第48話 運・動♪

 ジークとカナタが戻る頃にはガイナン邸宅は元に戻っていた。


「すげ。流石って所か」

「……言っておきますが、ニールの『再生』は万能ではありません」


 感嘆するジークを横からカナタは追い抜いて邸宅へ近づく。


「そうなんですか?」

「彼女が『再生』出来るのは己が理解と記憶している範囲だけです。完璧に戻るワケではないのですよ」


 そう言いながらカナタは邸宅の前に運んでいた荷物を全て下ろすと、先に扉を開ける。


「お帰りなさい。ジークさん」

「あ……どうも……」


 家政婦として、ジークの事は主の弟子としてキチンと扱う様子で入室を促した。


「ちょっと違う! ここはこうじゃなくてだな――」

「あーもー。そんなの覚えてないってー」


 室内はまだ修繕中だった。屋根と間取りは『再生』しているが破損した家具やテーブルは散乱したままだ。


「あ! ジーク! もーやだよー!」


 ガイナンから逃げるようにニールはジークの影に隠れる。


「ぬう……」

「師匠、取りあえず良いでしょ? ニールがへそ曲げたらここから出ていくかもしれませんよ?」

「そいつは困るのぅ……わかった! 手打ちにするわい! 家具は買い直しだな……」


 ジークは室内を見回す。あの穴だらけな状況からよくここまで直したモノだと、改めて感心した。


「やっぱり、お前は凄いな」

「お? ふふん。嫉妬か?」

「いや、正直助かった」

「おや? おやおや。ひねくれた可愛い我の英雄殿は何処へやら」


 ニヤニヤしながら、ニールは歯を見せて笑う。


「お前は……人が素直に褒めてるのを受け止められんのか?」

「ふふん。そう言うのも悪くない。けど、先に貸しを返して貰おうかな♪」

「……なにすりゃ良いんだ?」

「運・動♪」


 ニールの瞳が蛇の様に細くなり、口には牙が見える。

《ドラゴンを殺せ》


「お前ぇぇ!!?」


 『竜殺し』が発動し、漆黒の鎧がジークを覆った瞬間、ニールの拳に殴られた。スッ、とカナタの開けた扉から外へ吹き飛ぶ。


「いきなり来るんじゃねぇよ!」

「喚ばれればいきなり戦うのだぞ? これくらいは普通♪ 普通♪」

「クソが!」

「遠くでやれ」


 とん、とガイナンが一度爪先で床を叩くとジークとニールは砂漠のど真ん中に転移ばされた。


「うーむ、家具はギルムに頼んでまた作って貰うか。ヤツの所に設計図は残っておったのう……」

「ご主人様。お二人を迎えに?」

「勝手に帰って来るだろう。食材を買ってきたのなら飯でも用意してくれ」


 カナタにも指示を出し、ガイナンは室内に散らばった家具の残骸を外に転移させた。


「……料理ですか」






 閣下には全てを殺す力があった。

 しかし、その力は善も悪もなく、全てを平等に殺してしまうモノだから……閣下は選別する為に必要な手足を求めた。


 私は剣。

 “剣”とは俗世の文化が使う単語だが、私はこの上なく解りやすい言葉だと気に入っている。


「これよりお前には【無双王】の称を与える」


 その言葉通り、閣下の前に立ちはだかる、あらゆる敵を討ち取って行った。

 その仮定で多くの出会いと別れがあり、知らぬ強者達と出会った事で更に強く、己の力が洗練されて行くのが解った。


 けれど、私は気づいていなかった。


 何かを極めると別の何かを疎かにしてしまうと言うことを。

 そして……頂に一歩、また一歩と近づく度に得たモノは隣から消えて行く。

 最初にアリカを失ったから……多くから眼を反らしてしまった。


「いつか、母さんに勝つよ。私が最初に“負け”をあげる」


 『無双』の輪片を見せ始めた娘は笑ってそう言っていた。

 私は座して待とう。頂に居ることが何よりも必要な事だと、まだまなこは曇ったままだった。


 そして、その安寧もまた……理不尽な無情によって失われてしまうのだと……腕の中で消える命に強く実感した。


 強さとは弱さを失くしてしまう。

 弱さとは危機を察知し護る力。あらゆるモノを平伏させる『無双』はその剣の届かぬ所にはあまりにも無力なのだと。


 だから私は今も後悔を続けている。

 私が弱ければ……【無双王】で無ければ……夫と出会わなければ……アリカは死ぬことは無かったのではないかと。


 この答えを知るまで剣としての役割は果たせない。


 今の私は……剣ではない。

 鞘から抜かれぬ剣に武器としての価値は無い様に……ただ錆びて、朽ちていく事があの子への手向けだと思っている。






 夜のガイナン邸宅では、最低限に修復されたテーブルに、カナタの作った夜飯が並べられていた。


「なんか……普通!」


 フォークとナイフを両手に持つニールは、目の前に並べられたサンドロス特有の砂魚類料理に率直な感想を述べた。


「こいつ……居候のクセして……」

「だって【無双王】だぞ? 『七星王』だぞ? ジジィの片腕だぞ? それが、こんな! 地味な料理とは!」

「ふふ」


 ニールの反応に対してカナタは意外にも笑った。何が笑う要因だったのか、ジークには解らない。


「まぁ、ワシとしては食えれば良い」


 砂漠での食料は貴重の一択。食べられない程、不味く無ければ何も問題ない。

 三人はカナタの料理を摘まむと口へ運ぶ。


「ほう」

「これは……」

「うわっ!?」


 ガイナン、ジーク、ニールは各々の反応に各々別の表情を作る。


「悪くない」

「普通に美味しいです」

「味も普っ通! 【無双王】にあるまじき普通!」


 と、言いつつもニールが一番に平らげる。


「ニール、おかわりはありますよ?」

「ちょうだい!」

「ふふ」

「……」


 カナタの笑い所が解らないジーク。

 それでも、師との二人暮らしでは魚類や肉を焼いて塩をかけるしかなかった夕食が少しだけグレードアップした事は素直に嬉しかった。


「何だ。笑えるじゃねぇか」


 そんなカナタの様子にガイナンは呟き、微笑む。

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