第45話 ヒトって脳の容量少ないよなー

 スカイアウトの視界を覆う行為はカナタへ一瞬の隙を作る。そして、猛毒のナイフを眼に当たる位置へ突き刺した。


「――」


 しかし、瞬間に腕は上と下からプレスされた様に潰され、ナイフが届く前に無力化される。


「参ったネ」


 スカイは腕を切り離す。元よりナイフを持っていた腕は技手である。生身は過去に『教会』の本部襲撃にて、オルセルに持っていかれたのだ。


「コイツは……依頼を誤ったナ……」


 糸の様に細い“重力”が身体を通り抜ける感覚にスカイは死を確信した。縦に二つに別れて地へ落ちて行く。


「! スカイさんが殺られ――」


 スカイの『浮遊』の効果が消えた、残りの殺し屋達もカナタの重力によって踏み潰され、潰れたカエルのように始末される。

 カナタは視界を覆う上着を剥ぎ捨てた。


「やれやれ」


 カナタは腕を組んだまま後ろを向くと、ああぁぁ~!! と落下していく家が視界から通過する。






「ああああぁぁぁ!!」

「うぉぉぉ!?」


 スカイが死亡した事で『浮遊』の効果が消えた家は落下を開始。ニールはすぐに脱出出来ると思っていたが、読みが甘かった。


「そ、外! ニール! 出るぞ!」

「ああっと!? くそ! 重力が意味解らん!」

「死ぬ! 間違いなく死ぬ!」


 チンチロのサイコロの様になすがままの二人。ニールは仕方無しに『ドラゴン』に戻って家を吹き飛ばす事にした。


「緊急事態だ! 元に戻る!」

「バカ! ソレは駄目だ!」

「どのみち粉々だよ!」

「あぁ! もー!」


 地面への激突まで1メートルを切った時、不意に家の落下が停止した。二人は床にビタンッ! と叩きつけられる。


「ぐえ!?」

「あだ!?」


 そして、一秒の停止を置いて、再び落下し、家は地面に着地。強烈な衝撃に大きく軋んだ。


「……生きてる」

「カナ姉がブレーキをかけたな……」


 先に起き上がったニールが鎧姿のジークに手を貸して起こす。すると、バキバキバキ、と形状の維持に限界を感じる音。


「脱出!」

「くそったれ!」


 ニールが横の壁を蹴破って外へ逃げ、ジークも潰れる家から、滑り出る様に脱出する。


「やはり、ヒトの家屋は脆いですね」


 すー、とカナタは降りてくる。三人は完全に潰れる様を最後まで見届けた。


「……ニール。これって直せるよな?」

「うーん。出来るだけやっては見るが……元通りは無理かも」

「出来るって言ってくれぇ!」


 師匠が見たら何が起こるか解らない。

 1、世界を滅ぼす。

 2、発狂する。

 3、卒倒する。


「とにかく! 何か出来ることがあれば協力する――」

「なんだぁ? 誰だお前ら」


 と、背後からの声に鎧姿のジークは動きを停止する。ジークを『空間跳躍』のポイントに使い、帰宅したガイナンは、カナタしか知った顔でない様子に怪訝そうな顔をする。


「し、師匠……」

「! その声はジークか!? カッカッカ! なんだその姿は! いくらなんでも、全身を鎧で覆うのはやり過ぎだ!」


 ガイナンはジークがスキルの変わりに鎧を着ているのだと見て笑う。


「あ……いえ……これ、オレのスキルなんですよ」

「なに? なんと! 遂に発動したか! よくやったのぅ!」


 ジークの苦悩を誰よりも近くで見てきたガイナンは我が事のように喜んで弟子の肩を叩く。


「して、こちらの嬢ちゃんは?」

「やぁやぁ、貴様が噂のガイナンか」

「いかにも。噂のガイナン・バースじゃ。教会で【時空師】をやっとる」


 ニールはいつもと変わらない調子で会話をかわす。


「【再生】のファブニールだ! 貴様の噂はかねがね。是非とも手合わせを願いたいな」

「ほう……最近の若い娘は中々にアグレッシブだのう。そう思わんか? カナタ」

「……私は貴方よりも歳上です」

「それはわかった。それよりも言うことあんじゃろ? ジパングでオウカから教えて貰ったではないか」

「……」


 カナタは少し躊躇しつつも、すっ、と正座をして身体を前に倒す。


「お帰りなさいませ……ご主人様……」

「カッカッカ!」

「……」

「ジーク。カナ姉に頭下げさせるなんて帝王でもしなかったぞ。貴様の師匠、容赦ねぇな」

「カナタさんが解放された時に世界を滅ぼさなきゃ良いけど……」

《ドラゴンを殺せ》

「反応するな。うっせぇな」


 ギリッ! とここまで奥歯を噛み締める音が聞こえた。ジークは『竜殺しスキル』を解除し鎧を消す。


「弟子も成長し、友達も増えた様で何よりだ。さて、ジークよ、一つ問おう」

「はい」

「アレは違うよな?」


 ガイナンは危ういバランスで何とか形を保っている自宅へ視線を送る。


「えっと……違うとは?」

「カッカッカ。ジークよ、五年もワシの弟子をしてて何が言いたいかくらい理解しておろう?」

「……家です」

「家? はて? ここにある家はワシのモノだけのハズだが、物好きが引っ越してきたのか?」

「……師匠の家です」

「んー? ワシの家は見当たらんぞ?」

「あの、崩れかけの家が我々の家です」


 ジークのその言葉に限界を迎えた自宅はガラガラと完全に潰れて沈黙した。


「…………」


 そして、ガイナンは現実逃避するように気を失って倒れた。人生で五回しかないノックアウト内の一回である。


「師匠!」

「生物って脳の認識を越えると自己防衛のために意識をシャットアウトするらしいぞ。これ、ドクターとの解剖結果ね。ヒトって脳の容量キャパ少ないよなー」

「少し、胸がすっとしました」


 呑気な事言う『ドラゴン』二人を尻目に、ジークはガイナンを介抱していた。

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