第53話 『無双』への挑戦

 小波の音が深く記憶に残る。

 この場所でアリカは息を引き取った。それは今から1万年以上も前の話。

 それは【竜殺しの英雄】も居なかった、神話時代中期に起こったカナタの過去だった。


「敗北を……くれるのですか……」


 リベリオンに宿るアリカの言葉にカナタは少し困った様に笑う。

 娘の目指していたモノは既に……


「誰かは知らんが、中々にデカイ口を叩きおる」


 と、ガイナンが声を上げる。


「ヒトのお爺ちゃん? 誰よさ?」

「世界で無敗の男だ。残念だか、カナタとは一度戦り合っていての」

「……」


 そう、私は負けた。アリカが私を超えるまで決して負けまいと心に決めていたのに……


「そんなワシが引き分け・・・・にしか持ち込めなかったヤツに勝つと宣言するとなは」


 察したようなガイナンの言葉にカナタは眼を見開く。


「ふーん。引き分けってやるじゃない。嘘ぽっいけど、深く追求はしないよ」

「言うわい」


 カッカッカ、とガイナンは笑う。

 カナタは小さく、ありがとうございます、と呟いた。


「【無刃】アリカ」


 その声にアリカはガイナンに向けていた意識をカナタへ向け直す。


「貴女は【無双王】に挑みますか?」

「【無双王】カナタ」


 その言葉にアリカは迷いなく応える。


「アナタに挑みます」

「では……始めましょう」


 カナタの眼が蛇のように細くなり、周囲に六本の黒刃が現れた。


「『重キ刃』」

「いきなり六本!」


 その内の一本が凪ぐ様に動くと浜辺が吹き飛んだ。






 カナタとアリカが戦いを開始すると同時に、ガイナンは少し離れた岩場へ転移した。


「コイツは巻き込まれると死ぬな」


 ヒトを越えた存在の戦い。

 神話の一幕が目の前で繰り広げられる。






 カナタの黒刃の一振で最も威力の少ない箇所を見極めて、アリカは前に出てかわす。


「『重キ刃』乱刃」


 六本の黒刃が向かってくるアリカへ襲いかかる。


「それは――」


 アリカは腕に鱗を発現すると迫る刃を握るように掴み止める。


「侮り過ぎじゃない?」


 最初に掴んだ黒刃で、残りの黒刃を払うと、未だに動かないカナタへ斬り込む。


「腕を上げましたね」


 カナタは手に出現させた黒刃でアリカの一刀を受け止めていた。

 重さと重さがぶつかり合い、行き場を失ったエネルギーは左右に流れ、海と浜辺を割る。


「本気を出してもいいよ? その前に終わっても良いならね!」


 アリカは黒刃から手を離し、回るような体捌きでカナタの側面に回る。


「甘い!」


 カナタには見えている。そのまま胴を凪ぐ一閃がアリカを襲う。


「それも、もーらい♪」


 パシッ、と向かってくる黒刃を受け止める。刹那、カナタは猛烈に増えた重みに身体が硬直した。


「――うっ!? それ、避ける?」


 硬直したカナタの顔を狙ったアリカの一撃。鱗を発現させ、殺傷力を上げていた為、ヒットすれば勝ちだったのだが。逆に肘打ちを貰った。


「脱力も使えるなんて、知らなかったよ?」


 カナタは身体を脱力し、即座に増えた重さに適応したのだ。

 咄嗟に腕を挟んだアリカだったが、間合いを空ける程度に吹き飛ばされる。


「武術、剣術、槍術、刀術、体術。強さに貪欲でなければ【無双王】は誇れません」


 極めるは己の能力だけに在らず。あらゆる知識、身体の動き、筋への信号を送るシナプスから骨の可動域まで、少しでも強くなる為に必要であるのなら己の身体を完璧以上に動かさなければならない。


「あはは。やっぱり……ずっとずっと高いや」

「では、敗北を認めますか?」


 アリカはリベリオンに断って少し服を紐状に破くと、それで髪を後ろで一つに纏める。


「私の引き出しは全部出しきってないよ」

「来なさい」


 再び黒刃を手に持つカナタは、向かって来るアリカを待つ。

 先程の攻防でアリカに対して刃の数ではこちらが不利になると悟り、使うのは一本に絞る。


「でや!」


 アリカは砂浜に爪先を刺すと、大きく振り上げた。途端、津波のように砂がカナタへ覆い被さる。


 かわす、吹き飛ばす、受ける。どの選択がアリカの目的なのか、カナタは瞬時に判断し――


「読まれてますか」

「にしし」


 吹き飛ばしを選択。黒刃を振り、放つ“重さ”で穴を空けるように砂を穿つが、ソレをアリカは“奪った”。

 それでも次のカナタの行動は早い。

 “奪われた重さ”を使われる前に範囲から脱する――


「これも……読んでいますか」


 動いた先を読まれていた。刹那に動きが鈍くなる空間に自ら入る形となったカナタへアリカが接近する。


「安直過ぎます!」


 アリカが来たのは正面。目に見える位置を見誤る程、動作に遅れはない。

 振り下ろしによる黒刃の一刀両断。しかし、アリカは砂浜を的確に踏みしめる歩法で予想を越える加速を見せ、刃が振り下ろされる内側へ入り込む。


「――これは」


 カナタも知らない加速。


「私のオリジナル」


 アリカは振り降りてくる黒刃の手を取ると、背負い投げると同時にカナタから黒刃を奪った。


「っ!」


 カナタはアリカに背を向ける形でしか着地できない。

 再びアリカを視界に映すコンマ数秒の間。振り向いた時には既に黒刃を突き出した、アリカがいた。

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