第2話 ここはどこ、私は猫

 (カワイイ……!)

 そこにいたのは、一人の女の子だった。歳は高校生くらいだろうか。一見地味な服装、というか畑仕事をしてるような格好のせいでちょっと田舎っぽく見えるが、よく見るととても可愛い。真っ直ぐで清楚な青い瞳と、少し癖っぽくふわりと広がった肩口までの檸檬色の髪が印象的だ。身体付きも華奢なようで足取りはしっかりとしていることから相応の筋力をしているのだろう。出る所は程よく出て、引っ込む所は引っ込んでいる。女の子らしい自然の美しさという感じだ。

 って、そんなに冷静に分析している場合じゃない。折角人に会えたのだ。なんとかコミュニケーションを試みなければ。

 「貴方は、誰?」

 (ネコです)

 「ふにゃあ〜」

 まぁ当然人語なんて喋れないわけで。これで伝わってくれれば万々歳の言うことなしなのだが。

 「う〜ん……何か言ってるみたいだけど……」

 都合の良いことはもちろん起こりませんでした。さて、どうするべきか。猫らしく擦り寄ってみるか?いや流石に俺も男だし年頃の女の子にベタベタ触るのはなぁ……。えぇい、こうなりゃヤケだ。

 (ネコですネコですねこです猫ですねこです猫です!)

 伝われの念を送る。

 「……ねこ?」

 (えっ)

 伝わった?そんな馬鹿な。

 (こ、こんにちは)

 「こんにち、は?」

 ホントに伝わってる。冗談みたいな話だ。いつの間に俺は念力を獲得したんだ。もしかして、さっきの火球も俺がやったんだろうか。

 「貴方は猫なの?」

 (猫です)

 「私の知ってる猫はもっと大きい生き物なのだけれど……」

 あ、居るんだな、猫。

 薄々そんなこともあるんじゃないかとは思っていたが、この世界にはこの世界の猫がいるみたいだ。じゃあ俺は何なんだ……?

 (それでも俺も猫なんだけど……)

 「う〜ん……。まぁそれは一度置いておいて、貴方、魔法を使ったでしょう?」

 (魔法?)

 「えぇ。火の魔法よ。大きな爆発が起こったから、慌てて見に来たの」

 爆発というと、やっぱりさっきの火球か。アレは魔法なのか。どうやら俺は念力というよりは魔法に目覚めてしまったらしい。これは面白くなってきた。

 (俺はその魔法がどうやって出るものか知らない。差し支えなければ教えてほしい)

 「知らずに使ったの?そもそも"動物"が魔法を使うなんて聞いたことないし……」

 そうなのか。意外だ。俺が使えた以上、さっきの猪も使わなかっただけで使えるものだと思っていたが。折角だし、この女の子から色々聞いてみたいところなのだが……。

 (それと、今休める場所を探している。貴方の仲間の所へ連れて行ってくれないか)

 えっ、という顔をされる。それもそうか。俺が逆の立場でも、野生の猫から家に連れてってくれと言われたら驚きもするだろう。

 推測だが、この女の子はさっき見えた家の関係者だろう。元々目的地だったし、それならば連れて行ってもらう方が馴染みやすいだろう。悩んだ顔が決断したようにキリッとしたし、答えは決まったらしいしな。

 「分かったわ。付いてきて」

 女の子は歩き出す。俺はそれに追従して歩き出した。道中は特に猪に絡まれたりすることもなく、真っ直ぐに家の方へと進んでいき、暫くすると立派な畑も見えた。ガタイのいいオヤジさんが畑の端で休んでいた。

 「今お父さんを呼んでくるわ」

 (よろしく頼む)

 女の子は俺を家の傍で待機させると、オヤジさんの方へ向かう。アレがお父さんなのか。遠くで話しているのが分かる。猫になって聴力が上がったのか、かなり遠くの距離でも自然と音が聴き取れた。

