第6話 ドラゴンにかけられた呪い

 それはまだドラゴンが世界を支配していた神話の時代。

 木漏れ日の射す森の中。ソレは全く動かなかった。

 剣を肩に立てかけて背を木に預ける漆黒の鎧には鳥や獣たちが好意的に身を寄せている。

 動物たちは知っているのだ。ソレが自分たちに害を成す存在ではないと。


「起こしちゃったか?」


 彼女が近づくと、ソレは息を吹き返したように動き出す。

 剣を手に持ち、鞘から抜き放つ。金属の滑る音と共に光の下へ現れた刃は、既に何十体のドラゴンを始末している聖剣バルムンク


「話をしたい」


 彼女が話しかけてもソレは答えない。抜いた剣を持ち、こちらに歩いてくる。


「我に戦う意思はない。ただ聞きたいんだ。貴様は――」


 剣が振り下ろされる。彼女は跳び離れて躱すが、ソレは追い縋ってくる。 


「話を――」


 そこで彼女は気づいた。『竜殺し』は……人ではない。これは……


「ドラゴンにかけられた“呪い”そのものか――」






「つまりな、人々の願いの具現化というヤツだったのだよ。『竜殺し』はドラゴンを殺せば殺すだけ『英雄』と唄われた。そして、いつしか【竜殺しの英雄】と称えられ、本格的に不滅の存在となったのだ。ねぇ、聞いてる?」

「悪いな。オレはそんな作り話には一切興味ない」


 家を出て街を歩いているジークは傍らを歩くニールにその様に返答した。


 朝日も昇り、遺跡街では商人や飲食店が店を開け始めている。夜とは違った賑わいを見せ始めていた。

 その雑踏の中をジークとニールは歩いている。


「そんなことより、お前はいつになったら帰るんだ?」


 昨晩破壊した家の壁は朝一でニールに直させた為、ジークとしては用済みである。


「家族とかいるんだろ? それだけ有能なスキルを持ってんだ」

「スキル?」

「壁なんかを直したヤツだよ。後、殴り合いでもすぐ怪我が治ってたよな?」

「スキルなんて安っぽいモノじゃないよ。これは我の魔力の本質みたいなものだ」

「意味わからん」

「言うなれば、それしか出来ないのだよ。火を吐いたり、水を操ったりとかは専門外」

「口から光線吐いてたろ」

「アレは魔力を高密度に圧縮して放っただけだ。大分弱体化してたから威力はゴミだったがな」

「冗談言うな」

「本来なら一息で街の半分は消し飛んでるよ。まぁ、我としても荒波は立てたくないから良い塩梅だったけど」


 ニールは楽しそうに歯を見せて笑う。

 彼女の異常性を目の当たりにしたジークとしては、その笑顔を素直に受け入れられないが。


「それで、どこに向かってるんだ?」

「そろそろ食料が尽きそうなんでな」

「買い物か? 良いね。実に人らしい」

「遺跡街で物資は貴重だ。他で買うよりも高くつく」

「ほうほう。地域毎に価格に差があるのか。世知辛いな」

「だから、オレにお前を抱える余裕はねぇんだよ。それに遺跡街は何も知らない子供が生きていける環境じゃない」

「失敬な。我は850歳だぞ? 一族では若輩だが、我から見れば貴様はよちよち歩きの赤ん坊だ」

「はいはい」

「信じてないな?」


 別にニールが何歳でもジークにとってはどうでもいい。


「とにかく、お前は自分の家に帰れ。有能なスキルである程、世間では優遇されるんだ」


 良くも悪くも、スキルは人生を左右するのだ。ジークはそれを痛いほど理解している。

 目的地に向かう二人は雑踏から抜け、人通りの少ない裏路地を進む。


「そう言う貴様は?」

「あ?」

「貴様にも家族は居るだろう? まさか木の股から産まれたなんて事はないハズだ」

「……」


 黙り込んだジークにニールは、嘘、マジで? と冗談が事実であったと本気で思い込む。


「オレの家族は、オレに落胆した」


 ジークは投げやり気味に語る。


「この世界はスキルが全てだ。そして、どんなスキルでも活躍の場はある。オレの【竜殺しドラゴンスレイヤー】を除いてな」


 と、柄しかないバルムンクを喚び現実を見せる。


「こんな外れスキルが何の役に立つ? 誰に認められる?」


 オレのスキルを聞いた父は落胆し、母は泣き、妹は見下すように笑った。

 結局はスキルが第一なのだ。家族の絆は二の次。それがこの世界の常識である。

 そんな家族の眼に耐えられずジークは家を飛び出した。


「死ぬつもりで家を出た。あてもなく死ぬ為にな」


 逃げた先で師と出会った。

 師は、死ぬのはいい、だが助けた恩を返してから死ね、と言って遺跡街につれてきた。


「だからオレに帰る所なんてねぇんだよ」

「あるよ」

「は?」


 ニールの言葉にジークは思わず感情的になる。


「我がお前の受け皿になってやろう。互いに呪われた命だと言うのなら、それも一興でなないか?」

「……何言ってんだ」

「変なことは言っていないよ。貴様は良いヤツだ。少し口は悪いが、まぁ愛嬌として受け取っておく」

「うるせ」

「お互いに独り身同士なら、寄り添い会えると思うのだが、どうだろう?」

「……考えておく」

「そこは即答しろよっ!」


 と、ニールは笑ってジークを小突く。


「それに貴様も、もうすぐ称えられる時が来るぞ」

「どう言うことだ?」


 ニールは青空を見上げて“竜眼”で星の動きを見た。


「星がもうじき重なり世界に魔力が満ちる。そして、世界中でドラゴンが目を覚ますんだ」

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