第39話 私の誇りです

 ヴォントレットがガイナンの家を訪問すると一番に出たのは裸エプロンを着た一人の女だった。


「私は『教会』の関係者でね。ガイナン・バースが帰ってきていると聞いた」

「教会……? 人々が祈りを捧げる場所の事ですか?」


 ヴォントレットは少しだけ女の応答がズレている事から、世間に疎い家政婦であると瞬時に悟る。裸エプロンは少々謎だが。


「失礼だが、貴女は?」


 ここはガイナンの関係者を装い、敬語は無しで行く。


「私はカナタと言います。ゴミ……ご主人の……家政婦……です」


 家政婦。と言う単語にギリっと悔しそうに奥歯を噛み締めて言う女。すると、女は一度呼吸を整えた。


「少々俗世に疎いので説明を頂けますか?」

「それは構いませんが……立ち話でする事ではありませんので中に入っても?」

「どうぞ」


 警戒心がまるでない。女はこちらを完全にガイナンの関係者だと信じている様だった。

 室内へ促す女が視線を外した所で『完全消去』と『スキルキャンセル』を同時に発動。

 人が作り出す刹那の無防備こそ、ヴォントレットにとっては確殺の時である。


 相手に与える情報が全て消え去る『完全消去』。相手の持つスキルを完全停止させる『スキルキャンセル』。


 女を死体に変え、戻ったガイナンがソレに意識が向いた際にスキルを発動して殺る。

 本来なら居ると噂の弟子を殺る予定だったが……まぁ、誰でも同じだろう。


「――――え?」


 ナイフを後ろから女の首筋に突き立てたヴォントレットは思わずそんな声が出た。

 その柔らかそうな肌にナイフは入り込むどころか逆に折れてしまったからである。


 折れた切っ先が地面に落ちるよりも速く、ヴォントレットの上半身は下半身を置き去りにして後ろに引っ張られる様に流れて行く。

 女は指1本も触れていない。


「珍妙な能力です」


 折れた切っ先が床に刺さるのと、ドチャッと上半身が地面に落ちるのは同時だった。ヴォントレットは僅かに残る意識で女を見る。

 蛇のように細い瞳と人智を越えた気迫はその背後に巨大な怪物を見せる程の圧を現す。


「ば……バケモノめ……」


 それがヴォントレットの最後の言葉だった。






「ジークよ。コイツ大物だぜ」

「誰よ?」

「ヴォントレット」

「は? ヴォントレットって、あのヴォントレット? 『確殺』の?」


 ジークは遺跡街の死体処理屋に連絡し、ヴォントレットの死体を引き取って貰っていた。


「『教会』でもアホみたいな懸賞金をかけてるやべぇ奴だってのは知ってるよな?」


 『確殺』のヴォントレット。それは裏社会では決して手を出してはならない者の中ではトップに入る。それどころか噂でさえタブーであり、目撃でもしてた時には死体にされる程に危険な存在だ。

