生まれ変わったら猫になりたい〜折角だから異世界では自分の好きなようにやっていこうと思う〜
ばぐなめ
第1話 吾輩は猫になっている。
死んだら自由になりたい。
縁側で一日中寝転がって惰眠が主食の生活なんて憧れの極みだろう。
あとついでに生まれ変わるのはここじゃない世界がいい。地球で二周目を迎えるのも悪くないが、折角なら冒険とかしたいだろう。しがらみもやっかみも何もない、そんな旅に出て身体一つで世界を歩く。
だから、そうだな……
生まれ変わるなら、猫がいい。
「んっ……」
なんかやけに眩しいな……。俺、カーテン開けたまま寝てたっけ?
「……」
ぐぐっと伸びをする。手を前に出して足を後ろに引いて尻を突き出すと、猫背気味だった背中がぐんぐん伸びて気持ちがいい。やっぱ朝はこれだよなぁ。
「にゃ」
そうそう。起きたし毛繕いもしないとだよな。ほらほら舐めればそれだけムダ毛が取れる取れる。思わず尻尾もふらふらと泳いじゃうね。
って、あれ?
毛?俺そんなに毛深かったっけ?というか尻尾ってなんだ。ヒト属にそんなもんはない。大体なんで四つん這いになってんだ。そこから疑問を持つべきだろ。
「にゃぁ〜〜」
しかも何だこの間延びした声は。俺はこんな声を上げる生き物には一種類くらいしか知らんぞ。
モフモフの黒くて尻尾の生えた四足歩行の生き物と言えば、アレだな。
俺、猫になってる!
とはいえ、ハッキリと鏡を見たわけでもないので、それを確かめるためにもとにかく移動する必要があった。そもそもここは何処なんだ?気付いてみれば周囲の視界も低くてあんまり良くない。草の丈はそこまで高くないけれど、見渡す限り木や山しか見えない。ただ、道がある辺り人は居るんだろう。俺のよく知ってる人かは知らないが。
歩いてみて分かったが、恐らくここは地球じゃない。空は何だかデカイ鳥みたいなのが飛んでるし、その鳥もよく見れば漫画とかで言うところの竜みたいにも見える。道を外れた草むらには知ってる猪より二回りくらい好戦的そうな、全身から敵意を漲らせている猪っぽい四足歩行も居るし、ここが地球なら新種のオンパレードで論文が書けそうだ。
この舗装されている道を歩いている限りは襲ってこなさそう――というかそもそも俺が小さすぎて見えてないのかも知れない。今の所安全に問題は無さそうだが、だからといってアレに近寄ったりジロジロ見たりする勇気はない。何だろう、本能的にアレが友好的な生き物でないということは分かるのだ。猫のセンサーすげぇな。そりゃあ撫でようとしても逃げられるわけだ。
家に帰るって言ったって、こんな状況でどうしろとって話で。そっちは一旦諦めて、今はとにかく生き延びるためになんとかする必要があった。
猫の餌って何だっけ。魚か?何か食っちゃいけないものとかあったよな。下手なもん食って即お陀仏は勘弁してほしい。自殺願望を抱えた現代若者とかそういうのでは無いので。そうなると、まずは川を探さなきゃいけないよな。この先にあるといいけど。
ぼっちの猫、未開の道を征く。
「ふにゃ……」
やばい。道が一切変わらない。どんだけ長いんだこの道。果ても見えないし街もなさそう。せめて村とか見つかれば。
「にゃ?」
ん?噂をすれば何やら見える。アレは……家か?木造建築の一軒家。見れば見るほどよく見たことある感じの形をしている。地球でも見慣れた造形だ。
川は見つからなかったが、それ以上に正解だ!食い扶持は何とか確保できそうだ!
