声が聴こえる医者

梨木みん之助

本文

黒江剣―(くろえけんいち)は、裕福な家庭に生まれた。

彼は、心の底から優しい、誰からも好かれる青年である。


唯一の欠点と言えば「優柔不断」なところだろうか。

しかし、彼はそれを「コイン投げ」で 克服してきた。


迷った時には、コインの表裏で、どちらかを決める。

その方法を こよなく愛す理由は、

過去に「いい結果」が出た事が、沢山あったからだ。


始まりは、駄菓子屋で 当たり付きアイスを選んだ時だ。

コインを投げたら、9回連続で当たりが出た。


今の彼女とは、高校2年生から付き合っているが、

そのきっかけも、コイン投げだった。

どちらのコンビニに行こうか 迷って占い、

そこで、中学の同級生である彼女と再会したのだ。


極めつけは、1カ月前の家族旅行の行き先・・・。

父親率いる北欧派と、姉の率いるアジア派に意見が分かれ、

どちらでも良い剣一が、コインの表を出して北欧に決めたが、

もし、裏が出ていたら、家族全員が飛行機事故で死んでいた。

帰りの空港でそのニュースを聞いた時には、本当にゾッとした。


この話をした時、友達からは、

「確かに、おまえは小さい頃から直感が鋭かったよな。」とか、

「誰にでも優しいから、きっと何かに見守られているのよ。」

などと、まるで自分が、特別であるかの様に言われた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


高校3年生になり、受験勉強も本格化した頃、

剣一は「集中力が増す」というブレスレットを求めて、

彼女と共に、スピリチュアルショップを訪れた。


どれにするか迷い、いつもの様にコインを投げようとした時、

「お客さん! それなら、もっといい物があるよ!」

と、店主が「ペンデュラム」を薦めてくれた。


パワーストーンを銀の鎖に吊るした「振り子」のような物だ。

その石は、水晶のように透明でありながら、何とも言えない

不思議な色と光を放っていた。


剣一がそれを手に取ると、背中がブルブルっと震え出した。

そして、手がポワーッと暖かくなるのを感じた。


店主が、「君にはダウジングの素質…いや、霊感がありますね。

その石は、君の潜在能力を高めてくれ…」と、言い終る前に、

「これを下さいっ!」 と剣一は叫んでいた。


ペンデュラムの鎖を軽く指で掴み、質問をすると、

縦に揺れたり、横に揺れたり、ぐるぐる回ったり・・、

この動きで、YES や NO を知ることができる。


剣一と、このペンデュラムの相性は最高だった。

天気から、喜ばれるプレゼント、株価の上下まで、

99%の確率で 当たるようになった。


ダウジングの世界にハマってゆくうちに、

剣一の感覚も、ますます研ぎ澄まされていった。


たとえば、AMBの総選挙1位を予想する時も、

「前島さんですか?」「渡井さんですか?」と、

去年のランキング順に聞いていく必要は無くなった。

誰も予想しない、ダークホース的な名前が頭に浮かぶので、

「指本さんですね?」と聞くだけで良い … という具合だ。


心の優しい剣一は、小さい頃から医者になるのが夢だった。

両親もそれには賛成で、金銭面での問題は無かったが、

若干、学力が不足していた。しかし、ダウジングで張ったヤマが

大当たりし、剣一は無事に 医科大学に合格することが出来た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それから8年が過ぎ、剣一は 脳外科医になっていた。


