ロンドの草稿 その十二 4



「僕はゾナチエと別れるつもりだ」


 オスカーがそう言っていたやさきだった。

 いつものように二人でくつろいでいると、とつぜん騒々しい女の声がした。


「オスカー! どこにいるの?」


 あの女が入ってきました。重い金褐色の髪。伸ばした爪に赤く色をつけ、私の目には獲物の血にぬれた獣のように見えました。彼女は私たちを見ると、いきなり怒鳴りつけました。


「どういうつもりなの! 恥知らず!」


 これがオスカーの奥さまなんだわと、うしろめたさに私はちぢこまりました。が、オスカーは堂々として落ちついていました。


「まあ、すわってはどう? いちおう、まだここは君の城でもある」

「なんですって?」

「彼のウワサを聞きつけてきたんだろう?」


 城の召使いのなかに、ゾナチエの息のかかった者がいたのです。その人物が女主人にご注進におよんだのでしょう。ほんとはこのとき、オスカーも私も、この事実をもっと真剣に考えるべきでした。


「君が聞いたウワサは真実だ。僕は今、彼と暮らしてる」


 ゾナチエは逆上していました。そのようすは、まるで女子寮のお茶会で出会ったときの、醜いだだっ子そのものです。


「よくもそんな図々しいことが言えるわね」

「僕らのあいだには一片の愛も残ってないだろう?」

「そうね」


「それに君のウワサだって、いろいろ聞いてる。おたがいさまだ」

「それとこれとは話が別よ。ええ。わたし、あなたのことなんて、これっぽっちも愛してないわ。だけど、あなたのおかげで、わたしはいい笑いものよ。よりによって、そんなみっともない女装の男なんかと同居して!」


 私は両手で顔を覆って、うつむきました。彼女の侮蔑的な視線をあびて、胸がつぶれそうです。私が醜いことは、もうあきらめます。でも、そのせいでオスカーが恥ずかしい思いをするのは我慢できません。


「言葉がすぎるじゃないか。ゾナチエ。僕は君と別れる。幸い、僕らのあいだに子どもはいないしね。また連絡するよ」


 ゾナチエは一瞬、黙りこみました。が、やがて傲岸ごうがんに、あごをそらします。


「けっこうよ。こんなみっともない夫、わたしのほうから願いさげだわ」


 私が涙を浮かべていると、オスカーはおかしいような、悲しいような複雑な表情になりました。


「君にはわからないんだね。ゾナチエ。彼が、誰なのか」


 その口調は優しいくらいです。

 立ち去りかけていたゾナチエは、いぶかしげにふりかえりました。厚ぬりの化粧をした私の顔を、たっぷり三分は見つめます。化粧の下の素顔を透かしみようとする彼女のおもてが、だんだん青ざめてきます。


「嘘よ……」


 彼女は自分でも何をつぶやいているのかわかっていないようでした。きれいに結いあげた髪を両手でかきむしり、


「嘘よッ!」


 彼女は部屋をとびだしていきました。

 哀れむような目で、オスカーは見送ります。


「彼女がグレウスを思う気持ちは本物だ。ただ、やりかたが間違ってた。彼女もかわいそうな女なんだよ」


 私のほうは、わけがわかりませんから、

「奥さまはなんで、わたしを見て、あんなにおどろいたの?」

「君が気にすることはない」


 オスカーは笑って私を抱きしめました。


「私が醜いからかしら」

「君はキレイだよ」

「いいえ。いつも、ルースに言われてた。みっともないから、化粧なんかするなって」

「どんな君でも、僕は愛するよ」

「ほんと?」

「ああ」


 優しいキス。

 私の愛するオスカー……。


 あのときが、永遠に続くと信じていました。

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