ただ、この時俺は重大な勘違いを幾つもしていた。ついでに、先を急ぐあまり、道の端からその家の方向へ、直線距離で向かってしまった。友好的じゃなさそうな生き物、さっきの『猪』が徘徊している方へ。
「グルル……」
「にゃ?」
道すがら、バッチリと目が合ってしまった。血走って赤く光ってるように見える目が間違いなく俺の姿を捉える。純粋な敵意が向けられているのを感じて、全身の毛が粟立つ。
早く逃げなければ。そう思った瞬間、弾かれるように走り出していた。しかし猪も獲物を逃がすわけもなく、地面をひっくり返しながら追いかけてきた。
図体がデカイ分、向こうの方が明らかに速い。あっという間に差が縮まっていき、このままでは追い付かれて跳ね飛ばされてしまうのが目に見えた。
ええい、ままよ!と反転。迫る猪の股に狙いを定めて覚悟を決めて飛び込む。小さい身体が幸いして、上手くすり抜けることができた。が、喜ぶのも束の間、猪もすぐに反転してまた突撃してくる。反射神経は人の頃よりも上がっているのか、少しだけ猪がスローモーションに見える。股を潜ったり、脇をすり抜けたりするのも、猫由来の身体能力もあってか、そんなに難しくはなかった。
「フーッ……!」
とはいえいつまでも避けるだけ、逃げるだけじゃどうにもならない。こちらから攻勢に打って出なければこの猪はいつまでも俺にぶつかってくるだけだ。
「グゴァーッ!」
「フシャアー!」
雄叫びを上げながらすれ違いざまに爪で引っ掻く。鋭く尖った爪は確かな切れ味があり、猪の腹を裂いて決定的なダメージを与えるはずだった。しかし、猪の皮は厚く、表面を軽く切ったに過ぎず、何のダメージにもなってはいなかった。
嘘だろ!?今完全に入ったと思ったのに!渾身の一撃がこの程度じゃ、機会を探る間にこっちが一撃貰って即ノックアウト負けだ。
俺の動揺を気取ったわけではないだろうけれど、猪の動きがまた一段と速くなる。効果は薄くとも、確かな傷であることに間違いはなく、荒々しい足取りから怒りが含まれていることが分かった。
闘牛士とかこんな気分だったんだろうか。それにしたって余裕がない。掠りでもすれば無事では済まなくなりつつある。蹴り上げられる土が地味に動きを阻害してミリ単位での回避を許さない。じわじわとスタミナを持っていかれ、こちらは追い込まれ、向こうはこれだけ動き回ってもまだ熱風を吐き出しながら俺を狙ってきていた。再び避けようとして、到頭足を滑らせた。
「っ!」
気付いたときには遅かった。猪の怒涛の攻めで掘り返された地面は小さな穴が点在していて、サイズの小さな俺は思い切り足を取られてしまったのだ。体勢を整えようにも、猪の速度より速く二の足は出ない。
――死。
視界を物凄い速度で埋めてくる猪の瞳に跳ね飛ばされる俺の姿が見えた。
こんなところで死にたくない。折角猫になれたんだから、縁側でゆっくり寝て、時折散歩に出掛けて、腹が減ったら飯を食いに家に帰る。そんな生活を一度くらいしたい。
(嫌だ)
死にたくない。なんでもいい、この猪に一発食らわせて逃げ出したい。なんなら倒してもいい。そしたら焼き肉にでもして食い散らかしてやる。
(俺はまだ、死なない!)
ボウッと頭上から音がした。俺の尻尾が敵意を向けるように猪へ向いて粟立っている。そしてその先端には、大きな火の玉が浮かび上がっていた。
なんだこれ。いや、なんでもいい。この際これをアイツにぶつけてやる。
「ニャアアアアアアッ!!!!」
咆哮と共に尻尾を振るう。火球が撃ち出されて猪に直撃した。
「グアアアアア!!!」
ドゴォォォンッ!
激しい爆音とつんざくような猪の悲鳴が耳を貫く。爆発の衝撃は俺をも巻き込んで激しく吹き飛ばした。
「フニャッ!」
木の幹に叩きつけられて背中に激痛が走る。震える脚に力を込めて立ち上がり、爆煙の晴れる様を固唾を呑んで見守った。
煙の後は、丸焦げになった猪が転がっていた。
(勝った……?)
猪はびくともしない。俺は恐る恐る猪の方へ歩んでいき、何度か突いてみる。
あちっ!でも、全く動かない。呼吸もしていないし、コレは……。
(やった……!やったああああ!!)
謎の力によって、俺は異界の猪を見事討ち果たしたのだった。
それにしてもこの猪、よく焼けている。焦げてる部分を剥がせば食えるんじゃないだろうか。
戦いを終えた俺は突然感じた空腹感に、獣じみたことを考えていた。自衛とはいえ奪ってしまった命だ。せめて美味しく頂くのが礼儀だろう。俺はそう思って、猪の皮を剥ぎ始めた。
焼いたからなのか、猪の皮は随分柔らかくなっていて爪でも簡単に切れる。案外俺の爪は切れ味がいいのか、ペロリと皮を剥ぐと中から芳醇な肉の匂いが漂って、鼻腔を掠めた。肉は蒸されたようでしっかり火が通っており、肉汁が雫になって落ちる。俺は我慢できずにそのまま齧り付いた。
「〜〜!!」
美味い。今までこんなに美味い肉を食ったことはないと断言出来るくらい美味い。頬が落ちるという表現はこういうことを指してるのだろうか。一口飲み込んだら後は止まらなかった。
気付いたら、食べられない部分を残してキレイに平らげてしまった。腹が膨れたからか、身体の底から湧いてくる力強さも感じるし、今の内に移動してしまおう。二匹目と御対面してもさっきみたいな運がもう一回回ってくるとは限らない。あの火球は俺の力なのかさえ分かっちゃいないのだ。
ガサッ……。
(誰だ!?)
背後から足音が聞こえた。草の根を分けてこっちへ向かってくる。二匹目か、それとも別のなにかか……。ともあれ、移動した方が良いのは間違いない。食べ過ぎて腹が重たいが、見つかる前に移動しようとして……。
「待って!」
見つかった。というか呼び止められた。
人か?忘れてたけど、家が近くにあったんだよな。じゃあそこの住民だろうか。
声の方に振り向いて、飛び込んできた姿に俺は目を見開いた。
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