 (勇者とは?)

 「その昔、魔王と長きに渡って戦いを繰り広げてきた人間です。戦争が終結してからは中央都市で活動するのが殆どだと聴いていましたが……」

 体よく使われてるな、勇者さま。とすると、それっぽいのは一番戦闘にいる人の良さそうなイケメンが勇者だろうか。

 「勇者さま、大戦士さま、大魔法使いさま、大賢者さまです」

 ミィリヤが丁寧に付け加えてくれる。王道パーティだがこれが有名ゲームなら魔法使いは転職させられるところだな。

 「これは勇者さま。このような土地へ何か御用ですかな?」

 テイリィが下手に話しかける。戦争を終わらせたその人だ。立場はかなり高いのだろう。

 「そう構えないでください。ただの派遣ですよ」

 「派遣?」

 「はい。この辺りの魔物がここ数ヶ月で数を減らし始めている件について、中央都市から調査を命じられまして」

 「ほう」

 「魔物を狩るのはより上位の強力な存在に他なりません。ヒトに危害を加える存在ならば、然る対処をしなければならない。特にここは人間と魔族の境界にあたる。何かあってからでは遅いですから。ご存知ありませんか?」

 これはもしかしなくても俺が原因だろうか。確かにある程度処理は済んできたと思っていたところだったが、随分把握が早いことで。

 「……知りませんな」

 テイリィは知らない体で行くつもりらしいが、一瞬の間を勇者は見逃さなかった。

 「なにかご存知ですね?例えば、そこに隠れている女の子と小さな生き物が関わっているとか」

 (っ!?)

 気付かれていた。元々隠れていたわけではないが、微妙に毛を撫でる殺気に、アイツらの前へ出る気が起きなかっただけだった。俺たちに気付いていたのは勇者だけではない。他の三人も明らかに俺たちのことに気付いていて、あくまで勇者に主導させていた態度だった。あの一行、流石は勇者パーティというだけはあって、只者ではなかった。

 「タマさん、どうしますか?」

 (これは隠し通せないだろう。これ以上、ミィリヤやテイリィに迷惑を掛ける訳にもいかないしな)

 「……分かりました」

 俺とミィリヤは短いやり取りの後、四人の前へ姿を表した。俺の姿を見て女の一人が驚いたように眉を上げた。

 「この様な生き物は知りません」

 「ほう、あなたの知識を以てしても知り得ない生き物ですか……」

 値踏みするような視線。緊張にゴクリとツバを飲んだ。

 「源生物でしょうね。娘さん、貴方はこの生き物についてどれくらい知っていますか?」

 ミィリヤの纏う空気が引き締まる。手が力強く握られ、同じように強い緊張に飲まれているのが分かる。

 (ミィリヤ、俺のことは素直にそのまま話してくれ)

 わざと声を上げてミィリヤに念話を送る。ミィリヤはゆっくりと頷いた。

 「名前はタマさん。この子自身は猫だと言っています。出会ったのはここ最近ですから、私が知っているのはこのくらいで、後は私や父と話が出来ることくらいです」

 「にわかに信じがたい話ですね。猫だと言うのも、会話が出来るというのも。タマ、と言いましたか。その生き物とは僕も会話出来ますか?」

 「恐らく無理でしょう。父もしばらく会話することは出来ませんでしたし」

 「ということは、貴方は初めから会話出来たのですね?」

 「はい。恐らく無意識干渉によるものなので」

 「ほう……。つまり会話は魔法で行われていると」

 「ちょっと待った。意思伝達の魔法は周波数の関係で近い種族とのやり取りしかできないはずで……はずだ。もしそれが可能なら、その生き物は私達と同じ程度の知性を持った生き物と言うことになりま……なる」

 なんか変な喋り方だが、恐らく大魔法使いだと思われる少女が喋り出す。なんでこんなにぎこちないんだ。あと会話の内容があまりに専門的で分かりにくい。通訳はいないのか。

 「その考えで間違いありません」

 「なるほど。高い知性を持った魔法を使う生物……。未発見の源生物の一種だとするなら、その脅威度をここで測る必要がある」

 鋭い眼光が俺の身体を貫いた。その瞬間、反射的に脇へと飛び退く。視線を元にいた場所に向けると、勇者の剣による一撃が地面を深く抉っていた。

 全く見えなかった。恐らく猫の勘みたいなものでなんとか避けられたが、それが無ければ間違いなく今頃は串刺しになっていただろう。

 「不意の一撃でも避けられるか……。小さい分小回りは利くようだね。なら!」

 再び瞬きの隙もない速さで勇者が迫る。切っ先が眼前に至る刹那、俺は身をよじって躱した。しかし勇者の攻めはそれだけでは終わらない。厚みのある剣が真綿のような軽さで俺の胴体を真っ二つにしようとする。知覚するのは反射で避けた直後くらいで、完全に理解が追いついていなかった。

