第36話 殺し屋ヴォントレット
バサッとニールは翼を開く。
乾いた空気。鬱陶しい砂粒。強く照りつける上空の陽。
「あっはっは!」
砂漠地方サンドロスの遺跡街に4日ぶりに戻ってきたニールは、その上空を舞い、上機嫌で環境を受け止めた。
「お? ファブニールじゃねぇか!」
「よう【再生】の。4日もどこに行ってたんだ?」
「【再生】! リベンジだ! 前とは違う俺を見せてやるぜ!」
飛行するニールに街の人々はそんな声を浴びせる。
「ふふん。全く持って可愛い奴らだなぁ」
すいー、と飛ぶニールは傷も癒えた様子をで上機嫌だ。ジークは馬車の支払いを終えて家に向かう前に寄るところがあった。
「ギルムさん」
「船長ー」
ひとしきり飛び回ったニールもジークと共に砂港へ降り立つ。
「ん? おお。生きてたか! ジーク! お嬢ちゃんも!」
「ギルムさんも……レバンのヤツにやられた傷はもういいんですか?」
耐久力の高い『ドワーフ』が一撃で昏倒する程のダメージだった。相当な重症だっただろう。
「全然だ! まぁ、あの時お嬢ちゃんのスキルで簡単に治して貰ったからな!」
「ふふん。造作もない。生物の組織構造は粗方理解しているからな」
「よくわかんねぇが、サンキューな!」
心配ごとが一つ消えて、ジークは胸を撫で下ろす。
「急に消えてすみませんでした。埋め合わせの話をしに来たんですが……」
「別に良いって事よ! 塩がアホみたいな値段で売れたからな。今日は一日、船のメンテだ。明日にまた来てくれや」
「わかりました」
「ガイナンの奴も帰って来てる。さっさと顔を見せに行ってやれ」
「本当ですか!?」
ジークはギルムからの情報に思わず声を上げた。二年ぶりの帰還。スキルやニール、バルバトスとの死闘など、報告したい事は山ほどある。
「ガイナン?」
「【時空師】ガイナン・バース。『教会』の執行官で序列は三位だ」
「オレの師匠」
「ほほう」
「ヤツが居るときの遺跡街は荒れるぜぇ。お嬢ちゃんも気を付けなよ」
「? 助言として気にかけて置こう」
ジークはギルムから4日前の『浮上岩山』の取り分と塩を受け取った。
「そう言えば、レバンの奴はどうなったんだ?」
「あの変態クソゴミ野郎は我が腕を切り落とし、身体を吹き飛ばしてぶっ殺した」
「まぁしょうがねぇよ。ヤツもあの世で理解しているだろうさ」
「……」
『
殺し屋ヴォントレット。
その名は裏社会において、触れることさえも憚られる程に驚異として知れ渡っていた。
対象の殺害率は実に十割。
何人かの執行官でさえ、過去に殺して見せたヴォントレットは、教会からも第一級の危険人物としてのリストに上がり、警戒優先度では上から数えた方が早い。
姿以外のあらゆる感知情報を消し去る『完全消失』と『スキルキャンセル』の二つのスキルを持ち、発動すれば視界に捉えていない限り、ヴォントレットの存在を追うことが出来ない。
彼は闇から闇へ移動し、狙われたと知られるだけで標的は夜も眠れずに過ごす事になる。
「【時空師】ガイナン。あのクソジジイを殺してくれ。報酬はいくらでも払う」
ヴォントレットは飽き飽きしていたのだ。
どいつもこいつもあっさり死ぬ。『完全消失』を使えば死角に居るだけでいくらでも命を搾取出来るのだから。
「【時空師】か……噂は聞いている」
「あのジジィ……俺の店の金を盗みやがった! しかも奴隷も全部解放して、大損だ!」
「そちらの事情に興味はない」
「! す、すまん……とにかく頼むぜ。ガイナンが死ねば俺らの市場も潤うからよ」
過去に『協会』は登録リストにない奴隷組織を一斉摘発。世界的な“執行”を一人でやったのがガイナンだった。
“ワシはお前らと関わりを持った。これが何を意味するか解るか? ん? いつでも
奴隷は全て解放され、組織の持っていた資金は全てガイナンが個人的に押収。どこかにたんまりと隠し持っていると裏世界では有名な話だ。
「少しは……楽しめるか」
ニッと笑ってV字ピースするガイナンの写真から、その顔をヴォントレットは覚えるとサンドロスの遺跡街にやってきた。
「【時空師】ガイナン? あぁ、街の少し外れた所に住んでるよ。ほら、あの崖の上の家さ」
「ありがとう」
ヴォントレットは酒場でガイナンの情報を簡単に集めると多めにチップを払い、標的の自宅に向かった。
適度に下見。家の中に入れればベスト。スキルを使い、中に隠れて置けばいくらでも殺す機会はある。
「……」
今回もただの作業……か。
ヴォントレットは丘上のガイナンの自宅に着くと、コンコン、とノックした。
「どちら様でしょうか?」
奥から声がする。女の声。ガイナンに弟子が居るとは聞いているが……他にも身内が居たのか?
眼が増えると殺害に支障が出る。少し様子を見るとしよう。
「ガイナンさんに話を聞いて貰いたいのです。彼は在宅で?」
すると、扉が開いた。
「ご……ご主人様は……留守です……」
中から現れたのは裸エプロンを着けた美女だった。
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