 「お父さん!今あそこにいるのがさっきの爆発の原因よ」

 「何?随分小さいじゃないか。連れてきたのか」

 「うん。付いてきたいって言うから」

 「お前、いつから動物と話せるようになったんだ」

 「分からないわ。でも、多分私じゃなくてあの子が何かしてるんだと思う」

 「本当か!?お前、無事なんだろうな?」

 「えぇ。今のところは何も影響ないわ。あまり悪そうな子には見えなくて、連れてきたの」

 「うぅん……。お前がそう言うなら私はお前を信じるが……」

 「休める場所を探してるんだって。もしかしたら遠くから来たのかも知れないわ。ウチに来てもらってもいい?」

 「それなら動物じゃなくて"源生物"の可能性もあるな……。短い間なら構わんが」

 「ホント!?じゃああの子を呼んでくるわね!」

 「その必要はない。私もあっちへ行こう」

 案外トントン拍子に話が進んだようだ。親子らしくつうかあの仲という奴か。それにしても源生物とはなんだろうか。これも後で聞く必要があるな。

 女の子が俺の元に戻ってくる。オヤジさんも農具を持って近付いてくる。近付くと、殊更ガタイの良さが分かる。俺なんかは今の姿でも昔の姿でもあっという間に潰されてしまいそうだ。

 「お待たせ。そう言えば、自己紹介をしてなかったわね。私はミィリヤ。こっちがお父さんのテイリィよ。ウチを貸してあげるから、休んでいって」

 (ありがとう。俺は……)

 えーっと、そう言えば名前はどうしようか。この見た目で人間の名前を名乗るわけにも行かないし……。そうだ。

 (――タマ。タマだ。よろしく)

 これくらい簡単な方が困らずに済みそうだ。

 「タマっていう名前なのね。よろしく、タマさん」

 「ふむ。やはりお前とこの小さいのは会話が出来るのだな」

 「お父さん、タマって名前があるのよ。ちゃんと名前で呼ばないと」

 「あぁ、済まない。気を付けよう」

 律儀な親子だ。しかし、オヤジさんには俺の言葉は届いてないのか。それは不便だな。どうやればミィリヤのように俺の言葉が伝わるのだろうか。

 (この度は申し出を受けていただいて感謝する。お言葉に甘えさせていただく)

 機嫌を損ねて即追い出されるとあっては折角の猫ライフが詰みかねない。ここは丁寧かつ丁寧に、丁寧を重ねていこう。

 「いいえ。その代わり、貴方のことを色々教えて欲しいの」

 そうなるよな。こちらが出せるものは情報くらいだ。金も持ってないし、なんなら食うものすら困っていたくらいだからな。

 (面白い話は出来ないが、可能な限りお答えしよう)

 「ありがとう!じゃあ家に入って入って!」

 畑仕事の邪魔をしてしまっただろうか。とはいえ、あまり煩わせても仕方ないし、ミィリヤに促されるまま家に入る。俺はその中を見て驚きの声を上げてしまった。

 外は普通の田舎の家に見えるが、内装はまるで地球の家みたいに近代的だった。フローリングらしい床に、壁紙の貼られた壁、天井も外から見たときより妙に高く見える。それに、絨毯のようなものに模様が描いてあって、その上に乗ると身体に付いた泥が弾いて外に落ちる。夢に見た全自動って感じの仕組みだ。棚の上には丸い球がふわふわと浮いていて、三色の色が内側、真ん中、外側に層を成して時間とと共に上から下へと色が変わる。これはおそらく時計代わりなのだろう。面白い仕組みだ。もしかして魔法の一種なのだろうか。興味深い。

 「タマさんは何を飲める?お茶は大丈夫かしら?」

 (普通の水で構わない。それが一番心配ない)

 「そう?じゃあお水ね」

 そう言いながら、ミィリヤはカップを持ち出し、手をその上に掲げる。すると、次の瞬間にはカップに水が注がれていた。間違いない。今のは魔法だ。ミィリヤも魔法が使えるのだ。

 水が注がれた三つのカップの内二つに粉を落とす。瞬く間に色が変わっていった。インスタントコーヒーみたいなものだ。

 (凄いな……。このようなものがあるのか)

 「タマさん、これを見るのは初めて?じゃあやっぱり源生物なのかしら」

 (その源生物というのは、何なんだ?)

