第16話 英雄のいない世界で

「……お父さん……お母さん……?」


 ミルドル王国もとい――旧ミルドル王国にて、一人の少女が目を覚ました。

 急に襲いかかった熱と衝撃波に吹き飛ばされ意識を失いつつも奇跡的に軽症だったのだ。


「あ……ああ……」


 燃える王都。ついさっきまで隣を歩いていた父と母の姿はなく、ただ影だけが残っている。

 少女の持つスキルは『環境適応』。生物が寄り付けない高温に支配された国内で、なんの装備も無しに生きていられるのはそのおかげであった。


「なんで……なにが……お父さん! お母さん!」


 意味がわからず少女は最愛の家族を呼ぶ。

 幼い少女には突然こんなことになった理由など検討がつかなかった。

 それでも彼女はフラフラと様変わりした王都を歩き、いつも家族で歩いた広場へたどり着く。


「……助けて」


 広場には周囲の破壊された建物からの品々が散乱している。剣や服……その中には一つの絵本が半分焦げて落ちていた。


「……助けてください……」


 気温の差で起こる風が吹き荒れる。その風で絵本は開き、ページが早送りの様に流れた。その時、


“ゴオォォォォォォ――”


 見上げるほどの巨大な『ドラゴン』が王城を内側から破壊し、天へ怒りを吐き出す様に咆哮する。

 ビリビリと震える空気と圧倒的な存在を目の当たりにして少女は恐怖から涙を流した。


「助けてください……英雄様――」


 絵本は『ドラゴン』を討ち倒した騎士が英雄と呼ばれる話。どこにでもある創作の物語だった。

 絵本は周囲の熱で燃え始めると最後のページをめくる事なく灰となって行く――


“剣に祈りを――”






「お! ファブニールじゃねぇか! 昨日の仕合、痛快だったぜ!」

「【再生】! 次は俺と戦ろうぜ! 運営はなんとか説得するからよ」

「ファ、ファブニールさん! サインください!」

「アッハッハ。ホントに可愛いなお前ら」


 次の日、朝から砂港でジークと共に手伝いをしていたニールは昨晩の仕合ですっかり人気者となっていた。


「……荷物は全部積んだか」


 一つの砂上船に積み込んだ荷のチェックをしたジークは囲まれているニールを見る。


「ジーク、お前のツレは良い女だな」

「ギルムさん」


 『ドワーフ』のギルムは、帆の縄を確認しながら出航の準備を整えた。

 彼はジークの師でもあるガイナンの友人で古馴染でもある。ガイナンが居たときは良く、家にも酒を飲みに来ていた。


「容姿もスタイルも良いし、性格も悪くない。この街だとイケイケな性格の方が合ってるからな。言い寄るヤツも多いぞ」

「……そうですかね」


 外見は美少女なニールだが、その小さな身体には国一つを簡単に踏み潰すパワーを宿しているのだ。


「儂は『ドワーフ』の女にしか興味はないがな! 昨日、街で見かけた時は驚いたが、本当にお前が女を連れてるとは……どこで拾ったんだ?」

「拾ったというか……降って来たと言いますか……」


 ギルムに事情を話しても理解させるのに時間も手間もかかるだろう。ジークは適当に、親戚の居候、と言っておいた。


 そう言えば、ニールがどこから来たのか聞いてなかった。他の『ドラゴン』は皆地下で眠っている様だが、ニールは空から降ってきたし。


「そろそろ時間だな」

「ニール! もう出航するぞ!」


 ギルムの言葉にジークはニールを呼ぶ。

 そう言うと彼女は取り巻きに、じゃあな、と言ってこちらへ駆けてくる。その取り巻き達はジークに中指などを立てて、からかった。

 馬鹿どもが。ソイツと本気で戦りあったら小便チビるぞ。


「やあやあ、それで最後の日はどこへ行く?」

「最後の日?」

「あぁ、ギルムさん。気にしないでください。ただの戯言なんで」

「ふふん。流石は我の英雄。もはや『ドラゴン』は敵ではない、と。頼もしいな!」

「なんだ、ジーク。お前、お嬢ちゃんに英雄とか言われてんのか?」

「聞き流してください……」

「お嬢ちゃん。アイツのどの辺りが“英雄”なんだ?」

「昨晩の事だ。我は常に主導権が取れると思っていた。しかし、思った以上に“受け”と言うのは成す術が無いモンでな。まぁ、初めてと言う事も加味しても悪くなかったが」

「なんだジーク! お嬢ちゃんとヤッたのか!」

「出航するんでしょ!? ほら! 行きますよ!」

「いやはや。幾度と【竜殺しの英雄】と戦い傷ついたが、昨晩の喪失が今までで一番の痛みだった。その後は気持ち良か――」

「お前は少し黙れぇ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶジークにギルムはぴっ、と親指を立てる。


「ジーク。よかったな。貰って貰えて」

「我は傷物にされちゃった♪」

「あぁもー! 君たちキライ!」


 そんなこんなでギルムの砂上船『ダッチマン』はジークとニールを乗せて砂港を離れた。






「ジークぅ。機嫌直してよぅ」

「……」

「ジークぅ」

「胸を、押し付けんな!」

「キャッ」


 出航して風のままに砂海を進む『ダッチマン』の船頭に座ったジークは前方を双眼鏡で注射していた。


「それで、どこに向かってるんだ?」


 とん、と背中合わせにニールは身体を預ける。


「……『浮上岩山』だ」

「『浮上岩山』?」


 なにそれ? とワクワクするニールに帆の向きを調整するギルムが説明する。


「この時期になると砂中から現れる岩山の事だ。どういう原理かは知らんが、貴重な鉱石を大量に含んでてな。色んな奴が採掘にくる」

「へー」

「サンドロスの収入源の一つだよ。この時期の為に大型船を買う奴もいる程だ」


 ジークが続きを補足した。


「だが『浮上岩山』に入るには問題もあってな」

「問題?」

「着けばわかる」


 『ダッチマン』は砂上を進む。

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