2章 彼女にとっての『無双』

第35話 裸エプロンでな!

 死の国『ジパング』。

 大自然と豊富な地下資源があると推測される巨大な島国は大和家と呼ばれるジパング人によって管理されている。


「ったくよぉ。教会のヤツらも言うだけは楽だよな!」

「グダグダ言ってもしょうがないよー、兄ちゃん」


 ジパング人のタケルとセンは“死の山”の麓に住む集落の若者達である。

 今日は滞在していた『教会』のお偉いさんが、夜に村にある宝具を持ち出したのを確認。朝になっても戻らないので、タケルは探しに行くように言われたのだ。


「ガイさんは本当に勝手だよなぁ」

「でも、村長も特に気にしてないみたいだったけど」


 宝具とは、かつてジパングを襲った伝説の怪物『九頭竜』を倒した際に使われた槍である。

 過去の資料では剣とも言われているが、剣で『九頭竜』は倒せねぇべ、と言う適当な解釈から勝手に槍に変更されて村に古くなる度に新しいモノに新調されて奉納している。

 行事の際には村で一斉に祈祷し、過去の英雄に感謝をしていた。槍に対して。


「雲上が騒がしいな」


 獣道から楽な山道に出たタケルはセンを引っ張り上げて、休憩がてらに“死の山”を見上げる。

 タケルのスキルは『痕跡追走』。特定の存在を追う際に、その存在の痕跡を僅かでも手に入れればどこに行ったのかを明確に感じ取る事が出来る。

 二人が追っているガイナンは“死の山”へ向かっていた。


「……兄ちゃん」

「どうした?」

「ガイ爺が来る」

「あん?」


 雲上で大きな光が弾ける。その時、横にガイナンが現れた。切っ先の折れた宝槍の柄だけを片手に、少しだけ焦げたように服からは煙が上がっている。


「おっと。なんか勝手に“ポイント”が出来たと思うたら、タケルにセンか」


 センのスキルは『未来予知』。しかし、予知出来るのは二秒先と短い。


「ガイさ――」

「兄ちゃん! ヤバい!!」


 その時、地面を両断する黒い斬撃が三人に迫る。ガイナンは二人を抱えて横に跳びかわすと同時に三人は一つの木造の平屋内へと倒れ込む。


「あら。お帰り、タケル、セン。ガイナン様も」


 服を縫っていた二人の姉であるオウカは、ほののんと唐突に現れた三人に微笑む。


「ただいま……オウカ姉さん」

「今の何!? 今の何ぃ!?」


 タケルは冷静に返すが、センは混乱したままだった。


「タケル」


 ガイナンは立ち上がると、ぽいっと宝槍をタケルに投げて手渡す。


「……先が無いんだけど」

「やっぱり駄目だな。祈りが籠った武器なら効くと思ったが、爪楊枝以下だったわい。ドロ仕合になるのう」


 ぐいっと袖を捲るガイナンは、いつになく真剣だった。


「ガイさん……何やってんですか?」

「勧誘」

「ガイナン様」

「なんだ? オウカ」

「お昼は……どういたしますか?」

「焼き魚と味噌汁。一人分追加で」

「! うわぁ! 死ぬ! 皆死ぬぅ!」


 センは二秒後に村が完全に消滅する未来を見る。


「頼んだわ」


 そう言ってガイナンが消えるとその未来は無くなった。


 




「逃げた? 気配は――あの辺り」


 翼も無しに宙に浮かぶカナタは“死の山”の麓にある村を竜眼で捉える。


「いつの間に……皆、静かになりなさい」


 その片手に持つのは黒い刃。ソレを鱗のある右手で振り上げると、村の消失に振り下ろ――


「まぁ、待て」


 不意に背後にガイナンが現れた。カナタは振り向きつつ、黒刃を振るう。


「『歪曲ワーム』」


 ガイナンの身体を容易く両断する刃は、歪む様に形を曲げると反れて振り抜かれた。

 剣閃先の雲海が両断され、星の外にある惑星の表層に大きく傷を残す。


「こわいのう」

「とてもその様に見えませんが?」


 カナタは次に突きの構えを取る。同時にガイナンは咄嗟に手を前に出した。


「突かん方がええぞ」

「なぜ?」


 その時、ガイナンの袖にある帯がカナタへ触れる。


「ワシが死ぬからな」


 唐突に場所が切り替わり、宝槍の折れた切っ先のある――“死の山”を挟んで村とは反対側の森中へと二人は現れた。


「……面妖な」


 カナタが地上に現れた瞬間、周囲の木々が潰れる様に折れて倒れる。


「いやはや、少しは濃い空気を吸えたか?」


 ガイナンは準備運動の様に肩を回しながら、カナタから距離を取っていた。


「……私の攻撃を容易く……貴方は何者?」

「三位【時空師】ガイナン・バース」

「三位……何かの序列ですか?」

「残念ながら強さではない。だが、そこは安心してええぞ」


 ニッと笑って落ちている宝槍の切っ先を拾う。


「負けたことは無いのでな」

「――そう、ですか」


 カナタは歪む黒刃に更に魔力を注ぎ込み、完全な形として形成する。

 柄、鍔、刀身と真っ黒な刀がその手にあった。


「【無双王】カナタです。同胞内での序列は解りません。久しく……誰も挑まなかったものですから」

「無双……冗談では無さそうだ」

「他がつけたのです。特に固執はしていません」

「ふむ。なら、勝者から敗者への条件を決めるか」

「どうぞ」


 敗北を全く想像できないカナタは特に躊躇い無くガイナンの提案を受ける。


「ワシが勝ったらワシの家で家政婦をしてもらう。ワシが死ぬまで、裸エプロンでな!」

「……やはり……下等な族ですか……」

「お前さんは?」

「必要ありません。どうせ貴方は死ぬのですから」


 カナタの周囲に無数の黒刃が現れた。


「ちったぁ笑え」


 カッカッカと笑うガイナンへ、世界を両断する無数の黒刃が襲いかかり、麓は大きく抉れ飛んだ。

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