第28話 英雄の条件

 光は地平線へ消え、ミルドル王都は完全に夜になる。夜空に浮かぶ無数の惑星はほぼ一つに重なりつつあった。


「最近わかった事なんだけどさ」


 ジークは縄をかけられて、塔より少し離れた武器庫へと連れられる。

 バルバトスは、ジークは殺さずに手足を切り落とす様に命令し、惑星直列に向けた最終準備に入っていた。


「世の中にとって、オレみたいな存在は本当にちっぽけなわけよ。オレだけじゃない。きっと、生きてるヤツは皆そうだ」


 そして、座るように促されて拒否するも、小突かれて膝立ちになる。


「だからさ! オレなんかに構ってる場合じゃないんじゃないかな?! 何にもしない! 約束する! すぐに王都から出ていく! その為には手足が必要だ!」

「斧を探して来なさい」


 メルスが命令を出し、数人の狂信者は武器庫へ斧を探しにいく。


「この世界は間違っています」

「それ……オレに言ってる?」

「もしも、この世界が正しいのなら、何故スキルなどと言う優劣が出来るのですか?」


 メルスは自らの縫い合わせた片目をジークに見せる。


「これは、信頼していた者に抉られました。お前のスキルは役に立ちすぎる、などという理不尽な優劣によって」

「……あー、心中をお察しするよ」

「どうやら貴方には理解できない様ですね」

「そりゃ無理だろ。オレはあんたと違って――」


 全てに諦めた。そう言おうとした所で、ふと師匠とニールの顔が浮かぶ。


「少しだけ前向きに生きようと思ってる」

「そうですか」


 斧です。と、他の狂信者がメルスに斧を手渡した。そして、残りがジークの両脇を拘束する。


「……もうちょっとだけ話ししない?」

「話す事はありません」


 ぶわっ、と振り上げる斧が狙いをつけたのはジークの右足。


「なに? 罰ゲーム?」


 しかし、次にはメルスの身体から心臓が飛び出た。


「かっ……」


 ジークの姿を見つけたニールは鱗と爪を形成した右腕で背後からメルスを貫いたのである。

 力が抜けて、手からすり落ちる斧はジークの股の間に突き刺さる。危なっ! と思わず口にした。


「全く、相変わらず人気者だな。英雄殿は」

「はっ……殺じなざい!!」


 まだ意識のあるメルスは命令を下す。ジークを抑えている狂信者は首の骨を折るように腕を回すが、


「ガオン♪」


 ニールがそう言って音を立てて口を閉じると、ジークを抑えていた狂信者の頭が消失した。

 他の狂信者達が一斉にジークへ猛毒の武器を持って迫るが、途端に血を吹き出し、もつれる様に倒れ、苦しむとそのまま動かなくなる。


「『死傷再生オーバーリバース』」

「なんだ? その技」

「個人の持つ傷を全て再生させる術だ。格好いいだろう?」

「相変わらず無茶苦茶なヤツ……」


 ニールなら何でも出来る気がしてきた。自由になったジークは立ち上がると、


「何故……ですか!」

「お? まだ生きてる」


 死の避けられない致命傷を負いつつも、メルスは叫ぶ。


「貴女は……高貴な……バルバトス様と同じ! なのに何故! ヒトに寄り添うのですか!!」

「我がそうしたいからだ」


 ニールは腕を振ってメルスから腕を引き抜く。その勢いにメルスを近くの壁に叩きつけられる。


「貴様もそうだろう? 自分の選択に誇りがあっても、それを他人に押し付けるのは汚す行為と知れ」

「いや、多分もう死んでるぞ」


 壁に叩きつけられた時点でメルスは絶命していた。


「ふむ、気合いの足らん奴らよ」

「お前と一緒にしてやるなよ……」


 これにて、王都に居た狂信者は全滅となった。その時、バサッ! と翼が開かれる。

 見ると、本来の姿となったバルバトスが塔の最上位から重なる惑星を見上げていた。


「もうすぐかぁ。バルバトスも準備は万端みたいだな」


 昔からヤツは完全なバランスを重視する。今回も十割の魔力と“武器”まで完成させたのは……他の『ドラゴン』が割り込んでも抑えられる様に、失敗と成功のバランスを限りなく平行にした結果なのだろう。


「……本当に『ドラゴン』が復活するのか?」

「そうだよ? まぁ、案ずるな。奴らは最初に貴様を襲ったりはしない。まずはヒトの最大戦力へ頭を垂れる様に強制し、それでも無理なら踏み潰す」

「……」

「そして、支配だな。ヒトの自由は『ドラゴン』に許される以外には無くなる」


 ジークはミルドルの状況とバルバトスと直に向き合ってニールの言葉は現実に起こり得るのだと思い知らされた。


「それじゃ、とっとと離れようぜ」


 そう言ってニールは歩き出す。






「……またアナタですか」


 墓標の前に座るカナタは二年前から幾度と訪れる老人に振り向く事無く声をかける。


「こんな所に娘っ子を置いとくわけにもいかんからのぅ」

「私はアナタよりも年上です」

「カッカッカ! まぁ、そんな事はどうでもいい」


 老人は持ってきた槍を肩に担いで言う。


「戦ろうか?」

「……」


 その言葉にカナタはゆっくりと立ち上がると、瞳を閉じたまま老人へ身体を向けた。


「有益な者ほど、求められる役割は多いと聞きます」

「まぁな」

「間も無く、星が重なります。世界は一変するでしょう」

「ワシは目の前の美女を放って置く方が世界よりも急務なのでな。それにそっちは心配せんでもええ」


 老人――ガイナンは砂漠に残した弟子の事を思い出す。


「唯一の弟子はワシよりもお人好しだからのう」


 ニッ、と笑うガイナンにカナタは呆れた。


「希望的観測では?」

「そんな事はない。アイツは必ず動く。何せ選ばれたのだから」


 人々の『英雄ねがい』から。


 ガイナンの様子にカナタはゆっくりと目を開いた。蛇のように細い瞳が感情のない表情から向けられる。


「貴方は死にます」

「何度もそう言われて、ジジイになる今まで生きておる」

「その万象も今宵で終わりです」






 ジークはバルバトスを一度見上げると塔に向かって歩き出す。


「おーい、そっちは逆だぞー」

「ニール。手を貸してくれ」


 その言葉にニールはジークが何をしようとしているのかを察し、ただ笑った。


「ふふん♪ いいよ。我も老害に挨拶せずに去るのは不躾だと思っていた所だ」


 ゴォォオオ!!

 バルバトスの咆哮が大気を震わせる。


「……ちなみに勝てる可能性はあるか?」

「限りなくゼロ。ふふん。しかししかし、英雄殿は吐いた言葉を飲み込むダセー真似はしないよな?」

「…………くそったれが! 世界を救いに行くぞ!」

「おー♪」


 惑星直列が成すまで残り30分を切っていた。

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