第18話 ナハハ!

 『浮上岩山』。

 砂漠地方サンドロスの八割を占める砂海に、この時期になるとランダムに出現する岩山の事である。

 約1ヵ月の間、存在し続け、再び砂中へと姿を消す。

 『浮上岩山』には多くの貴重資源が眠っており、多くの採掘家が世界中からこぞってやってくる。


「だから、最初の3日は取り放題なんだけどな」


 ジークとニールを乗せたギルムの中型砂上船『ダッチマン』は『浮上岩山』を前に帆を畳んだ。

 理由は目の前で、先に到着していた他の大型砂上船が砂漠クラーケンと戦闘を行っていたからである。


「デケー烏賊」


 ニールが、ふふん、と笑う。

 大砲や大型の弩弓を撃つ大型砂上船は、その船体を包む程に巨大なクラーケンの触腕にからめとられると、ワーッとひっくり返された。


「今回はクラーケンか。毎年毎年、楽は出来ねぇな」


 ギルムは再び帆を展開すると『浮上岩山』を周回して侵入出来るルートを探す為に進路を取る。


「真っ直ぐ行けばいいじゃん」

「お前、クラーケンさんのお食事会が見えてねぇのか?」


 双眼鏡を持つジークは砂上を走って逃げる乗組員が触腕に捕まり丸飲みされている様を指摘する。


「親方殿。船は動かさなくて良い。我が注意してこよう」

「お嬢ちゃん、なに言って――」


 バサッ、とニールは翼を開くと大混乱のお食事会へと飛翔していった。






 お、オワタぁ!

 アタシの名前はエステル。『人間』だぁい。詳しい事は言わないけど、借金がある。

 学生だったアタシの元に怖い取り立て人が、金を払え、とやって来た。聞くと親が借金をして逃亡したんだってさ! マジ毒親! 見つけたら三回殺す! 例え天使に生まれ変わっても殺し続ける!


 その後、娼婦なんかに連れていかれそうになったけど、スキル『震動探知』を持っていたから今回の『浮上岩山』の採掘メンバーに組み込まれた。

 そして、アタシの活躍は上々。下見で砂海を回らされていたら『浮上岩山』が出てくる位置を特定出来たのサ!


 アタシの『震動探知』は微細な震動を肌で検知するスキル。その正確性は集中すれば1キロ圏内の物体の大きさも詳細に解る程。特定の共振装備を使えば更に真価を発揮する。


 そして『浮上岩山』の出現を十全な準備で見届けて、採掘チームは即座に登山。そして、一番乗りに相応しき貴重鉱石の数々を手に入れた。

 初期発見の功績が認められてアタシの借金はチャラ。ナハハ! そして、アタシも適度な小遣い稼ぎをして、採掘チームは数年は遊んで暮らせる程の貴重鉱石を積載ギリギリまで積んで、一度砂港に帰還しようとした矢先、クラーケンに襲われた。今ココ。


「クソ! エステル! 何でコイツを感知できなかった!?」

「無理ですよ! 見てる訳じゃ無いんですから!」


 『振動検知』の欠点は二つの物体が近すぎると一つの個体に捉えてしまうことにある。今回はソレの最悪な例だった。


「わっひぃ!?」


 と、触腕がアタシを掴む。わぁー!!

 何を言う間も無く持ち上げられたアタシは、真下に大きな口が見えた。隣では、ポイポイと、他の乗組員が投げ入れられて行く。すぐにアタシの番。ポイッ。


「あ、ちょっ――」


 走馬灯なんて浮かばない程に、唐突な死! 落下していくアタシは、いやぁぁぁー! と悲鳴と涙を尾引きながら、クラーケンの胃袋へダストシュート。あぁ……死ぬなら美少女の膝の上が夢だったなぁ……


「よっと」


 その時、アタシは空中でキャッチされた。


「……え?」


 視界は飛行しているように流れる景色。

 これは夢かそれとも、アタシの隠されたもう一つのスキルでも開眼したのだろうか。


「ふむ。大暴れだな」


 違う……アタシは今、女の子に抱えられている! 翼を生やした白髪の美少女に! お姫様だっこ!


「踊り食いパーティーは後日に頼む」


 美少女はアタシを抱えたまま、ワッ! と声を発した。

 ソレは只の大声ではなく、特殊な振動と音波を乗せた様で、少し耳がキーンとした。


「――え?」


 すると、クラーケンはその音波を受けて一度停止するが、次の瞬間には触腕に捕まえた乗組員達を即座に捨てて、ズゴゴゴ! と砂中に潜ると高速で離れて行った。

 まるで、命の危機を察知し慌てて逃げ出した様である。


「歩ける?」

「え……あ、はい!」


 ふわっと砂上にアタシを下ろした美少女。他の乗組員達も、無事な様に泣いて喜んでいた。


「怪我もないな。まぁ、奴も腹四分目と言った所だが、今日1日は戻らんよ」


 じゃあな! と美少女は翼を再び開くと少し遠くに止まっている砂上船に戻って行った。


「エステル。お前、何をした?」


 美少女の後をずっと眺めていたアタシに乗組員が話しかけてくる。


「アタシは……何も。クラーケンも今日1日は戻って来ないそうです」

「はぁ? まぁ……いい。お前は周囲の検知を頼む。なんかあったらすぐに声を上げろ。おい! 生きてる奴らは集まれ! 船をなんとか起こすぞ! 全員のスキルは――」

「お名前を聞き忘れた……」


 ちなみにアタシは同性愛者である。






「可愛いもんだな」

「……お前、何したんだ?」


 一部始終を双眼鏡で見ていたジークは今回は諦める程に巨大な障害クラーケンを容易く追い払ったニールに問う。


「イカはあんまり好きじゃなくてな。食べづらい」

「いや……そうじゃなくて」

「ガッハッハ! やるなお嬢ちゃん! 多重スキル持ちか! 『飛行』に『音波』でクラーケンを追っ払うとはな!」


 ギルムにはその様に見えたらしい。


「正確には生物の本能を刺激したんだ。食物連鎖で生き残るコツは自分よりも強い奴には喧嘩を売らない事だからな。理性の無い分、野生生物に『ドラゴンワレ』の威嚇は効果的なのさ♪」

「ふむ。良く解らんが、クラーケンが居なくなったからヨシ!」


 ギルムは細かい事を考えるのが苦手だった。良くも悪くも、目の前の結果だけを受け入れ、ニールの素性などは特に気にしていない。


「そんじゃ、行くぜ!」

「レッツゴー♪」

「まぁ……皆納得してるなら良いか」


 『ダッチマン』は再び帆を張ると『浮上岩山』へ接岸する。

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