第47話 『無双』が討てる敵

 その日の事は今でも覚えている。


「数多の鳥達の中、ただ一羽だけが空へ向かって翼を開きました」

「……」

「彼らの翼は飛ぶためのモノではない。彼らの運命は最初から決められていた。それでも、その一羽は翼を――」

「カナタ」

「翼を開いて――」

「カナタ」

「開いて、飛べない身であ……り……ながら……」

「アリカはもう――」

「言うな!」


 彼の言葉に私は叫ぶ。腕の中で眼を閉じるのは……大切な、本当に大切な世界で一つの――


「死んでる」


 骸になった、アリカだった。






「…………」


 暑い日射し……ジパングのモノとは違って、強く刺す様な光だ。


「カナタさん。疲れました?」


 前を歩くのはジーク・フリード。ニールのお気に入りの人間。そして、その身に『竜殺し』を宿す。


「いえ。問題はありません」


 私の能力『重力』を使って、大量の糧食を浮かせて追従させている。ヒトの眼が集まるが、別に大した事は何もしていない。


「本当に助かりますよ。これだけを運ぶとなると、荷車で三往復は必要ですから」


 脈拍、目線の動き、汗の頻度。どうやら、彼は本心から礼を言っているようだ。

 どこにでも居そうなその他大勢の一人。彼から同族の殺戮者たる雰囲気はまるで感じない。


「……バルバトス様を討ったそうですね?」


 すると、ビクッ、とした反応を捉える。


「ま、まぁ……やっぱり、知り合いだったりしました?」

「バルバトス様は、同胞達へ世界の基礎を教える方でした。生まれ、学ぶ際には必ず【天秤王】の教授に触れるのです」

「つまり……全ての『ドラゴン』の先生……と?」

「そうなります」


 私が断言すると彼は、ヤバいヒト倒しちゃった……でも、世界が滅んでたしなぁ……『ドラゴン』の的になるのオレじゃん……などとブツブツ呟く。


「『七星王』の最古参であり、帝王閣下が誰よりも信頼をしていた『ドラゴン』でもあります。後にも先にも、彼と同じことが出来る『ドラゴン』は現れないでしょう」

「あの……」

「なにか?」

「カナタさんも恩師だったりします?」

「私も幼少期は教示を受けましたが、関係はあまり深くありません」


 【天秤王】と席を同じくしたのは【無双王】を承った時だった。


「私の興味は政ではなく強者。己が力を存分にぶつける事こそ『ドラゴン』としての存在意義です」


 閣下の剣として、存分に力を振るい、あらゆる敵を平伏させた。

 『ドラゴン』の敵は『ドラゴン』だった。支配域と称号を巡り、同族でぶつかり合うのも珍しくない。


「なら、なんで墓守を?」


 彼が聞いて来る。それは最も闘争から遠い場所。少し、自分の事を話し過ぎたと後悔した。


「貴方には関係ありません」

「すみません」


 彼は空気を読んだのか、無言で前を歩く。そう関係ない……これは私だけの苦悩なのだから。






「おや。宮殿には珍しい顔だな。閣下とバルバトス様がお前を殺したがっているよ」

「んっん~♪ チクってもいいぜぇ?」

「そんな詰まらない事はしない。キアン様の後世がお前似じゃないことを祈るだけだ」

「お互い合意の上だぜぇ? それに子供ってのはどんなに憎たらしくても可愛いモンさ。お前は閣下のデレる所を見てみたいと思わないかぁ~?」

「興味をそそられる題材ではあるな。それで? 今日は何の用だ?」

「“感染”は今どうなってるのかと思ってな」

「多くの解剖体のお陰で既に鎮静の手立ては完了した。今後、我々が脅かされる事はない」

「そーかよ。それで? 全員治るんだよな?」

「直接かかった者以外はな」

「……」

「私がやるのは“解剖”だ。今回は事を迅速に進める関係上、ある程度、生きた“被験体”の解剖も許可されていた。命に別状の無い範囲でね」

「それでも、か?」

「それでも、だ。私は神ではない。末期の同胞は既に助からない。その件は閣下にも伝えてある。ああ、安心したまえ。キアン様と胎児は無事だ」

「そーかよ」

「あまり浮かない顔だな」

「……わかってんだよ。誰にも予測出来る事じゃねぇってな」

「星の外からの贈り物だ。しかも、毒になるのは数多の種の中でも『ドラゴン』のみ。この辺りの謎は他の生物も解剖して調べる事にした」

「で、その劇物は何処にあるんだ?」

「【磁界王】の強力を得て、火口に落とした。実に勿体無いが、閣下の勅命では従うしかなくてね」

「……」

「それと、今回の一件はグルンガストに対する制圧に使うそうだ。情報では向こうにも感染が広がってるらしくてね。治療を前提に全面降伏を閣下は要求するらしい。君たちは運が良かったな。私がこちらに居て」

「……カナタには?」

「告知済みだ」


 その時、宮殿が揺れる。重さを変化させる独特の魔力はカナタのモノだ。


「どうやら、最期の時は母娘で過ごすらしい」






「アリカ君はもう助からない」


 その言葉をドクターから聞いた私は何度も彼に詰め寄った。

 他は完治している。元気に身体を起こしているのに、何故娘だけが助からないのか。


「感染は受けた初期と比べて多彩に変化をしている。その変化を停止させ、己に順応させるのが治療法だ。しかし、間接的と違って、直接感染を受けた個体の変異速度は手の打ちようがない。生きたまま“解剖”出来れば、万に一つの可能性で治る可能性はあるがね」


 そんな事……許せるハズがない!


「傷つくよ。私は結果と可能性を提示しているだけだ。仇のように睨むのは止めて頂きたい」


 私はドクターからゆっくり手を離す。彼は彼の役割を全うした。拡大する被害を抑えて同胞を救ったのだ。

 なら私は……何ができた? この力は……『無双』と称えられる程に洗練されたこの力は……あらゆる敵を平伏させてきたと言うのに……


「アリカ君のときは少ない。時間を私に噛みつく為に使っても良いのかね?」


 そう言ってドクターは去って行った。

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