第46話 失われた陽だまり

 照りつける陽。青草を揺らすそよ風は、永き生涯において一時ひとときの安らぎをくれた。

 どの生物にもある幸せな時。そんな私の“陽だまり”にも多くの繋がりがあった。


「どうやら、君が好きみたいだ」


 初めて引き分けた夫。


「んっん~♪ 相変わらず、お堅いねぇ」


 かつて何度もぶつかった敵。


「カナタ、もうすぐ産まれるんでしょ?」


 幼少からの親友。


「全くよ! 本当に強くなりやがって! 俺とあっさり並びやがったな! 【無双王】!」


 心より尊敬する戦の師。


 彼らが陽だまりで一つに会する事は本当に少なかった。私自身も戦に明け暮れていた事もあっただろう。

 それでも眼を閉じると、彼らが集まった“陽だまり”を思い出す。しかし――


“無念”

「すまない……カナタ」


“使命”

「オレ一人でやる」


“運命”

「カナタ……ファブニールをお願いね」


“宿業”

「これが【磁界王】の生き様よ!」


 彼らは一人、また一人と私の陽だまりから消えて行った。そして――


「――」


 陽だまりに一人になった私はふと、立ち上がる。それは視界に映る、小さな……本当に小さな背中。慌てて駆け寄り、手を伸ばす。


「アリカ――」


 私の声に彼女が振り向いてくれた所でいつも霞のように消えるだ。

 そして……視界は雲海の上にある墓標を映す。もう……あの“陽だまり”は無いのだと世界が私に教える様に……


「…………」


 そして、私は眼を閉じて私に問う。

 何故、アリカの身代わりになれなかったのか……と――






「ジークは何か食べ物を買いに行ってくれ。ニールの嬢ちゃんはワシと家を直すぞ!」


 ガイナンはニールが『再生』にて玄関の一部を直した様を見ると修復を懇願した。


「えー。我もジークと行く!」

「ニール、すまんが師匠に手を貸してやってくれ」

「ぶー。貸し一つにするからな!」

「いくらでも貸すぞ! ジーク! そう言う事だ! 貸してやれ!」

「オレに決定権は無いんですか?」


 とは言ってもジークもガイナンが家を大切にする理由を知っているので、強く拒絶は出来ない。


「カナタさんもついて来て貰えますか?」

「何故ですか?」

「貴女の倒した、身体を半分にしたヤツ、相当に有名な殺し屋で懸賞金が出るんです。相手をした当人の発言が無いと受け取れなくて」

「金品には興味ありません」

「こっちで生活するならあって困らないモノですよ。何かと物入りになると思いますし」


 カナタは少し間を置いて考えをまとめたのか、ジークの言葉に乗る事にした。


「わかりました」

「助かります。それと、師匠!」

「なんだ?」


 半べそかきながら瓦礫と化した邸宅の被害状況を確認するガイナンはジークの声に応じる。


「カナタさんにエプロン以外の服! 着せても良いですよね!?」

「なに!? お前……本気で言っておるのか!? そのダイナマイトボディを見たくないと言うのかっ!」

「……ニール。やっぱり一緒に行くか?」

「行くー!」

「待てぃ! カナタ! 今すぐ服を着ろ!」

「……本当に下等な族ですね……」


 なんでこんなのに負けたんだろう……とカナタは額に手を当てる。鱗を出現させ魔法で和服に変化させた。






「おい、ジーク。コイツは大物だぜ」

「また?」


 ジークは二分割されて、更に落下でぐちゃぐちゃになったスカイアウトの死体を確認に行き、死体処理屋に回収と鑑定を頼んでいた。


「コイツは殺し屋ギルドの『スカイアウト』だ」


 死体処理屋は、僅かに原形を留めている顔半分から身元を割り出していた。


「『スカイアウト』って……あの『協会』の本部襲撃事件の首謀者だよな?」


 それは二年前。師が行方を眩ませた年に起こった大事件だった。

 真夜中に『協会』本部を『スカイアウト』が襲撃。確保していた『殺し屋ギルド』の面々を何人か脱獄させ、逃げる際に本部を持ち上げて落とすと言う荒業で追撃を退けたのだとか。


 『協会』と『殺し屋ギルド』は昔から水面下で互いに睨み合っており、『確殺』と『スカイアウト』の件は大きな弊害だったハズだ。


「『スカイアウト』のスキルは『浮遊』だ。視界に映るモノは何でも持ち上げられる」

「……それ、一度持ち上げれば視界を外しても浮き続けるぞ」

「なんだ? お前、あの宙に浮いた家に居たのか?」

「師匠の家なんだよ……」


 先程の『スカイアウト』との戦闘を遺跡街の面々は、なんだあれ? と見上げていたのだ。


「『浮遊』は飛行系でも上位に来るスキルだ。知っていても対策の立てようがないスキルの一つに数えられてる。『協会』の要監視対象だな」


 それが敵勢力に居たもんだから『協会』も手を焼いていたのだろう。当時は師匠が失踪していたこともあって、相当に頭を悩ませたハズだ。


「誰が殺ったんだ?」

「……後ろの家政婦さん」


 ジークは後ろから覗き込む、和服姿のカナタの事を告げる。


「この方は有名な方なのですね」

「……おい、ジーク。お前、本気で言ってるのか?」


 傍目から見ればカナタは和服美女。とても世界を揺るがす殺し屋二人を始末した雰囲気はない。単にヒトには興味が無いだけなのだか。


「本気だ。師匠も証言できる。懸賞金がついてるならきちんと精算してくれ」

「俗世は面倒事が多いですね」


 カナタは少し退屈そうに嘆息を吐いた。

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