第3章
戦争と隣り合わせの生活もしばらく続き、この忙しさと恐怖にも徐々に慣れてきていた。いつまでここにいるのだろうという疑問も最近では頭からなくなり、この環境で暮らしていかないといけないのだと大分割り切れるようになっていった。しかし、運命の日が刻一刻と迫っているということを私は知る由もなかった。
その日は何も前触れなくやってきた。
今日もいつも通り、死体処理や、兵隊の看病なのに明け暮れていた。いつも通りの1日を過ごし、また明日もこの生活が続いていくと誰もが思っていた。それでもそうとは限らなかった。
私たちは、夜先生に呼び出されそこで衝撃の事実を告げられたのである。
「ひめゆり学徒隊に解散命令が降った!我々は見捨てられたのである!ここからも出なければならない。それでも早まるな!なにがあっても生きることだけを考えるんだ。一人でも多く生き残ることを願っている。」
言いようのない絶望に胸が苛まれた。
外は弾丸の雨である。出ていけば殺される。
それでも、逃げないで米軍の捕虜になるのは国の恥になってしまう。もう生きるか死ぬかの二つの選択肢しかないのだ。
どうしても足が進まない。
恐怖に打ち勝てない。
それと私の中にもう一つ受け入れ難い問題があった。
和子だ。
和子はとても歩ける状態ではない。もし私がここから逃げたら和子を置き去りにせざるおえない。
そんなことはしたくない。でもそれがルールだ。もし私が和子を担ぎ出しても早く逃げれない私達が生きていける確率は極めて低い。
ここで一緒に死ぬか逃げるか。
それでも私は諦めず先生に交渉した。でも先生は何も言わず私に粉を差し出してきた。
中身はそう。
青酸カリだ。
もう和子に残された選択肢は「死」しかないのだ。
その現実をまだ受け入れることはできなかったが私は和子の元へ歩を進めた。
「和子?」
「わかってる。でも私は歩けないから一緒にいたら足でまといになるだけだから。」
私は今にも泣き出しそうで顔がひどいことになっている。
「光子、私は大丈夫。もう何も悔いはないわ。だから私のことは気にしないで。」
「私、和子のこと一人置いていけない!」
「光子、私は大丈夫。もう沢山いろいろな思い出を一緒に作ってきたでしょ?私は一つも忘れないよ。全部が大切な思い出だよ。それにたとえ会えなくても思い出の中で私は生きているから。光子が忘れなかったら私はいつまででも生き続けられる。だから泣かないで。」
和子は大丈夫と言っているが、和子も恐怖があるだろう。なぜなら待ち受けているのは「死」なのだから。それでも、笑顔で優しく私に語りかけてくれる。溢れ出るものを堪えることはできなかった。私はひとしきり泣いた。
「光子、落ち着いて。私は本当に大大丈だから。私はあなたに生きていてほしい。生き抜いてほしい。そして生きて思い出して欲しい。だから粉を置いたらすぐ逃げて!」
和子の言葉が私の胸に突き刺さった。確かに和子の言う通りなのかもしれない。私達は未来にこの経験を言い伝えるという使命があるのかもしれない。
私は、和子を抱きしめた。
「絶対、忘れない。私の親友でいてくれてありがとう。」
これ以上言うことはできなかった。伝えたいことは沢山あるのに、話したらまた逃げたくなくなってしまう。
私は最後の挨拶をして壕の外へと出た。
さらば、我が友よ。
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