第31話 愛と死を持つ生物ども

 自由落下を始めたジークは素直にマズイと感じていた。

 一番確実なのは落下死。しかし、その前に迫り来る『ドラゴンバルバトス』と周囲を漂うキューブに死をもたらされるだろう。


《ドラゴンを殺せ》

「お前は言うだけで良いよなぁ!?」


 空中は飛行スキルを持たなければまともに戦えない。ジークに向かうキューブは形を崩しつつ無数の槍に分かれると襲いかかった。


「流石に空中では、成す術もないか?」


 その時、人型になったニールが速度を上げて降下してきた。ジークを横からさらい、槍を回避する。

 バルバトスは更にキューブを追加。無数の槍が形成され、全方位から狙いをつけられる。


「どーすんだ!?」

「ジーク、いっけー♪」

「なん――」


 ニールは『ドラゴン』に戻ると、身体をうねらせて、背に乗せたジークを射出する。


『ガァァア!!』


 そして、魔力を放出。衝撃波となって囲んでいた槍を散らした。


『小賢しい』


 バルバトスは更に接近。【竜殺し】はニールから離れた。先に彼女を戦闘不能にして【竜殺し】を始末する。


 と、ジークが射出された先にキューブがあった。それは、バルバトスの意図していないモノ――


『ばかばか形を変え過ぎだ。魔力を割り込ませるのは容易かったぞ?』


 それは、先ほどのニールの衝撃波。自身の魔力を放出させ、包囲を弾くだけではなく、搦め手も考えての事だった。

 一つだけだが、キューブの主導権を奪ったのである。


『――お嬢』

「オラァ!」


 ジークはキューブに下から着地すると、足場にしてバルバトスへ跳躍。その片翼を聖剣バルムンクで切り落とした。


『やっぱり、ボケが始まってるな? 【竜殺し】相手に的をでかくするのはタブーだろ?』


 他を威厳する為に体格が大きくなる『ドラゴン』は、本来の姿の方が【竜殺し】に対して不利でしかない。


『……心の弛みを取られましたな』


 過去に比べて今の【竜殺し】は取るに足らない存在だと思っていた。しかし、その考えは改めなければならない。


 ジークはニールが主導するキューブに再度足をかけると、方翼を失い、落下の始まったバルバトスへ追撃する。


『では、全盛期の【竜殺しの英雄】としてお相手いたしましょう』


 バルバトスは人型へ変異しサイズを縮めつつジークの一閃をかわす。そして、キューブの主導権を奪い返すとジークを弾き、自らはキューブに着地した。


 ニールはジークを回収しつつ、地に降ろすと同じように地に降りるバルバトスを見る。


『だが、人型でコイツをどうにか出来るか?』

「ようやく、地面に降りて来たな!」


 ニールは人型のバルバトスへ“竜の咆哮ドラゴンブレス”を放ち、ジークは距離を詰める。






 コツ、とバルバトスは活火山の内部へと訪れた。

 熱が籠る決闘場の様な空間で人型のニールはグシオンと組手を行っていた。ニールは一方的に吹き飛ばされては、まだまだぁ! と楽しそうに飛びかかる。

 グシオンは荒々しく雑な『ドラゴン』であるがその実力は帝王も認める強者。きっと――


「とっても強い子になるわね」

「……キアン様。やはりここでしたか」


 

 少し痩せ気味ではあるが、気品と持ち合わせる美に一切の陰りを見せないキアンは、ニールとグシオンの鍛練を楽しそうに眺めていた。


「ファブニールお嬢様には礼節を授けるべきです。あの乱暴者に預けるなど……貴女様と同じ気品を陰らせるだけです」

「私がお父さんに言ってグシオンに預ける事にしたの」

「何故ですか?」

「私と同じ様に……何も出来ずに大切なヒトを失って欲しくないから」


 キアンの夫はこの星を護る為に犠牲となったのだ。彼女は戦い方を知らなかった自分と、もうソレを学ぶことが出来ない今を受け止めている。


「バルバトス。私は永くないと思うけど、あんまりあの子に厳しくしないでね」

「お嬢様の魔力特性次第ですな」

「早速厳しいのね。ニールに嫌われるわよ?」

「甘やかす方が問題です。我々『ドラゴン』は種の支配者。その頂点たる閣下の血脈はしるべとしての見本でなければ」


 絶対的な威厳。食物連鎖の外に入る生物。ソレを自覚する事が『ドラゴン』にとっては何よりも必要な事だ。

 すると、キアンは少しだけ咳き込む。バルバトスは咄嗟に彼女へ気を回す。


「宮殿に戻りましょう。ここは空気がよろしくない」

「もう少しだけ見ていたいの」

「ダメです。次の惑星直列まで身体を保たせれば、治るのですよ? ここで無茶をして、お嬢様を御一人にするつもりですか?」

「ドクの許可は貰っているわ。それに、ファブニールは一人じゃない」


 キアンはこちらに気づいたグシオンと、組手などそっちのけで嬉しそうにこちらへ飛んでくるニールに笑顔を送る。


「皆が居てくれる。そうでしょ? バルバトス師匠せんせい――」


 母上ー! とキアンの胸に飛び込むニール。

 来てたなら言えよ! と飛べないグシオンも歩いて来る。


「お嬢様。キアン様は闘病中ですよ。無茶な事は――」

「師匠」

「……まぁ、今日くらいは良いでしょう」


 『ドラゴン』も感情を持つ生物だった。だからこそ、そこにある幸せと死は他の生物と何ら変わらない。

 ただ、彼らがソレを理解するよりも早く、世界は【竜殺し】を生み出した。


《ドラゴンを殺せ》


 それは、キアンが病没し約200年の月日が流れた時に唐突に現れたのである。

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