 俺から疑問を投げかける。本来はこちらが問われるべきなのだが、まずは最低限知識を付けておきたかった。

 「源生物っていうのは――」

 ミィリヤは俺の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれた。

 まずこの世界において生き物は大まかにいくつかに分類される。まずは人間。ミィリヤやテイリィのような俺もよく知る形の生き物だ。それに対して、魔族というのがいるらしい。魔族は人間と違って身体の大きさもバラバラで中には角が生えていたりと色々らしいが、基本は人型なんだそうだ。この二つの種族をヒトと呼んでいる。長らく魔族と人間は争っていたが、それも遂に戦争が終結。今はとある街を起点に共生を図り始めた。とはいえ、反対派もまだまだいるそうで、小競り合いが絶えないとのこと。

 その人間や魔族によって家畜化された生き物がそれぞれ動物と魔物と呼ばれているが、基本的に動物も魔物も魔法を使ったりヒトと会話したりは出来ない。会話においては、ヒト側がそういう才能を持つことはあるそうだが、俺のように動物、ないし魔物サイドから会話を試みられることは無いらしい。

 そこで出てきたのが源生物という存在。ヒトによって家畜化される前の生き物で、この世界の始まりからいるとされる存在。現代において、その殆ど龍などの希少かつ強力な生物を指すそうなので、俺のような小さい生き物がそれであるのはイメージと違うそうだ。それでも源生物というのは謎の多い存在なので、俺がただ見つかってない何かしらの源生物である可能性もある。

 要はゲームで言うところのレアモンスターになってしまったということだ。地球だとかなりメジャーな生き物なんだけどな、猫。いやこの世界にも猫は猫として別にいるんだったか。

 「タマさんはどこから来たの?」

 (どこから……と言うと言いにくいが、別の世界から、と言っておこうか)

 「別の世界って、本当に存在するのね……」

 (意外と驚かないんだな)

 「えぇ。存在自体は随分前から分かっていたらしいの。ただ、移動の方法が分からなくて干渉はできないものと考えられているそうよ」

 (じゃあ俺がこっちの世界に来たのは?)

 「学者の皆さんによると、世界の総量の均衡を保つ為とか、そんな話だとか」

 進んでるなぁ、この世界。魔法という存在が未踏の世界への理解を進めてるのだろうか。地球ではそんなこと微塵も言われてなかったし、ファンタジーとかなんとか言われてたもんな。

 もう少し話を掘り下げると、どうやら世界の生理現象みたいなものらしい。飽和しつつある世界から別の世界へエネルギーを送り込むことでバランスを取ったり、世界を維持したりするんだそうだ。それで異世界に飛ばされるというのはたまったものではないが、実際になってしまったものは仕方ないし、元に戻る方法が無いとは限らない。別に戻りたいわけではないけど。向こうでやりたいことはやったし。

 「向こうの世界ではお話とか出来た?」

 (分からない。俺も元々人間だったんだ)

 「人間だったの!?」

 (あぁ。それなりに満足する生活はしていた。記憶から察するに、恐らく向こうでは死んだのだろうな。それからこっちの世界に来た頃にはこの姿だった)

 「そうだったの……ですか。じゃあもっと丁寧にしないと失礼ですね」

 (好きにしてもらって構わない)

 「う〜ん、話の内容からするに私よりは歳上だろうし……」

 とてもしっかりしている。確かにミィリヤより歳上であるには間違いないが。歳上を敬う文化とかはどこも似たようなもんなんだな。

 「やりにくくなっちゃいましたし、敬語にさせてもらいますね」

 (承知した)

 細かい。本人がそれがいいと言うなら全く気にはしないが。

 「それにしても、元々別の世界の猫なら源生物でもない……?」

 (どうなんだろうな。猪を見るに生態系は近いようだから、もしかしたら猫の源生物とかだったりするかもな)

 「確かに……。あ、人間に戻れたりしないんですか?」

 (今の俺の力じゃ無理だな。変身とかそういう魔法がアレば話は違うかもしれないが)

