第4話 お嬢様

 ニールの放った『竜の咆哮ドラゴンブレス』はあらゆる存在が各々で検知していた。

 自然現象以外で高密度の魔力が放たれた事実は決して無視出来る事ではない。


「突然変異した魔物でも現れたか?」


 遺跡街から数キロ離れた所にある古い塔を調査していた『長耳族エルフ』――エルディンは砂上魚車にて街へ戻っている最中だった。


「魔力の出力がデタラメです。発生地点から推測するに、意図して放たれたモノだと思います」


 弟子である、同じ『長耳族』の少女――エナは魔力感知にかけては既に師を越える。


「さっき、オルセルから連絡があったな」

「はい。遺跡街を調べて欲しいと」

「ようやく文献がまとまってきた矢先にか」


 今現在の状況が不明だ。オルセルの情報は少し断片的で焦っているのか荒唐無稽なモノも混じっていたのだ。

 しかし、長年の付き合いから、オルセルがそんな冗談を言わない事も知っている。


「ドラゴンは……只の比喩だと思いますが」

「俺もそう思いたい。だが、それでもさっきの魔力濃度は明らかに異常だ。なにより――」


 ここ数ヶ月程前から、教会の捕らえた“狂信者”達が口々に言うのだ。


“世界をドラゴンに返す時が来た”と。


「“狂信者”の後ろにヤバイ奴が居るのは確かだ。もし、ソレがオルセルの思っている通りの存在なら――」


 導師の言うとおり、今の世界は終わるかもしれない。






「だはぁ!?」


 建物から殴り出されたジークは地面に落下する。

 落下の衝撃に、痛てて、と反応しつつ鎧の砕けた箇所は相変わらず再生していく。


「完全に遊んでやがる。あのガキ……」


 冷静に考えてみるとニールから敵意はまるで感じない。

 どちらかと言うと嬉しさのあまりじゃれていると言った風にも見える。


「クソ、オレも空とか飛べたりしねぇのか?」

《ドラゴンを殺せ》

「いい加減、ムカついて来たぞ。そのフレーズ――」


 と、ジークは不意に全身が痺れる感覚に教われた。バチチッと内部をめぐる電流は何らかのスキルだろう。


「あが?!」


 視界の端に人影を捉え、そちらを見る。仮面にフードを着た存在が立っており、その手には水晶を持っていた。


「今のはテメェか!?」

 

 新手。ニールの仲間か? いやヤツの装いは――


「“狂信者”!?」


 すると、ジークの影から現れた別の“狂信者”が彼を押さえつける。

 【影転移シャドウポータル】。特定の影からへ移動する事が可能なAランクスキルである。


「お前らに何かしたか?!」


 ジークはバルムンクを喚ぶ。その飛来を“狂信者”が避けた隙に身体を起こした。

 その時、二度目の電流がジークを襲う。しかも威力は先程の数倍。命を考慮しない出力である。


「ぐぉ……」


 鎧のおかげか、即死にはならなかったものの、意識を手放す事は避けられなかった。

 ジークが気を失うと身体を覆う鎧は消え、バルムンクも消失した。


 “狂信者”


 それは一般的なアウトローとは違い、行動原理が全く予期出来ない異常者の事を指す。

 “狂信者”は普段は社会に溶け込み生活している。

 しかし一度スイッチが入ると顔も姿も覆い、己にしか理解できない行動原理を持って他に害を成す。

 『教会』は“狂信者”の撲滅に努めているが、未だにその全容の把握さえも出来ずに居た。


「殺します」


 襲撃した“狂信者”は意識を失ったジークへ猛毒のナイフを突き立てる。


「――?」


 しかし、ナイフを持った自分の腕がない。見ると少し離れた所に落ちて――


「ぐぼ……!?」


 次に背後から身体を貫通した腕に心臓を引きずり出され絶命した。


「なぁ、お前ら。何してんの?」


 ニールは貫いた“狂信者”の死体を横へ投げ捨てると心臓を果実の様に握り潰す。

 その眼には、ジークとの戦いを邪魔された怒りが静かに宿っていた。






 ニールは倒れているジークと水晶を持つ“狂信者”を交互に見る。


「我の楽しみを邪魔してくれたな」


 ニールは水晶を持った“狂信者”も引き裂こうと腕に鱗と爪を形成――


「お待ち下さい」


 その時“狂信者”が頭を垂れた。その様子にニールは少しだけ溜飲を下げて腕を組む。


「余命をくれてやる。何を語る?」


 殺す事は確定。許す気は毛頭ないが、話は聞く主義なのだ。

 すると、“狂信者”は手に持っている水晶を差し出すように前に出す。


『お久しぶりです。お嬢様』

「その声に魔力……バルバトスか?」


 ニールは水晶から放たれる情報から会話先の相手を言い当てる。


『はい。よくぞご無事で』

「はん。心にも無いことを言うなよ。お前らはずっと我を毛嫌いしていたじゃないか」

『それは、お嬢様の事を思っての閣下の意思でした。争いに巻き込む事はないと』

「“生粋の天才”も“優れた統率者”も“最強と言われた武芸者”も我らの敵ではなかった。何と争う?」

『唯一無二の敵……【竜殺しの英雄】でございます』


 それを聞いてニールは思わず笑った。


「アッハハ。あんなものと向かい合う必要なんてない。何でソレが解らないんだ?」

『解っておられないのはお嬢様です。目の前に我々の命を奪う存在が要ると言うのに、何故抗う事を避けるのですか?』

「バルバトス、いい加減解れ。我々ドラゴンの時代は終わったんだ。我らは世界に嫌われたんだよ。なら呪われた余生を悔いなく真っ当しようじゃないか」

『お嬢様には生物の頂点としての誇りはないのですか?』

「無いよ。だって良く解っただろう? 我らも他と変わらず、永久に支配できる存在ではない。世界からみればドラゴンもヒトも命の価値は同じなんだと」

『……そうですか。やはり、閣下の言う通りでした』

「あの老害はまだ眠ってるんだろ? 起きるにしても今の世界には魔力が足りないから、ただのジジィだな」

『それでは、対ドラゴン戦闘に長けた者達にて……【竜殺しの英雄】だけは始末させていただきます』

「は?」


 気を失ったジークとニールを囲うように路地の影や周囲の建物の屋上から“狂信者”が姿を表す。

 その数は4人。全員がニールの圧に物怖じせずに相対する様子だ。


痴呆ボケが始まったな、バルバトス」

『貴女の行動は矛盾の塊ですよ? お嬢様』


 それぞれ、猛毒の武器を持つ“狂信者”は倒れているジークを狙って襲いかかった。

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