第51話 『世界安定教会』本部都市

 海に漂う巨大な塔を中心とする都市。

 『世界安定教会』の本部は大陸から遥かに離れた大海原に浮かぶ魔法道具の上に存在していた。

 メガフロートと呼ばれる現代の技術の粋を集めて造られた魔法道具は『エルフ』達からの世代交代の証の様なモノだった。


「……」

「……」


 そんなメガフロートの端にある堤防に座って、海に釣竿を垂らしているのは、トラベル姉妹のミライとカコである。彼女たちは本日休暇だった。


「ミライ、引いてるよ」


 ミライはカコに言われて、自らのスキルを発動。かかった獲物を痺れさせると、楽に釣り上げる。

 陸に上がったのは、前と後ろに口がある変な魚だ。


「カコ」


 カコはミライに言われて、釣り上げた魚を持ってきた図鑑で調べる。ガイナンに買ってもらった、世界のお魚図鑑(最新版)であった。


「……食用」

「よし」


 鉄腕グローブを着けて魚を摘まむと横にある保冷の魔法箱に入れる。再度餌をつけて糸を垂らす。


「優秀な食料調達係りだな」


 そこへ『空間跳躍』で現れたガイナンが声をかけてきた。


「カコ、お爺ちゃんだよ」

「オルセルにまた怒られに来たの?」

「ワシの評価って、お前らの中ではどうなっとる?」

「「二番目に好き」」


 同時に口にする姉妹にガイナンは平等にわしゃわしゃと頭を撫でる。


「ちなみに一番は?」

「「お菓子」」


 と、姉妹はガイナンの他に受ける視線に気がついた。


「……お姉さん誰?」

「凄く綺麗な人だよ、ミライ」


 丁寧な物腰で姉妹を見るのはカナタだった。


「こやつはカナタ。雇ってる家政婦だ」

「よろしくお願いします」


 礼をしつつ自己紹介をするカナタに姉妹は竿を置いて立ち上がる。


「ミライ・トラベルです」

「カコ・トラベルです」


 ペコリ、と一糸乱れずに礼をする二人の頭をカナタは思わず撫でた。


「あ……ごめんなさい」

「いいよ」

「嫌いじゃない」


 二人とも無表情であるが、雰囲気的には嬉しさが感じられた。


「リベリオンは今、“黒の部屋”に居るのか?」

「うん」

「やることあるって」

「ふむ。それでか」


 リベリオンの元へ直接転移とべなかった理由にガイナンは納得する。


 その時、ザバっと堤防にいる四人へ海から『フライングシャーク』が飛び出してきた。

 陸用の肺を持ち、時に大型船を集団で襲って沈める程の海の魔物である。海から視線が外れた瞬間を狙って来たのだ。


 宙に浮いている為、ガイナンのスキルは対象外。姉妹のスキルも発動の間が取れない――


「――」


 しかし、『フライングシャーク』は縦に二つに割れると、左右に分かれて四人の後ろに抜けて行った。


「危険な海域ですね」


 カナタの手には黒刃がいつの間にか握られており、その一刀によって『フライングシャーク』は二分されたのである。

 しかし、海にはまだこちらを狙う様な背びれが幾つも遊覧している。


「……」


 カナタは威を放つと、『フライングシャーク』の群れは逃げる様に離れて行った。


「“避け”が機能しとらんな」


 本来なら大型の魚類は寄り付かない様な設備が備えている。しかし、少々メンテナンスが必要な様だ。


「カナタさん。ありがとう」

「ありがとう」

「気をつけてね」


 黒刃をカナタは消す。

 ミライとカコは、二つに割れた『フライングシャーク』に寄ると簡易な調理器具を展開。そのまま部分を切り取って焼き始めた。


「ほいじゃあの」

「もう行くの?」

「ご飯食べない?」


 姉妹は、その場で食事をしながら釣りを続けるらしい。


「後で来る。あ、オルセルには言うなよ?」

「わかった」

「お爺ちゃんとカナタさんの分はとっとくね」


 姉妹はモグモグと『フライングシャーク』の一部を頬張りながら、竿の前に座った。


「……」

「行くぞ」

「良いのですか子供二人で」

「ああ見えても“執行官”だ。第十一位ではあるが、立場的にはワシと同等。実力も裏付けだぞ。だからお前さんが気にする程のモノではない」

「そうですか……」


 それでも気になる様子のカナタにガイナンが告げる。


「今日の本命は“一位”だ」






 “恐怖”、“怒り”、“悲しみ”。

 ドクターと名乗る者から私のスキルに与えられた意思は、数多の負の意思だった。

 最初はその中でも最も強い感情がいくつも入って来て、私の意思を押し退けた。

 そんな意思の先には必ず、剣を持つ黒鎧の剣士が立っている。


「それは、おそらく【竜殺し】だ。お前が暴走した時に『憑依』していたモノは『ドラゴン』だったのだろう」


 暴走後で話した時にオルセル様が断言に近い形でそう言った。

 その場に居たリオン君は驚いていたけど、ガイナンさんは平然と受け止めていた。

 そして、惑星直列の時に世界で起こった事を説明して貰った。


 ミルドルが滅亡し『ドラゴン』の復活が促されるも、ソレを阻止した者達が居たこと。


「この件は公表しない。我々としても理解の越えた事件であることもあり、慎重に動くべきだと考えている。下手をすれば混乱の元に成りかねんのでな。お前も他言は無用で頼む」

「はい」


 そして、私はもう少しだけ、数多の『ドラゴン』達の意思に触れる必要があると思った。

 黒の部屋に入り、黙祷と自らのスキル『憑依インストール』へ意思を向ける。


“死にたくない!”

“何だ!? この生物は!?”

“助けてください……お願いします……”

“よくも妻と息子を……殺す! お前は絶対に殺す!”

“あぁ……駄目だ……我々は死から逃れられない”


 再び意識を奪われそうになり、少しだけ『憑依』を停止する。彼らの感情が心に残り、心臓が速鳴っていた。


「……駄目だ……彼らを……」


 無視は出来ない。

 浅く広がる感情の水面を抜けて、その奥へ――

 貴方達はどの時代に生きたの?

 問うように更に奥へ行くと、不思議な事に負の声が消えた。

 代わりに現れたのはポツポツと暗闇に光るいくつかの意思――


「――あれは……」


 その中で仲睦まじく、剣を教えている母親と、教わっている娘らしき女の子の姿があった。

 しばらく眺めていると、娘は剣を振っているが母親の姿が消え、一人になった。

 それでも、彼女は剣を振る。その所作から一つ一つ無駄が消えて行く。しかし、彼女はそこで手を止めて、ポロポロと涙を流した。


“……ぐずっ……誰?”


 彼女が私を気づいた様に見た。

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