第49話 ワシの優しさだ

「師匠」

「なんだ?」


 寝静まるだけの時間帯。ガイナンとジークは後に揃える家具の為の検算を行っていた。

 部屋の間取りから完璧なバランスと空間を再現する為の寸法をメモし、最適な大きさの家具をギルムに作って貰う算段である。

 それをジークは手伝いながら師に問う。


「音信不通の二年間はカナタさんを迎えに行ってたんですか?」

「そんな所だ」

「あの人……何処に居たんですか?」

「『ジパング』だ。地元では決して中腹より登らない“死の山”。その雲海を抜けた頂上に座しておった」


 採寸のメモを取りながらガイナンは答える。


「……カナタさん。『ドラゴン』ですよ?」

「ほう。あの絵本の中のあの『ドラゴン』か?」


 やっぱり信じて貰えないか、とジークは話題を打ち切ろうとした。


「いつの日か、お前のスキルは役に立つ時が来る。ワシの言葉を覚えておるか?」

「はい」

「役に立ったか?」


 ただ絶望に死を望むだけだった自分に師が手を差し伸べてくれた時の事を思い出す。

 

 バルバトスとの死闘を越えて、ニールと共に今日を迎えられた事は誰にも知られなくても、誇らしいと思って良いだろう。


「……世界を救いました」

「カッカッカ。良くやった。流石はワシの弟子だ」

「――はい」


 それは冗談として受け取った反応ではなく、本心からの褒め言葉であるとジークは感じた。嬉しくて泣きそうになる。


「でも、一つだけ解らない事があるんですけど……」

「何だ?」

「カナタさん……なんで裸エプロンだったんですか?」

「ワシの優しさだ」

「意味が解らないんですけど……」


 やれやれ、とガイナンは腕を組んで説明を始める。


「お前、経験無かったろ?」

「……いきなり何ですか?」

「自己評価の低いお前の事だ。ワシから筆下ろしの相手を宛がってやろうと思ったのよ。ワシは妻一筋だからな。カナタのスペックは申し分ない。しかし……カッカッカ! 既に相手を捕まえておったとはな!」


 威厳のある師としての雰囲気から一変、性的なお節介ジジイとして笑う。


「ニールちゃん、可愛いじゃないか。乳もデカイし、童顔だし。あんなダイナマイト美少女が近い距離に居て、童貞のお前が手を出さんハズはない! ちゃんとリードしたんだろうな?」

「……」

「黙ったか。まあ、ニールちゃんのイケイケな性格だと。お前、奪われた方だろ? ケッケッケ」

「クソジジイが……」

「その悪態は肯定と取るぞ? カッカッカ!」


 本当に自分の人生を楽しそうに笑うガイナンは本当に余計なお節介が多い。

 その自由奔放な様に惹かれる者たちが彼を称え、多くの者がその背を追う。

 そんな彼の弟子に選ばれた事はジークにとって人生のどんなことよりも誇らしい事だった。






「うむうむ。完璧だな」


 ジークの部屋を覚えてる限り、完璧に『再生』したニールは満足そうに呟く。

 元から家具が少なかった事もあるのか、他の部屋と違って、この部屋が綺麗に『再生』した様子にカナタは不思議がる。


「何故、この部屋だけ事細かに?」

「んー、それ聞いちゃう? えっへへ」


 ニールは照れくさそうにベッドに座るとジークとの初夜を語る。


「もうスパークだよ。眼がチカチカしたぞ。それから物凄い幸福感に包まれて――」

「……ニール」

「何?」


 カナタは少し呆れて嘆息を吐く。

 ニールが『竜殺し』に焦がれている事は知っていた。しかし……


「軽率過ぎます。貴女はもう少し考えて行動しなさい」

「考えたよー。うん……十分考えた。だって、アイツ『竜殺しの剣バルムンク』を持たずに我に殴りかかって来たんだよ?」


 【竜殺しの英雄】の『ドラゴン』に対する殺意は誰よりもニールが知っていた。しかし、ソレを――


「ジークは世界の誰よりも己を強く持つ存在だ。バルバトスを討った時も見境の無い【竜殺し】にはならなかった」

「……共存ができると?」

「さぁ。でもね、カナ姉。ジークにとって、土壇場で物事を判断する時は『ドラゴン』かどうかなんて関係ないんだ」


 彼は『ドラゴン』だと言う理由で剣を向けない。それは、過剰に手に入れた力を無闇に振るう用な存在でないことの証明のようなモノだった。


「ジークは良いヤツだ。だから、我としては他が気づく前に唾をつけといた」

「全く……」


 ニールは恋に溺れているのか、それとも正しくジークを見極めているのか。

 まだ、俗世やジークとの関わりが浅いカナタには図りかねる事だった。


「ニール。貴女も知っていると思いますが……私たち『ドラゴン』は――」

「知ってるよぅ。母上も大変だったって聞いてる」

「だからこそ、自分を大切にしなさい。私達と他の種の時間はあまりにも違い過ぎます」

「まぁ、そんときはそんときで考えるよ」


 楽観的な発言にも聞こえるが、ニールとしてはそれなりに考えての事だった。

 すると、カナタはニールを抱き締める。


「カナ姉?」

「バルバトス様が逝きました」

「知ってるよ。近くで見届けた」

「あの方の力は貴女も知っているハズです。受けた傷も表面上は回復していても、内部はまだ万全ではないのでしょう?」

「あー、バレてた?」


 ニールの身体は今も『再生』の最中にあった。惑星直列の直後なので、前よりも魔力の回復は早いが、それでも今は本来の三割程しか魔力は戻っていない。


「心臓は無事ですが……消滅の手前まで魔力は消耗したようですね」

「そこまで解る?」

「解ります。数多の同胞の最期を討ってきたのですから」


 『コスモス』による魔力の収束。本来なら間違いなく消滅するハズだった。


「……多分。バルバトスが気を使ったんだ」


 あの時、後一秒でも収束が続いていたら“魔力の帯”は心臓を焼いていた。しかし、バルバトスは自らが死ぬ数秒前に『コスモス』を解いた様に感じたのだ。


「まぁ、今となっては解らないけどな。死んだときに聞いてみるよ」


 敬う様なニールの口調を聞いて、同胞が死んだ事に対して思うところはあるのだとカナタは感じる。


「『ドラゴン』にとって、子は決して失ってはならないの。ニール、私とキアンに約束して」


 カナタは、ニールの眼を見て告げる。


「キアンはもう居ない。私も……貴女を護れない。だから、他の同胞よりも先に逝くような事は絶対に止めなさい」

「……わかってるよ。我が眠りにつかなかったのは、皆の中で最期になる為だ」


 と、ニールは笑う。彼女は誰よりも理解していた。これからの余生はただ失うだけなのだと。だから……


「だから……我の“英雄”はジークが良いんだ」


 それだけは、偽りのない笑顔で言える事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る