 「あるにはありますが、特別な図形の組み合わせが必要になるので私にも分かりませんね……お父さんは何か知らない?」

 「何をだ?」

 「変身の魔法」

 「知らんな。お前達、そういう会話をしているのか」

 「お父さん、タマさんの声が聞こえてないの?」

 「私にはタマがニャーと言ってるだけにしか聞こえん。ついでに変身の魔法も知らんな」

 やはりテイリィには俺の言葉は聞こえないようだ。これは少し不便だ。

 それ以降は殆ど雑談で、取り留めもない話を続け、ハブられたテイリィは時折横槍を入れつつ、茶を飲みきると農作業に戻っていった。ミィリヤもその後に少し話をしたあと、農作業に戻り、二人が戻るまで俺は一人家の中で待つこととなった。

 

 「……さん?タマさーん」

 「ふにゃ……」

 微睡みから掬い上げるように透き通った声が耳を通り抜ける。思わず欹ててしまうよう音に、自分が今どこに居るのかを柔らかく自覚していった。

 (あぁ……すまない、眠っていた)

 「良いんですよ。お風呂沸かしましたけど、入りますか?」

 風呂、風呂か。この世界にもあるんだな。

 (そうさせてもらおう)

 ミィリヤに案内してもらって風呂場へ向かう。その内部構造は地球の物とそう大して変わりなかった。

 (ところで……)

 俺は脱衣所で付いてきたミィリヤを見た。

 (なんでミィリヤは脱いでるんだ!)

 「へ?私も入るからですけど……」

 ミィリヤは今にも作業着を脱ごうとしていた。捲くった裾からほっそりとした無駄のない肉付きの腰が覗いている。

 (そういうわけにはいかない!俺は元々人間だと言っただろう!)

 「構いませんよね?だってタマさん、メスじゃないですか」

 (そういう問題じゃ――いや、今何と言った?)

 「メスですよね?タマさん」

 ミィリヤの言葉に思わず後ろ足の間を覗き見る。確かにそこにはアレが無かった。

 つまり俺はタマだがタマが無かった。

 なんで、なんでだ?少なくとも俺は男だったし、男のつもりだった。考えもしなかったせいで今まで気付きもしなかったし疑問も持たなかった。たった今自分がメスであることに気付いたのだ。

 (俺は……男だったんだ)

 「えっ!?」

 ミィリヤも同じように驚く。それもそうだろう。今まさに男の前で服を脱ごうとしていたのだから。

 (今はメスかもしれんが、元は男だ。よって風呂は一人で入る)

 「いや、やっぱり私も入りますよ」

 (恥じらいはないのか)

 「ホントに男の人だったら私も恥ずかしがりますけど、タマさんは今ちっちゃな猫さんじゃないですか」

 これは意地でも入るつもりらしい。

 その後も幾度か説得を試みたが、結局ミィリヤは無理矢理俺と入浴すると言って聞かず、風呂を共にすることになった。

 

 「タマさんはこの後、どうするんですか?」

 浴槽から半身を乗り出したミィリヤが尋ねる。色々見えそうになっているが、ジロジロ見るわけにも行かない。視界に入れないようにしつつ、俺は小さな桶の中に身を沈める。温かさが身に染みて意外と疲労していたのを知る。

 (分からない。ただこの世界のことを知るためにも人の多い場所へ行こうと思っている)

 「人が多いって言うと、中央都市ですね。名前の通り、人間の中央拠点になっている所なので、沢山の人もいますし施設もいっぱいありますから、人の話を聞いてるだけでも色んな事が分かると思いますよ」

 (そうなのか。それならそこを目指そうかな)

 「でも、ここからだとかなり距離がありますし、タマさんの足だとどれくらいかかるか……」

 (そんなに遠いのか。困ったな……。行商をしている人間はいないのか?)

 「いるにはいますけど……ここを立ち寄る人は殆ど居ませんね……」

 (そうか……)

 「もしよかったら、しばらくここに居ませんか?」

 (いいのか?)

 「えぇ。折角ですし、色々教えますから」

 (何から何まで、すまないな)

 「良いんですよ。お人好しは我が家の家訓みたいなものですから」

 それでいいのかという家訓だが、今はそれがありがたい。この世界では何も分からないのだから、とにかく協力者が必要だ。その点で言えばミィリヤは非常に適任だ。面倒見もよく、仕事ぶりもいい。地球に居たら引く手数多だっただろうな。もしかしたらこちらでもそうなのかも知れないが。

 俺は初めて会ったこの世界の人にお世話になることを決めた。

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