第52話 私が“負け”をあげる

「ミリオン」

「ガイさん」


 黒い扉の前に座って楽器の調整をしていたミリオンは、神出鬼没なガイナンの出現には慣れたモノだった。


「そちらの方は?」

「ワシの家政婦」

「……カナタと言います。以後お見知りおきを」

「あ、ご丁寧にどうも。ミリオン・グランサと言います」


 孤児院育ちであるミリオンは丁寧なカナタの一礼に少したじろいで返答する。

 この人が、噂の家政婦さんかぁ、とオルセルからガイナンが失踪していた理由を執行官は全員把握していた。

 すると、カナタはミリオンから同族の気配を微かに感じた。


「……貴方は少し複雑な様ですね」

「え? まぁ……スキルは小難しいですけど」


 と、カナタはミリオンの頬を触わり、魔力を探る。その行動にミリオンは咄嗟に距離を取ると顔を真っ赤にしてカナタを見る。


「な、な、な、なにぃ!? なにぃをするんです!?」

「……偽りの残滓のようですね」


 カナタはミリオンは同族でないと結論を出した。ミリオンはまだ少し混乱している。


「ミリオン。お前が扉の前に居ると言うことはリベリオンはこの中か?」

「は、はい。リーベは昨日、オルセルさんと話をした後、ずっと『憑依』を探っているみたいです。ご飯とお風呂の時は出てきましたけど」

「……この扉は」


 カナタは黒い扉に触れ、驚いた様に見上げた。


「これからカナタと中に入る」

「僕も行きます?」

「いや、これはオルセルには秘密だ。お前も他言無用で頼む」

「派手な事をしたら……庇いきれませんよ?」

「心配するな。少し、リベリオンと話をしてもらうだけだ」

「……行きましょう」


 カナタの返事を聞き、ガイナンは扉の向こうへ共に転移した。






「カナタ」

「何でしょう? バルバトス様」


 宮殿に帝王の命令で来訪したカナタは、帰り際にバルバトスに呼び止められた。


「閣下の掲げた、同胞の統一。ある程度の順序を踏まねばならぬ事は理解しておるか?」

「もちろんです」

「特にグルンガストは数だけで言えば我らと並ぶ勢力。一重に全滅させないのは、閣下の温情でもある」

「閣下の“命”に対する配慮には敬服の念を抱かずにはいられません」

「故に点在する小勢力。これらを取り込み、勢力をこちらに片寄らせる事がより犠牲を少なくするモノであるとお前でも解るな?」

「? 無論です」


 不思議そうに首をかしげるカナタを見て、その様子だと知らぬようだな、とバルバトスは嘆息を吐く。


「アリカがグルンガストに仕掛けた。ヤツの息子をボコボコにし四つん這いの椅子にしたそうだ。その過程で山が三つ吹き飛んだ」

「……ふふ。失礼」


 思わず笑ってしまったカナタは、咄嗟に口元を隠す。つい1000年前までは自分と夫から片時も離れようとしなかった娘を思い出す。


「“屈辱”は我々の中では死よりも重い。アリカにその辺りの礼節は教えておるのか?」

「バルバトス様の教授には参加されているハズですが?」

「ヤツはサボっている」

「まぁ」


 帝王の剣として、情勢の安定よりも天地を揺るがす魔物の間引きを行っているカナタに取っては寝耳に水な話しだった。


「ロトは何も言わないのか?」

「帰ったら聞いて見ます」

「閣下の意向を台無しにする様な行為だ。アリカの召還を閣下は希望なされている」

「それは、とても光栄なお話です」

「……言っておくが、良い形の謁見では無いからな?」

「ええ。解っています」


 それでも『七星王』でさえ望んで会うことの出来ない帝王に、どんな理由があろうと呼ばれるという事はこの上ない名誉だった。


「あの子はいずれ私を越えます」


 それは愛情から来る言葉ではなく、その素質を娘から感じ取っての事だった。






 黒い部屋の中に転移すると、そこは海辺の砂浜だった。

 満ち引きする波の音。曇った空が少しばかり暗い雰囲気を醸し出している。


「また……理解が及ばんな」


 この部屋は最も強い存在によって形作られる。ガイナンは自分の事ではなく、カナタに要因があると彼女を見た。


「……ここは」


 カナタには心当たりがあるようだ。そして、驚いた様子で正面を見ている。

 視線の先には――リベリオンが立っていた。


「……誰だ?」


 ガイナンは、リベリオンの雰囲気が本来の彼女のモノでないと瞬時に悟り、警戒する。

 すると、カナタが近づく様に前に出た。


「カナタ」

「……私への挑戦です」

「どういう事だ?」


 ガイナンの疑問を説明するよりも先にカナタはリベリオンの前で止まる。


「……勝てますか? 私に」

「――そうじゃ無きゃ、貴女は永遠に後悔するでしょう?」

「【無双王】の名は決して軽くはありませんよ? 身に宿す事も、そして……奪うことも」

「わかってる。だって、すぐ近くで見てきたから」


 姿形は別人でも、その雰囲気と魔力は紛れもなく――


「私が“負け”をあげる」


 それは、リベリオンに『憑依』したアリカだった。

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