第5話 添い寝
ファブニールは生まれながらに恐れられていた。
一度空を駆ければ周りがひれ伏し、望んでもいない贄を捧げられた。
先祖達によって
自分達以外は皆下等。
その姿を見るだけで崇拝される程には神格化したドラゴンが他の生物にそう思うのは必然的だった。
しかし、ファブニールはその生い立ちからか他のドラゴンとは違った感性を持っていた。
人と話したい。
ただそれだけだった。しかし、人と話をしたくても恐れられる。目の前に降り立ったら誰も向けられる威圧に耐えられない。
最強故に何者にも恐れられる種。
それでもファブニールは人と触れ合おうとする。
他のドラゴンは“一族の誇りを忘れた面汚し”と言う眼を向けるようになった。
そんな時に【竜殺し】が現れた。
ドラゴンを殺す、唯一無二の存在。
最初に聞いたときは何かの間違いかと思った。
しかし、ドラゴンの中でも指折りの強者――【磁界王】グシオンが殺されたと聞いたとき、確信に変わった。
我らを恐れない者が現れた。これで自分も人と話すことが出来る。
しかし……【竜殺し】は“人”ではなかった。
「我は今、とても嬉しい」
かつて想った。ドラゴンを殺せる力を持つ者は我らの事をどのように思っているのだろうか? 竜が他の種族を矮小と見る様に、【竜殺し】も我々をその様に見ているのだろうか?
対等の話をしてみたい。【竜殺し】と話をしたかった。ソレが叶ったのだ。
「だから、何人も我らの時間を邪魔させはしない」
意識の戻らないジーク。
彼を護るように立つファブニール。
二人を囲むように猛毒の武器を持つ“狂信者”。誰か一人でもジークに攻撃を掠りでもすれば勝ち。ふと、ニールは笑う。
「!?」
距離があるにも関わらず“狂信者”の一人が身体を抉られて絶命した。
「ガオォ」
ニールはふざけたように笑いながら鳴く。その口には牙が見えていた。
魔力を乗せた噛みつき。桁外れの魔力凝縮によって閉じるドラゴンの牙は対象に直接食い込まずとも対象を食いちぎる。
『相変わらず下品ですな』
バルバトスはそんなニールの所作を非難する。
距離を置いても意味がないと悟った残り四人の“狂信者”は一斉に襲いかかった。
「アッハハ」
それは瞬きの間に全て終わった。
ニールが笑うと“狂信者”達は一斉に眼や口から血を吹き出し倒れ込む。倒れた後も暫く震えていたが、程なくして全員絶命した。
「所詮は“威圧”に耐えるだけだ。ドラゴンの魔力を弾く事など人には出来ないと解っているだろう?」
ニールは“狂信者”達が今日まで負った“傷”を全て『再生』させたのだ。
生物の身体に刻まれた生命の記録に触れる事が出来るのはニールの血族にしか出来ない。
『閣下の血を引くだけの事はありますな』
「嫌と言う程に知っているだろう? ドラゴンを排除するには【竜殺し】以外には不可能だ」
ニールは転がってきた水晶に足を乗せると力を入れる。
「次はお前が来い。バルバトス」
『こちらも忙しいので、またのご機会に』
「じゃあ、こっちは構うな。勝手にやる」
ニールは水晶を踏み潰し、粉々に破壊した。
ジークは目を覚ました。
重たい目蓋が開かれて最初に映った光景は天井である。
自室のベッドの上。夜飯も取らずに眠っていたようだ。
「……あー」
記憶が曖昧だ。昨日は帰ってから居間のソファーで横になって……毎度の事ながら自己嫌悪に陥って……それから――
「そうだ。オレのスキル」
ジークはバルムンクを喚ぶ。すると、刀身の無い柄だけが手に現れた。
「……はぁ。だよな」
全部夢。そりゃそうだ。五年間、一度も発動したことの無い【竜殺し】が今になって発動する訳がない。
「期待させんな!」
ジークはバルムンクの柄を投げ捨てる。どうせ喚べば何時でも手元に戻ってくるのだ。たまに憂さ晴らしの為に投げ捨てている。
「はぁ……飯でも作るか」
ベッドから起き上がろうとすると、何かに拘束されて動けない。
「? なんだ――」
腰にしがみつかれる様な重み。掛け布団を剥ぐとそこには、
「うぅん……あ、おはよ」
ニールが居た。しかも全裸で。
「…………」
ジークはニールを見ると額に手を当てて寝起きの頭をフル回転させる。
夢……じゃなかったのか? じゃあ何でオレは家に戻ってる? コイツが運んだのか? それじゃあ……昨日の夜は全部現実? いや、そもそも……
「何でお前……服着てねぇんだよ」
色々考えて放った第一声がソレだった。
「アッハハ。白々しいな貴様は。昨晩は燃えるように熱い夜を過ごして置いて、何も覚えてないとは」
朝日の加減と上目遣いでやたらと魅力的に移るニールに若干赤面しつつも、待った、と手をかざす。
走馬灯の様に昨晩の事が頭に流れる。
ファブニールとの出会い。
【
街中での交戦。
狂信者。
「……おい」
「ん? なに? 続きする?」
「お前が服を脱いでオレのベッドにいる理由が解らねぇ」
「服って便利だけどさ。寝るときは邪魔じゃん?」
「着てろ!」
ジークはベッドから出ると昨晩ニールに貸した服が床に落ちていたので投げてぶつけた。
同時刻。
遺跡街に帰ったエルディンとエナは昨晩にジークとニールが交戦した建物とその近辺の調査に出向いていた。
「“狂信者”の死体が六か。内二つは惨殺死体と」
「顔は見知った人達です」
“狂信者”の仮面とフードを取ると、遺跡街で良く顔を会わせた者達ばかり。
エナは黙祷を捧げるように両手を合わせる。
「この惨状の目撃者は居たか?」
「周辺の人は皆、気を失っていたそうです」
「どんなスキルだ」
「一応、『
「あの拳が砕けてたヤツか? 奴ら薬物をやってるから信憑性がない」
つまり有力な証言はゼロ。余計な手間をかけるなら探るのは無駄な労力にしかならない気がしてきた。
「ですが……これは異常です」
エナは現場に残されていた水晶の欠片を集めていた。
「どう異常だ?」
「この水晶に入っていた鱗は……現存するどの魔力生物とも比較にならない魔力密度が残っています」
「昨日の夜の反応と一致するか?」
エナは首を横に振る。
「……星の動きを待ってからオルセルに報告する。流石に俺たちだと手に余る」
一体、何が起こっているのか。情報が断片的であるため『教会』に現状を報告し判断を仰ぐしかない。
エルディンは水晶の中にあった鱗を手に取る。
「どんな生物だ」
身体から離れても膨大な魔力を放つ鱗は元の生物が持つ魔力が尋常でない事の現れだった。
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