彼は「優しい医者」で、カウンセリングを入念に行った。

あまりにも、患者の話を親身になって聞き続けた為か、

ペンデュラムで感性を 研ぎ澄まし続けて来た為か、

この頃は、患者の「心の声」が聴こえる ばかりではなく、

背後霊まで 視えてしまう様になっていた。


今日の患者は80歳のおじいさん。脳の血栓が破裂間際で、

放っておけば、1週間と持たないだろう。

家族は手術を強く望んでいる。


血栓が「言語野」にあり、本人は 喋れないのだが、

剣一には おじいさんの声が聴こえる。

「わしは毎日、妻の仏壇に『早く迎えに来てくれ』と、

手を合わせていたのじゃ。どうか手術は せんでくれ。」

迎えに来ている おばあさんも、続けて言った。

「私が迎えに来れるのは今月まで。今を逃せば、あと200年

この人には会えません。どうか、家族を説得してください。」


困ってしまった剣一は、人目の無い所で ダウジングを行った。

やはり「手術しない方が良い」という結論だ。


家族に対して、「高齢なので あまり痛い思いをさせるのも…」

と、話を切り出したが、

「おまえは、治療を放棄するのか?」と噛み付かれてしまった。

霊が視えると言ったら「オカルト医師」と呼ばれるに違いない。


結局、家族に押し切られて、執刀する事になった。

心の声が聴こえない 普通の医師なら、当然そうするはずだ。

気が進まないまま、オペを始めた 剣一だったが、

おじいさんの「やめてくれ!」という 心の声を聴き、

おばあさんの 悲しそうな顔を視ているうちに、

集中力を欠き、誤って血栓を破裂させてしまった。


医療ミスだ。しかし、何度も「ありがとう」と繰り返し、

おばあさんと仲よく旅立って逝く おじいさんの姿を視て、

剣一は、悪い事をしたとは思えなかった。


その後も、似たようなケースが何度かあった。

一度、自らの手で人命を奪ってしまった剣一の感覚は、

おかしくなってしまったのだろうか、

「本人の声」が聴こえれば、こっそりと生命維持装置のスイッチ

を切ったり、筋弛緩剤を注入したり・・と、

医師としてのタブーを繰り返した。


心の優しい、真っ直ぐな剣一だからこそ、この闇に落ちてしまっ

たのだろう・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ある日、寺の僧侶が救急車で 運び込まれて来た。

意識は無く、手術しても植物人間になる可能性が高い。

右耳に入って来るのは、患者の「心の声」だろうか、

「檀家に大きな負担はかけられん。私は既に修業を終え、旅立つ準備の出来た身じゃ。中途半端は止めてくれ。」 と言っている。


その声の通りに、今回は「医療ミス」ではなく、自らの手で

血栓を破裂させようと、剣一が メスを手にした時だった。


急に、患者の体が、黄金色に光り出すのを感じた。

きっと、徳の高い僧侶に違いない。

意識を取り戻して、剣一の左耳から、心に語りかけてきた。

「悪霊にダマされるな! 私はまだ生きたいんだ!」

声の強さ、響きが 全く違う。 こっちが本物だ!


剣一の体が、急に温かくなり、パッと視界が明るくなった。

改めて、右耳からの声に神経を集中させてみると、

「チッ!バレたか!しょうがねーなー。

でも、おまえが殺した人は生き返らねーぜ。

発覚したら死刑だろうな!

どうだ、俺たちの仲間にならねーか?悪いようにはしねーぜ!」

と、言っている。


ショックだった・・。

今までずっと、悪霊の片棒を担いできたとは・・・。


剣一は、声を無視して 回復手術に集中した。

さすがに、優柔不断な剣一でも、目が覚めたようだ。

懸命な努力で、僧侶の命を取り留めた。後遺症もない。



手術後、剣一は 深く反省せざるを得なかった。


今まで、「自分は善人だから、悪霊が憑くことは無いだろう。」

と、思い込んでいたが それは慢心だった。

仕事が忙しく、ペンデュラムの浄化もしなかったし、

病院と言う場所で、深夜にダウジングをした事もよくなかった。


いや、そんなことに 責任を転嫁している場合ではない。

悪いのは、自分自身が 優柔不断で、他力本願だったからだ。

そもそも、人の命を占いに任せるなんて・・、

それ自体が大きな問題だった事にすら 気付いていなかった。


肌身離さず持っていたペンデュラムを、

剣一は、ゴミ箱に投げ捨てた。


いったい、いつから悪霊にとり憑かれていたのだろう?

あの、お爺さんとお婆さんの幸せそうな笑顔も、嘘だったのか?


それとも、今、自分が考えている事など、全てが「妄想」で、

有り得ない記憶に支配されるほど、精神を深く病んでいるのか?


考えれば考えるほど、自分のことが解らなくなっていた。


しかし、1つだけ解るのは、今後、自分がすべき事は、

自分自身で 責任を持って決めなければならない。という事だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


僧侶の退院する日が来た。

手術の時に、剣一の心の声が聴こえていたのか、

僧侶は 深々と頭を下げ、

「何かあったら私の所に来なさい。弟子にも伝えておくので…」

と言ってくれた。



剣一は医者を辞め、学生時代から人生を共にした妻と離婚した。

私財を全て売り払い、僅かばかりだが 遺族への謝罪金とした。

そして、警察に自首した。


多くの殺人を犯した罪を認め、死刑を覚悟していたが、

「霊が視えた」、「声が聴こえた」などと、正直に供述した為、

精神鑑定医から「当時の責任能力」を疑われた。

病院が提出した証拠も十分とは言えず、

本人が遺族への謝罪も積極的に行っている事から、極刑は免れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長い年月が流れ、模範囚の剣一は 刑務所を出所した。

当面の生活資金をもらい、次の仕事も斡旋されたが、

彼はそれを辞退し、最後に助けた僧侶の寺に向かった。


自殺を考えたら、人生の選択から逃げる自分に逆戻りだ。

これからは、亡くなった人達に謝罪をしながら生きてゆく。

それが自分の意志だ。他の選択肢は要らない。




〈 蛇足です。 〉

 黒 ・・・ ブラック

 江→え→絵 ≒ トランプ

 剣 ・・・ スペード

 一 ・・・ エース


〈 クイズです。 〉 

 上のカードが 一番価値を持つゲームと言えば?

 答えは ・・・ 有名なマンガのタイトルですね。

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声が聴こえる医者 梨木みん之助 @minnosuke

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