第17話 祈る者
「そうだ! 何でもいい! 過去の歴史資料を全て洗え! 何も無いなど考えられない! どこかに記述が残っているハズだ!」
教会本部『星読みの塔』ではオルセルの指示の下、過去の【竜殺しの英雄】についての情報を集めていた。
【竜殺しの英雄】は『ドラゴン』を追い詰める程の脅威だった。しかし、ただ強いと言っても封じる手段は幾らでもあったハズだ。
にも関わらず『ドラゴン』達は姿を消す事でしか生き残る手段は無いと結論付けた。
それは……逃げる事も封じる事も出来ない要素を【竜殺しの英雄】は持っていた事になる。
“人々は『ドラゴン』ではなく、剣に祈りを捧げる様になった”
「祈り……か」
過去の人々にとっては【竜殺しの英雄】は確かに救世主だったのだろう。しかし……
「役目を終えた途端に居なくなる……誰も覚えていなかった。【竜殺し】も『ドラゴン』も」
本当に絵本の物語が飛び出してきた様な現状だ。
惑星が直列となるのは夜中。このままでは明日の朝日は……今とは違う世界を照らす事になるだろう。
「ガイナン……今、どこにいる?」
七年間の音信不通。内、五年はサンドロスに居を構えていたとわかった。しかし、その後の二年が未だに不明だ。
「オルセル様!」
「なんだ!?」
「ミルドルに動きがありました!」
「! なにが起こった!?」
「……塔が建築されています」
王都の崩れた瓦礫が天へ昇る様に浮き上がっていた。それらは形を造るように円柱の塔へと構築されていく。
「お……おお……これこそ……支配者の御力!」
狂信者達はバルバトスによる塔の建築を目の当たりして、その力に頭を垂れていた。
バルバトスは、自身の膨大な魔力によって瓦礫を浮かせつつ、特質で適した材質へと変異させ、パズルの様に塔を組み立てる。
「実験はどうなっておる?」
この程度の建築はバルバトスにとって片手間でしかない。話しかけられた狂信者は感極まった。
「ハッ! 現在、複数の国で実験を行っております! 結果は明日には分かるモノかと」
その時、持ち上げた瓦礫の中から1本の剣が落ちた。バルバトスに過去の記憶が甦る。
“ドラゴンよ! 我々を殺したとしても決して止まらない! 英雄はお前達を必ず滅する!”
「……くだらん」
剣に向けて手の平を握ると粉々に破壊する。
「王都に存在する剣を全て破壊せよ」
「ハッ!」
すぐさま狂信者達は散る。
その意図は不明。しかし、彼らにとって神にも等しきバルバトスの命令は何よりも優先されるのだった。
王都には少女の他に僅かながら生き残りが居た。少女は、そんな彼らに保護されて安全な建物に身を寄せている。
「英雄様……」
壁に立て掛けた剣に少女は祈る。
そんな彼女に生き残りの女性が声をかけた。
「タリア。いつも、そうやってるの?」
「ケルカさん……」
剣に祈る少女――タリアは広場で呆然としていた自分を助けて隠れ家に連れてきてくれた女性――ケルカを見る。
タリアはまだ自我が芽生え間もない頃から父と母に『ドラゴンと英雄』の絵本を読んで貰い、共感して人知れず剣に祈る様になった。
理由は単純。絵本の内容を幼心に信じていたからである。
絵本の最後ではドラゴンを倒し、さらわれたお姫様を救い出した剣士は英雄と呼ばれる。そして、人々は英雄に祈る。
物語を読み終えたタリアは、その祈りを自分も真似する様になっていた。
困った時には英雄様が来て助けてくれる。
その祈りは絵本を最初に読んで貰った時から、少し現実を知る歳になった今でも習慣のように続いている。
「小さい頃のわたしは、本当に信じていたんです。世界にはドラゴンがいて、それを倒す英雄様がいて、綺麗なお姫様もいる。実際に居たのはお姫様だけでしたけど」
「……今はドラゴンもいるわ」
あの夜の咆哮を生き残り達は全員が見上げた。
王都を破壊したのは間違いなくソレだと思わせる程の存在感は世界の終わりを連想させる程の絶望を植え付けた。
「……それなら、居ると思う?」
ケルカは壁に立て掛けた剣を見る。
「わからない……」
昔と違って今のタリアには、純粋に信じることは出来なくなっていた。
英雄はドラゴンを倒す。しかし、それは空想の話だ。
現実に……圧倒的な
“剣に祈りを――”
「……」
物語の最後を締めくくる言葉。そして、タリアは最初の想いを胸に抱き、再び剣に祈る。
「おい、なんだ? アレは――」
他の生存者が建物の窓から外を覗いてそんな声を上げた。
ソレは不自然に集まっている行く瓦礫が形を崩し、一つの塔へ変わっていく様子である。タリアとケルカもソレを見る。
「嫌な予感しかしないわね……」
「……」
常識を越えた現象の連続。生存者達にとっては現実味の無い光景だった。
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