 ヴォントレットが引き起こした最悪の惨劇は、仕事を目撃されたと言う理由で街一つの人間を皆殺しにしたと言う事である。

 『教会』は何とかその顔を記録に納めるも、執行官が三人も犠牲になった。更なる被害の拡大を恐れてヴォントレットには不干渉を決めたとか。


「多分、ガイナンを狙いに来たんだろ? アイツ、最近帰って来たそうじゃないか」


 特定の場所に長く滞在しないガイナンを仕留めるにはまずは居る所を捉えなければならない。今回が絶好の機会だったのだろう。


「下手したら師匠、殺られてたかも……」

「流石に否定はしねぇよ。ヴォントレットは、その名前を口にするだけで殺される可能性があるヤツだからな」


 動かすにしてもヴォントレットを納得させる理由が必要だろう。となれば、師匠を狙った相手は相当にデカイバックである可能性が高い。


「……」


 でも全然怖くないのは、あの家の中にもっとヤバいのが居るからだろう。しかも二人。


「ガイナンVSヴォントレット。確か、決闘委員会の賭け表があったな。オッズどうなってたっけか」

「あー、多分それ無効だよ」

「は? ガイナン以外に誰がヴォントレットを二分割に出来るんだよ?」


 ジークはチラッと家の方を見る。


「裸エプロンの家政婦」

「ジーク……お前頭大丈夫か?」

「オレも……最近は世界の常識が解らなくなってきた所だ」






 ジークは死体処理屋に身元がきっちりしたら懸賞金が出ると言われて家に戻る。

 ヴォントレットの血で汚れた床は綺麗に掃除されており、近くのテーブルには二人の『ドラゴン』が向かい合って座っていた。


「……」

「……」


 じーっとカナタを見るニール。カナタも腕を組んでニールの瞳に眼を合わせていた。裸エプロンのせいで若干シュールに見える絵面である。


「えーっと……二人は何を――」


 声をかけようとした時、ニールが、待て! と言わんばかりに掌を向けてくる。


「だぁ!? 負けた!」

「まだまだ甘いですね。ニール」

「??」


 テーブルに伏せるニールと、得意気に鼻を鳴らすカナタ。ジークは蚊帳の外。


「なにやってたんだ?」

「我らは眼を合わせて互いの魔力で仮想戦闘を行えるんだ。殺し合い以外で本気で戦うと国なんて無くなるだろ? まぁ、気がついたら実際に本気で戦り合ってる事もたまにあるが」


 コイツ……何てヤバい事を目を離した隙にやってやがる。


「……ニール。この人の事教えてくれ」

「『ドラゴン』」

《ドラゴンを殺せ》

「いや、それは解ってる」


 さっきから『竜殺しスキル』がうるせーんだよ。


「ニールから少し事情を聞きました。貴方が【竜殺し】ですね?」


 ニールに向けていた柔らかな表情は一変し、ジークに対してはきつめな視線を向ける。


「【無双王】カナタです。貴方は……あのカス……ご主人様のお弟子様らしいですね」

「は、はぁ……」


 明らかに嫌悪な眼。師匠……あんた絶対、人類が誤解される事やっただろ……


「【無双王】って……また凄まじい異名をお持ちで」

「カナ姉の異名は周りがつけたんだ」


 ニールは立ち上がると壁にかけてある世界地図に近づくと極東にある『死の国』ジパングを指差す。


「この島国あるだろ? これ、カナ姉が自分との決闘用に大陸から切り離した島」

「少し静かな場所が個人的に欲しかったのです。閣下の許可は得ています」

「……」


 冗談みたいだけどさ。多分冗談じゃないんだろう。師匠……本当に何て方を裸エプロンにさせてんだ!


「なんですか? 私をジロジロと見て」


 当人は慣れたのか裸エプロンでも特に気にした様子は無くなっていた。


「い、いえ……別に服を着てもいいですよ? 何なら買って来ましょうか?」


 この機嫌取りは間違いなく世界の未来に関わる分岐点だろう。


「結構です。これは私の決めた事ですので、曲げてしまえば今までの志しを曲げる事になりますから」


 と、キツい眼で言ってくる。でも裸エプロン。すると、ニールが寄って来る。


「カナ姉は一度決めた事は当事者が意見しない限り止めないぞ」

「私の誇りです」


 キリッと裸エプロン姿で言われてもなぁ……


「あ、いや……なんと言うか恥ずかしく無いのかなって」


 布面積の少ない姿で堂々としているのは……なんと言うかメンタルが鋼鉄過ぎる。


「それは貴方達の生物としての視点です。私たちは人型こそ擬態であるのです。貴方は変装した所を他に見られて恥ずかしいのですか?」


 そう言えば、ニールの奴もやたらと服を脱ごうとしてたな。変装の上に更に服を重ねるのは違和感しか無かったってことか。


「じゃあ、なんでニールと会ったときは慌てたんです?」

「……貴方は身内に恥ずかしい格好を見せて羞恥心は生まれないのですか?」


 ああ、なるほど。さっきはニールに今の格好を見られたからの反応か。


「……で、なんでお前まで脱いでんだ?」


 いつの間にか、裸エプロンで隣に立つニールに問う。


「いや、カナ姉を許容するなら行けるかなって」

「行けるかな、じゃねぇよ!」


 オレはニールには服を投げつけた。

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