第32話 死んだらダメだ……

 ニールの“竜の咆哮ドラゴンブレス”に合わせてジークが攻める。

 意図せずとも互いに最適なコンビネーションを見せ、この攻撃はどちらが通っても相手に致命傷を与えるモノだった。


「少々、好き放題させ過ぎましたな」


 バルバトスはキューブを壁に変異させ、魔力を這わし、斜めに角度をつけて“竜の咆哮ドラゴンブレス”を反らす。

 しかし、その間に間合いを詰めたジークの聖剣バルムンクがバルバトスへ振り下ろされた。


「やれやれ……」


 バルバトスはうんざりする様に嘆息を吐くと、まるで先が見えているかのようにジークの一閃をかわす。


「見え見えの攻撃が当たるとは思ってねぇよ!」


 一閃、二閃、三閃。ジークの素人ではない攻撃をバルバトスは腰の後ろに手を回したまま、歩法と体さばきだけで悠々とかわす。


 竜眼。蛇のように細い瞳が光り、ジークの身体が発する、呼吸、筋の動き、攻め気と言った、あらゆる情報を読み取り、動きの先を捉えて避け続ける。


「実にやり易い」


 過去の【竜殺し】はヒトではなかった為に、竜眼による先読みは機能しなかったのだ。


「では――」


 バルバトスはジークの剣は二度と当たらないと確信。次の一閃を一歩前に出てかわすと、持ち手を弾き聖剣バルムンクを叩き落とす。


「ちぃ!」


 ジークは聖剣バルムンクの引き寄せにかかるが、バルバトスは『ドラゴン』の膂力にて、その身体を殴り飛ばす。


「ゴホ!?」


 黒鎧の胸部が内側に凹む。その変形に胸を圧迫されて呼吸が妨げられた。


 接近すれば勝てると思っていたのは間違いだった。ニール以上に熟達した動きはヒトを越えた技量。歴戦の剣豪でさえバルバトスには掠りもしない。


「【竜殺し】だけならば、今の攻防で私は死を迎えたでしょう」


 何とか鎧が再生し、呼吸を取り戻したジークが次に感じたのは臭いだった。

 ガス――


 バルバトスが鱗と爪を発現した指を、パチンッと鳴らすと、鱗と鱗の摩擦によって生まれた火花が発生した。

 それは、変異したジークの回りの揮発性のガスに引火し爆発を引き起こす。


「ガハァ!?」


 馬鹿な……『ドラゴン』の攻撃は【竜殺し】には効かな――


「私の効果は変質させた大気のみ。爆発は世界の現象です」


 これも【竜殺し】がヒトだったからこそ通じた現象だった。ジークはあまりのダメージに膝立ちに崩れ落ちる。

 バルバトスはジークの首を刎ねる為に歩を進めた。


『ジーク!』


 ニールが援護に回る。しかし、バルバトスは周囲のキューブをニールに飛来させた。


『くっ!?』


 身を翻し、人型と『ドラゴン』への変異を繰り返しつつキューブを避けて近づくが、人型になった所を死角から飛んできたキューブに捕縛される。


「くっそ!!」


 力付くで引きちぎろうとするも、他のキューブも集まり、地面にうつ伏せで拘束された。


「ようやく、大人しくなりましたな」


 ニールが捕縛されたのを見るとジークは奮起し立ち上がる。バルバトスへ戦意を発し、その視線がこちらへ向いた所で落とされた聖剣バルムンクを引き寄せた。


「――見えておらぬとでも?」


 背後から切っ先を向けて迫る聖剣バルムンクをバルバトスは見ずに避けると、その柄尻を押し、勢いのままにジークを貫いた。


「――――」

「ジーク……?」


 拘束から動けないニールは聖剣バルムンクに身体を貫かれたジークを目の当たりにして眼を見開く。


「か……」


 膝から崩れ、項垂れるように座るジークは動きを停止した。致死量の血が膝を染めて行く。

 バルバトスは念入りにトドメを指そう手を振り上げる。その時、


「――」


 星を通過する魔力の余波を感じ取った。バルバトスは最優先の事柄を再認識すると、キューブに乗る。


「あぁ……ダメだ……ダメだよ……ジーク……ジーク……死んだらダメだ……」


 ニールは怒るでもなく、ただ悲しみに『再生』をジークにかけるが【竜殺し】には『ドラゴン』の現象は作用しない。


「ここまでですな」


 二人に己を阻止する力は無いと判断し、バルバトスはニールの拘束を残したまま『コスモス』へ戻って行った。






 死んだ……

《……死にません》

 いや……オレはお前とは違う。血の通った人間なんだよ。

《定義が分かれているからです》

 定義?

《『ジーク・フリード』と【竜殺し】。この二つは別のモノなのです》

 ……オレはお前みたいな立派な後押しはない。誰にも期待されなかった人生でな。

《【竜殺し】が何故今まで消えなかったのか、今なら解るのではないですか?》

 まぁな。けどどうしようもねぇだろ。身体は動かねぇ。

《なら……全てを停止し、【竜殺し】となりましょう。しばらくお眠りください。マスター》






 涙を流しながら『再生』を送り続けるニールは無駄だと解っていても止められなかった。その時、


「――――」


 【竜殺し】が再起動する。身体を貫いた聖剣バルムンクを引き抜くと、鎧の傷は何事も無かったかのように再生。柄を握り、ゆらりと立ち上がる。


「ジー――」

《ドラゴンを殺せ》


 ニールは思わず息をのんだ。

 黒鎧の奥にはヒトの気配を欠片も感じられない。それは、かつて戦った……無機質な『ドラゴン』の殺戮者だった。


 【竜殺し】は聖剣バルムンクを持ち、動けないニールの元へ歩いてくる。


「……うん。いいよ。それでいい」


 理由は解らないが【竜殺し】が消えていないなら宿主であるジークは無事なのだろう。

 ニールとしてはそれだけ解れば十分だった。


「ジーク……お前は英雄になれ」


 身動きの取れないニールは、心臓を狙って向けられる聖剣バルムンクの切っ先を感じ取り、己の最期に眼を閉じる。

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