一章3
「では、おれはどうしたらいい?」
「あなた自身にはどうしようもありません。あなたはすでに悪魔のしもべです。主君を傷つければ、闇の盟約により、相応の罰を受けます。悪魔たちのもちいる盟約は『目には目を。歯には歯を』です。あなたが主君を殺せば、あなたも盟約の効力により、命を失います」
「じゃあ、おれは一生、このままか? どこの、どんなやつかも知れない悪魔の手先になって、一生、踊らされるのか?」
ダグラムはまっすぐワレスを見る。だが、彼女はある一定以上の距離から、決して、ワレスに近づこうとしない。
「一つだけ手はあります。時間魔法を使うのです。あなたが昨夜見た夢は、夢ではありません。悪魔が作りだした異次元に、眠りという無防備な状態を利用され、ひきこまれたのでしょう。もし、あなたが契約を成立させる前の——つまり、返事をする前のその場所に行くことができれば、契約破棄の返答をすることも可能です。そうすれば、盟約の効力は失われます」
「そのときなら、おれが悪魔を殺すのも自由というわけか?」
「はい」
「司書長。あなたにその魔法は使えるか? ロンドにはどうせムリだろう」
つい最近、黒魔術師と魔法合戦をしたので、ロンドの魔法のていどは知っている。ワレスの言を聞いて、ロンドはガックリした。
「ごめんなさーい。わたくし、役立たずでぇーす」
「最初からおまえには期待していない」
「うう……」
ロンドがもっとガックリする。
ワレスはそれを無視して、
「司書長。ぜひ、その魔法でおれを助けてくれ」
たのんだが、司書長は難しい顔をした。
「時間魔法と一口に言いますが、翼を持たない我々に行き来できるのは、百年前後です。悪い魔というほど
ワレスの口からもため息がもれる。
「お手あげか?」
「あなた自身なら、一度行った場所ですから、その肉体がおぼえています」
時間魔法に使う自己時間流というのは、人間の寿命とか体内時計だと、以前、レクチャーを受けた。それを超えることはできないはずだ。
「どういうことだ? おれだって、寿命は人並みに百年だ」
「あなたの体は、その場所に存在したことがある。だから、寿命に関係なく、その瞬間を体内時計は刻んでいるのです」
「なるほど。しかし、おれは魔法使いではない……」
真実、お手あげではないかと、ワレスは危ぶむ。
「おれが時間魔法を使えるようになるには、どれくらいかかる?」
ダグラムは少なからずおどろいた。
「あなたが自分で魔法をおぼえるのですか? それは、あなたには資質があります。魔術師になろうと思えばなれるでしょう。ですが、まずは基本から何年も修行をつまなければならないのですよ。いきなり時間魔法はムリです」
「一生を棒にふるよりはいい」
「おどろきましたね……」
「今日からでも教えてくれないか?」
ダグラムは吐息をついて首をふった。
「あなたのその不屈の精神には頭がさがります。教えてさしあげたいのは山々です。が、しかし……」
「しかし?」
「あなたは、魔族の一員ですから」
言われて、ワレスは脳天をぶちのめされたようなショックをおぼえた。
「……悪魔のしもべになるというのは、おれ自身が魔物になることなのか?」
「さようです」
ワレスはもう何も考えることができない。力を落としていると、ダグラムが哀れむように言う。
「悪魔は契約のとき、必ず見返りをくれます。あなたにもその報酬が支払われるはずです。報酬がなんだったのか、思いだすことですね。報酬を受理しなければ、あるいは契約不履行にできるかもしれません」
おれが……何を望んだか?
「考えてみる」
「我々もなんとかならないか、地下の先輩がたに相談してみます」
立ち去ろうとすると、ロンドが心配げな視線をなげてきた。
「ワレスさん。気休めは言いません。あなたが相手にしようしているのは、恐ろしく強い魔力を持っている。わたしみたいな下っぱの魔法使いは、あなたの体を通して伝わる、その波動だけで近づくこともできません。おそらく、魔神クラスの相手……どうか、心してください」
ありがたくない助言を聞いて、ワレスは司書室を出た。扉を閉める直前、司書長のつぶやく声が聞こえた。
「始まりましたね。やはり、彼が予言の天馬」
天馬? 予言の……?
その言葉を、どこかで聞いたことのある気がした。
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