 空を切る音は甲高い。頭の中では既に何度も俺は後ろ足にサヨナラを告げていたが、辛うじて切られることなく、まだ動けていた。しかし、さっきから剣が身体の表面に掠り始めている。勇者は少しずつペースアップして俺を着実に仕留める気でいた。

 「タマさん!」

 ミィリヤは俺を何度か助けようと身を乗り出すも、他の三人にマークされて動けないでいる。魔法もどうやら大魔法使いがジャミングのようなもので妨害しているようだった。

 マズい。このままではいずれ倒れるのは間違いなく俺だ。勇者はまだ全然本気じゃない。ただの棒切れを適当に振り回してるようなものだ。魔物なんて目じゃない。目の前の人間は規格外の化け物だ。

 「タマさぁあああんッ!!!」

 「ん?」

 ミィリヤの咆哮。直後に氷塊が勇者へ向けて射出された。しかし、それは軽々と剣によって叩き切られて離散する。更にミィリヤにターゲットが移ってしまった。

 「彼女の妨害を抜けてくるとはね。君も少し厄介だ。眠っていてもらおうかな」

 ミィリヤに突きつけた勇者の剣に何かが集まる。魔法か何かを撃とうとしているのが分かった。

 (やめろぉーッ!)

 剣を振りかぶる右腕に取り付く。不意打ちが通じたのか、一瞬動揺した勇者に払われることなくしがみつけた。勇者は振り払おうとするが必死に力を込めて振り落とされないようにする。最大の攻撃チャンスは今しかない。無我夢中で牙を突き立てた。

 (何でもいい!コイツを止めないと!)

 「くっ……!」

 「フニャッ!」

 大きく振り払われた俺は服の生地を奪いながら地面に叩きつけられる。勇者は剣を取り落して俺の噛んだ場所を抑えて蹲った。ただ噛んだ痛みに蹲っている様子ではない。もっと何か強い痛みや不快感を感じているように震えている。

 「勇者!こいつ!」

 大戦士が駆け寄り勇者を擁するように立ちはだかり剣を抜いて俺へ大きく振りかぶった。

 「よせ!問題ない!」

 が、その剣は勇者の一言で止まった。

 「今の立合で分かった。彼に敵意はないよ」

 「だが、その腕は……!」

 大戦士につられて腕を見ると、勇者の右腕は力を失ってだらりと垂れていた。力を込めようとしているようだが、ぴくぴくと震えるだけで指さえ満足に動かせていなかった。

 「蛇の毒と同じだ。僕には耐性があるからこれ以上は効かない。十分もすれば治る」

 毒……?あの毒は俺が放ったもののようだ。しかし、俺自身には一切心当たりがない。一体いつの間にこんな力を手に入れてしまったんだろうか。

 「タマさん!」

 勇者の脇からミィリヤが駆け出してくる。俺と大戦士の間に割って入り、庇うように両手を広げて仁王立ちした。

 (よせ、ミィリヤ!俺を庇えば君が危ない目に遭ってしまう!)

 「構いません!タマさんは悪い源生物ではないことは私もお父さんもよく知っていますから!」

 「あぁ。その通りだ」

 ミィリヤに遅れてテイリィも俺の前に立つ。短い間だったが、二人はこんなにも俺のことを信頼していてくれたのか。

 「心配要りませんよ。もうこちらも争うつもりはありません」

 大戦士を諌めて勇者が歩いてくる。確かにその素振りに敵意は感じられない。というよりは、もしかすると最初から勇者だけは殺気も敵意もなかった……?

 「タマさんでしたね?先程、僕と貴方の間に繋がりが出来たようです」

 (繋がり……?もしかして、俺の声が届いているのか?)

 「えぇ。貴方が敵となるか否かは剣を交えるのが一番だと思いましたから。とはいえ、不意打ちでないと本性は出ませんからね。タマさんの動きには、終始僕を攻撃しようとする意志がありませんでした。故に、僕は貴方を討伐すべきとは考えません」

 勇者の宣言で、場の空気がほんの少し弛緩する。一同共に出かかった矛を収めたといった感じだった。

 「よろしいのですか?勇者さま」

 「あぁ。構わないよ」

 これまで殆ど黙ったままだった大賢者が勇者に問う。これに対する勇者の返答が決め手となって、今回の騒動は終わりを告げた。

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