第27話 ……本物の方でしたか

 メルス・セルス。

 彼女は『物質透過』のスキルを持つ狂信者出であった。

 縫い付けた様に閉じた片目は過去にスキルを妬まれた同僚に潰され、その時にバルバトスと出会い、彼に心酔している。

 そして、例の薬の初期被験体であり、環境に対する適応能力は持つものの、身体の変異は起こらなかった。

 それでも、バルバトスに見捨てられぬ様に持てる全てを捧げ、今では彼の近くで狂信者達の指揮を執っていた。


「生存者達は後回しです。あの方の命令が何よりも優先……王都にある剣を全て破壊しなさい」






「剣ンン! 剣は――」


 扉を破壊した狂信者の姿は異形だった。およそヒトには見えず、肌の部分には鱗、蛇のように細い瞳、鋭い爪を持ち、まるでトカゲと融合したような姿をしている。


「アッダぞ!」


 すると、タリアの抱える剣を見ると彼女へ飛びかかった。


「ふっざけんな!」


 咄嗟にジークが動く。それに呼応して【竜殺し】が発動。漆黒の鎧を纏い、男へ体当たりして、部屋から押し返す。


「ナンダァ!?」

「クソ野郎が!」


 そのまま廊下まで押し出すと壁に激突。その衝撃で天井の一部が崩れて部屋に続く扉が埋まった。


「ジークさん!」

「げ!?」


 反射的に動いてしまい、孤立無援となったジークは廊下に居た他の狂信者達と目が合う。


「……」

「……」


 しかし、彼らはジークを見て震えるように硬直していた。


「……アハハ。それじゃ!」


 ジークは廊下を出て街の通りに逃げ出す。部屋には物理的に戻れない。その姿を通りに居たメルスが見つける。


「! 【竜殺し】!? あの方の……怨敵! 全員! 奴を殺しなさい!」


 メルスは全員にジークを殺す様に指示を出す。ジークを追う狂信者が増えた。


「あぁ……クソ! 武器武器武器――」


 追ってくる狂信者達の気配を背に感じながら、とにかく武器を探す。しかし、広場に捨てられた剣は全て破壊されていた。


「くだらねぇ事ばかりしやがって! 狂い共が!」


 漆黒の鎧でガシャガシャと走って逃げるジーク。それを追う狂信者達。端から見ればシュールな光景だが、当人達は必死だ。


《ドラゴンを殺せ》


 すると、目の前に聖剣バルムンクが突き刺さる。


「もっと早く出せよ……」


 柄を握り、その刀身を追ってくる狂信者達に見せる様に向けた。

 すると、必死に追い縋ってきた狂信者達は途端に足を止め、怯える様に距離を取る。

 剣程度にビビる奴らでは無いハズだが、やはり――


「コイツが怖いか? 怪我したくなかったら寄ってくんな」


 しっしっ! と切っ先を振る。もしかしてイケル? このまま威嚇しつつ、徒歩で王都を脱出――


「何を遊んでいる?」


 その声に狂信者達は一斉に跪いた。ジークは上空から聞こえた言葉に視線を見上げる。


「……なんだあれ?」


 宙に浮く黒いキューブに乗り、こちらを見下ろすバルバトスの姿があった。






「よく頑張った!」


 王都を脱出したタリア達は『接続』先にいた協会の者達に保護された。


「疲労している所もあるだろうが……情報が欲しい」


 その場に居た教会の責任者はオルセルより出来る限りの情報を集めるように言われていた。それにはアルフォンスが対応する。


「お願いします! ジークさんを助けてください!」


 そんな中、タリアは他の者にジークの救出を懇願していた。


「ジークとは?」

「私たちを助けてくれた人なの! ジークさんが居なかったら……皆死んでた!」


 タリアと一緒にケルカも願い出る。


「何とか、彼を助けに行けないかしら?」

「正直な所、王都の状況は未知数なのです。ミルドル国内の温度はある程度戻りましたが、王都だけは未だに滅びた時の熱を維持し続けています。生きていた貴女方は本当に運が良かったのですよ」


 この教会の救援部隊は災害による救助を名目としている。その為、高温の王都に入る事は出来ても、戦闘行為を行うことは想定していない。


「どうやら、狂信者が蠢いている様子。何故、奴らが高温環境でも平気なのかは不明ですが……そこに戦闘が加わるとなると、執行官クラスでなければ手に負えないでしょう」


 そもそも、タリア達が生きて王都を出られた事さえも奇跡なのだ。王都に侵入し戦闘するとなると、別の作戦チームが必要になる。


「そんな……ジークさん」

「娘っ子。今、ジークと言ったか?」


 すると、横から白髪の少女が話しかけてきた。






 漆黒の鎧。手に携えるは幾度と同胞の心臓を貫いた聖剣バルムンク。それは、我々ドラゴンの怨敵。約8000年の時を越えてもその姿は何も変わっていなかった。


「殺戮者よ」


 バルバトスが降りるように足を出すと、黒いキューブは足場を作るように変異し彼を地上まで階段となって降ろす。


「申し訳ありません! この用な痴態を晒してしまい――」

「口を挟むな。我は今、仇敵と会話をしているのだ」


 バルバトスの叱責にメルスは自殺したい程の自負の念に駆られるも、今はただ頭を垂れる。


「騒がしくて申し訳ない。我の姿を見るなり、斬りかかって来ないのはどういう了見か?」

「ジィさん。あんたが、コイツらの取りまとめかい?」

「いかにも。こやつらは雑務をこなすだけの存在だ」


《ドラゴンを殺せ》


「さっきからよ。オレの中のアラートが滅茶苦茶うるせーんだわ。あんたらが何をするかは知らないし、オレには知った事じゃない。逃げるから勝手にやっててくれよ」


 ジークはバルバトスが他の狂信者と違って格式の高い者であると確信。それも狂信者の中で階位があるなら相当高い者だろう。


「逃げる? 面白い事を言う。我から逃げると?」

「悪いか? 命あっての物種でね」

「逃がす気はない。貴殿は我らに取っての一番の障害である故」

「オレの評価を高く見積もってくれるのは素直に嬉しいけどよ……どうしても、引き留めるなら、聖剣バルムンクを使わざる得ないぜ」


 相手は『バルムンク』を恐れている。レバンもそうだったし、ソレでこの場も気抜けられそうだ。


「フフフ……」

「笑う所はあったか? 言っとくが冗談じゃないぜ? 『ドラゴン』モドキに対しては効果が絶大みたいだからな」

「我は驚いているのだ。怒りと言うものは……一定の限度を越えると笑ってしまうのだと――」


 その時、バルバトスの姿が燃える。

 ぽかん……と甲冑の奥で口を開けるジークの目の前でバルバトスを包む炎は大きくなっていくと、全長10メートル近くになる本来の姿となった。

 背から伸びる翼は畳まれ、両腕両脚の四肢。ヒトなど容易く引き裂ける爪、牙、尻尾を持ち、全身が鱗で覆われている。


「……本物の方でしたか」

『叫べば消えるほどに矮小に成り下がった存在が! この【天秤王】バルバトスを下に見るなど……万死に値する!!』


 ジークは今にも自分を消し飛ばん程の怒りを見せるバルバトスに、降参! とバルムンクを捨ててホールドアップした。


《……ドラゴンを殺せ》

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