第40話 カナタと『竜殺し』

「よう」

「! ガイさん」


 教会本部は執行官たちの間では監獄とも認識されている。

 世界各地に現れる危険な遺品や存在を幾つも封じており、それは色の着いた扉で危険度が解る様になっている。

 職員が間違って入る事での死傷を減らすための処置であり、それでも誤って入った事での死亡事故は後を絶たない。

 その中でも最も危険とされる黒の扉。ソレの前に経つのは鎧を着た一人の青年だった。


「戻ったんですね」

「色々あってのぅ」

「ガイナンさん。本当に入るの?」


 ついてきた夜叉が告げる。二人の前にある扉にはドアノブも取手もない。


「夜叉さんは入らない方が良いですよ」

「ほー言うじゃん。ウチよりも順位低いクセにさ」


 “執行官”第八位【覇槍】五来夜叉ごらいやしゃは門番の男を見下ろす。


「順位は強さでも偉さでもないですよ? ただのナンバーです」


 “執行官”第九位【水鏡】ミリオン・グランサは呆れた様に言う。


「そんな事言ってるからこんな所で門番やる羽目になってんのさ」

「リーベを抑え込めるのが僕以外に居ないからですよ。あ、ガイナンさんは例外ですよ」

「ミリオン。また強くなったな?」


 ミリオンの雰囲気からガイナンは彼が更に強くなった様子を察する。


「ええ。惑星直列の時にリーベが暴れましてね。全戦力で押さえ込みました」

「おお? なんでウチを見た? ん? 喧嘩売ってる?」

「適材適所です」

「リベリオンの様子はどうだ?」

「少し荒れてます。もう少し休憩したらまた入る予定ですけど」

「今すぐ入る。準備せぇ」

「ガイナンさん。ウチも行くよ」

「夜叉さんは死にますよ?」

「やっぱり喧嘩売ってるだろお前」


 バチチ、と身長差の火花を散らす二人。ガイナンはさっさと、行くぞ、と腕を組んで告げた。


「それでは」


 ミリオンが自らのスキルを発動し、扉の内側へ三人で“空間跳躍”した。






 ガイナンの家を見張る様に遠距離から様子を伺う集団があった。

 彼らは殺し屋ギルドから派遣された者達。ガイナン・バースの始末を依頼され、遺跡街に来ていた。


「……どうやらヴォントレットは殺られた」


 スキル『千里眼』を持つ男は少し家から離れた場所でヴォントレットが死ぬ様を全て見ていた。


「マジかよ。あの人って殺される事あるんだ……」


 煙草を吹かす男が驚きを口にする。

 『確殺』のヴォントレットは彼らの界隈でも伝説の殺し屋だった。


「こりゃ、ガイナンの首も価値が上がるね」

「いや……殺ったのは裸エプロンの女だ」

「……見間違いじゃねぇのか?」

「『千里眼』で常に見ていたから間違いはない。家の中に別のヤツが居ることも考えられるが……」

「モンスターハウスかよ」

「そもそも主がバケモノだろ? 弟子は凡人だがな」

「『スキルキャンセル』持ちを待つか。おい、誰か連絡を――」

「ダメダ」


 と、その場に意見をしたのは暗殺ギルドでもトップ三指に数えられる実力者の男――スカイアウトであった。


「スカイさん」

「全員、今すぐ持てるだけの攻撃スキルを使い、あの家を蜂の巣にシロ」


 ガイナンを始末するメンバーは遠距離の攻撃スキルと自らと他を浮かせることが出来る『浮遊』のスキルを持つスカイアウトで構成されていた。


「ガイナンの姿はまだ確認出来てないんすよ?」

「解らないノカ?」


 スカイは多くの経験からこのまま待機するのは部が悪いと悟っていた。


「『確殺』を殺したヤツは今、気が緩んでル。ガイナンと同等かそれ以上の実力者ならヤツと合流する前に始末をしておくベキダ」






「それでさ。カナ姉は何でここに居んの? 死ぬまで墓守するんじゃなかったの?」

「……負けたからです」


 ニールの言葉にカナタは嫌な事を思い出す様に小さく口にする。


「え……嘘ぉ!? マジ!? 負けた!? カナ姉が!?」

「なんだ? そんなに驚く事なのか?」

「ジーク! お前、『竜殺し』持ってるから感覚がバカになってるな!」

「うるせぇ」

「おのれ……卑怯な……卑怯な手を!」


 ダァン! と当時を思い出してカナタはテーブルに肘を叩きつけて二つに割る。

 ジークは、ひっ、と身を強張らせ、ニールは『再生』で、ぴろぴろとテーブルを元に戻す。


「カナ姉がここまで感情的になるなんて……面白れぇー」

「全然面白くありません」


 顔を上げて本当に悔しそうな様子でカナタは笑うニールを見る。ジークはそれ以上の掘り下げは家が消し飛ぶを察した。


「ねー、どうやって負けたのー?」

「お前……」


 煽る様に問うニール。コイツの言動は唯我独尊な所があるが……同族の年長者に対しても変わらない様だ。


「山を背に取られたのです……」

「あー、ゲッスぅ。【時空師】ゲッス」

「? どういう事だ?」

「カナ姉の守る山って我々の墓標なんだ。【時空師】のヤツ、墓を盾にしやがった」

「あのクズだけは……絶対に許しません……」


 ゴゴゴ、と家が揺れてミシミシと音を立てる。ひぇっ!? とジークが思っていると、


《ドラゴンを殺せ》


 『竜殺し』が発動して全身を漆黒の鎧で覆われた。


「おいおい、ギャグみたいな変身するなよぅ」

「勝手に発動したんだ!」

「……それが【竜殺しの英雄】ですか」


 と、カナタの意識は怒りから『竜殺し』への興味として移る。


「まだ“英雄”ではないけどね。あれ? カナ姉は見るの初めてだっけ?」

「かの『竜殺し』が活動してた時は私は既に墓守をしていましたので」


 カナタがジークに視線を向けたその時、彼の座る椅子が潰れる様に壊れた。ジークは尻から床に落ちる。


「痛で!? なんだ!?」

「やはり……噂通りに私達ドラゴンの力は通じないのですね」

「え……今何をしました?」

「試したのです」

「カナ姉ー、直すのめんどくさいんだからさー、パカパカ壊さないでよー」

「これで最後にします」

「だーかーらー! 何をし――」


 その時、壁を貫通した無数の礫が三人へ襲いかかった。

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