第54話 ありがとう
アリカの魔力特性は『奪取』である。
彼女は魔法によるあらゆる現象を“奪う”事を可能としていた。
無論、それらに対する深い知識が必要になるが、相手から向けられる攻撃がそのままアリカのモノとなる。
故に『無刃』。己が刃を持たずとも相手の刃を己がモノにできる。
持ち前の戦闘センスと、自らの力を深めたアリカは、かの【磁界王】にさえ互角の戦いをしてみせた。
数多にある選択の中で最適な動きをする。無駄なく、読み勝ち、【無双王】へ刃を届かせるには十分な瞬間を手繰り寄せた。
「本当に強くなりましたね」
カナタは突き出す黒刃を身を反らしてかわす。黒刃が触れた箇所の着物が裂け、その下にある肌に傷を負わせる。
「まだ――」
まだ、横に居る。【無双王】は離れていない。返しの一撃を取れると踏んでいるのか? それは驕りだ! 何を振り下ろそうと、受け止めると同時に奪い、今度こそ決める!
アリカの集中力はこの時点で今までの最高潮に達していた。それはカナタの動きがスローに見える程に僅かな挙動も見逃さない。
しかし、それは同時に【無双王】の背負うモノ全てを的確に読み取る事となってしまった。
数多に屠られた敵。
万を越す強者の意識。
『無双』。
それを背負う者は何を持ってして、その称号を与えられたのかを――
「大業物――」
ゆっくりと手を振り上げるカナタ。
全集中のアリカが見たモノは今まで一度も見たことがない刃だった。
不安的な黒刃とは違い、まるで物質とも見違う程に限界まで凝縮した『重力』が一本の刀となっている。
「――まだ……」
母の背後に見えた無数の強者達。越えたと思ったら、更に壁があった。
「『星ヲ断ツ刃』」
かつて、星を越える彗星を切り裂いた一刀が振り下ろされた。
「いい音色だ――」
黒い扉の前で楽器を鳴らしながら音階の調整をしていたミリオン。良い感じの音を弾ける様になった所で――
黒い扉にビシッ! と亀裂が走った。
「……え?」
思わず、扉を二度見する。
空間が揺れる。ソレは本来、地面のある場所で使うべきではない技だった。
大業物『星ヲ断ツ刃』。
数多の強者との戦いによって己の能力を限界まで極めたカナタがたどり着いた『無双』の集大成。
使ったのは過去に一度だけ。星よりも遥かに巨大な彗星を切り裂いた時に振るったのみである。
「――これは奪えないなぁ……」
アリカは首筋で止められた『星ヲ断ツ刃』を前に成す術がなかった。
常識を越える一太刀。その様なモノは持っている事は知っていた。それでも勝てる算段はあったのだ。
「まだ、続けますか?」
動きが止まったアリカに対してカナタが尋ねる。
「私も貴女の敗者です。【無双王】」
その言葉を持ってして二人の戦いは終わった。【無双王】の称号に背負う強者が一人追加されたのである。
「ソレを出させずに終わらせるつもりだったんだけどね」
「ふふ。正直、危なかったですよ? しかし、あの歩法の使い所は少々早かったですね。もう一つ、私の知らない手札があれば先程の刃は届いていたでしょう」
「やっぱり……お母さんは強いや」
カナタは『星ヲ断ツ刃』を消す。【無双王】としての役割を終え、その眼は娘と再開した母親の眼に戻る。
アリカを強く抱き締めた。
「ごめん……ごめんね、アリカ。お母さんは貴女が苦しんでるのに何も出来なかった……」
母の心からの謝罪と後悔の言葉。
心まで抱き締められる温もりにアリカは涙を流しながら抱き締め返す。
アリカは“死の山”で後悔する母をずっと見ていた。何度も何度も違うと問いかけても声は届かなかった。
「そんな……ことない……私はずっとずっと……幸せだったよ」
その言葉をどうしても伝えたかった。
「ほほう。リベリオンが宿したモノはお前さんの娘か」
「娘のアリカです」
「やぁ、どもー」
気弱でお淑やかな印象が強いリベリオンの身体で笑うアリカはガイナンに改めて紹介された。
すると、自己紹介もそこそこにアリカはガイナンに詰め寄る。
「お爺ちゃんさ。お母さんと引き分けたんでしょ? どうやったらお母さんが引き分けって認めたの?」
「ふむ。まぁ、ワシのスキルじゃ泥仕合にしかならんからな」
「えー、どんなの? 見せて見せて」
「ほい」
ガイナンは『空間跳躍』を発動。目の前で消えるとアリカの背後に現れた。
「! 嘘!? すっご!? こんなの始めて見た!」
気配も予備動作も無しに背後を取られた。すると、カナタは黒刃を出現させガイナンへ振るう。
「おいっ」
適当に振られた横凪の一太刀をガイナンは『歪曲』で反らした。当然、当たったら死んでいた。
「! え? 何今の!? まさか空間に直接作用してるの!?」
「面倒な能力です」
「即死攻撃をぶんぶん振るの止めんか」
ガイナンとカナタの様子を見てアリカは嬉しそうに微笑む。
「お母さん、友達出来たんだね」
「アリカ……お母さんに友達が居ない様に言うのは止めなさい」
「だってもう皆居ないじゃん。こっちに大半居たし、他は眠ってるみたいだし」
アリカはリベリオンから外の事を聞いてある程度は把握していた。
「キアン様も心配してたよー」
「皆、未練を持ち過ぎです……」
カナタは呆れて額に手の平を当てる。
「お嬢ちゃんや。その辺りの事情がわからんジジィにも説明をしてくれんか?」
「あ、ゴメン。ヒトがさー、こうやって馴れ馴れしく話しかけてる事って無いからさー。同族かと思ってた」
「私たちの魂は未練を持つ限り世界の狭間を彷徨うのです。それを後世へ導くのは帝王の役目です」
「とんでもない事をさらっと言うのぅ」
帝王はただの力がある『ドラゴン』と言うわけでは無いようだ。
「あ、そうだお母さん。【竜殺しの英雄】って現れたんでしょ? 凄く強い剣士だって聞いたよ」
「誰から聞いたんですか?」
「グシオン様から。凄く楽しそうに、何とかして生き返って今度は勝つ! ゴッホッホ! って言ってた」
「……全く……あの方は」
「私も戦って見たかったなぁ。でも、いいや。【無双王】に一太刀入れられたからさ」
アリカはニッと笑う。その言葉は未練を失う事を認めた様なモノだった。
「アリカ」
「もう行く。お父さんが寂しがってると思うから一緒にお母さんを待つよ」
「……そう。ロトによろしくね」
「うん」
すると、リベリオンから離れるように一筋の光が漂い出てくる。
“お母さん。私を産んでくれて……お母さんの娘で居させてくれてありがとう”
「――アリカ。私の元に産まれて……私の娘になってくれて……ありがとう」
先の戦いで語り合った母と娘に長い別れの言葉は必要なかった。そして、今度の別れに後悔はない。
カナタは家を出る家族を見送る様に笑顔で
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