その十五



 ワレスたちが黙りこんでいるところに、ロンドが帰ってくる。


「お待たせいたしました。ジュールのことなんですけど」

「消えたんだって?」

「はいぃ。昨日の夜から、帰ってまいりませんぅ」

「争った形跡は?」

「それはないですけど、でも、ネズミの死骸を彼に調べさせてたでしょう? ジュール、解剖して、いろいろな薬液につけてたんです。それで昨日、結果を見るからと言って……それっきり」


 ワレスは眉根をよせた。


「ネズミの一件のせいで消えたというのか?」

「わかりませんぅ。でも、いちおう知らせてさしあげたほうがいいかなぁ、なんて」

「おまえにしては気がきくな。グレウス」


 ワレスがをかけると、

「はぁーい。わたくし、やりました」

 勢いよく返答してから、ロンドは酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせた。


「ち……違いますよ。変な名前て呼ばないでくださいね」


 今さら遅いと思うのだが、ワレスは追及しなかった。


「そのネズミの死骸、どこに置いてある?」

「今朝見たら、なくなってました」

「その場所へつへていってくれ」

「いいですよぉ」


 ロンドの案内で、ワレスたちは文書室の奥へつれていかれた。たくさんの書架しょかの前をひたすら通りすぎ、どんづまりの壁に等間隔に七つ八つ、扉がならんでいる。


「となりのほうが、わたくしたち司書の寝室ですぅ。あっ、でも、夜這いに来てくださっても、六人部屋ですので……」

「誰にむかって夜這いの心配なんかしてるんだ? 天井板の木目が人の顔に見えたのか?」

「あーん。じれったい」


 ロンドは一番端の扉をあけた。暗くせまい一室。棚のなかに薬のビンやら妙な植物の根やらが、わんさか入っている。ひとめ見て、薬品庫だとわかる。


「文書室はたびたび、おとずれるが、こんな部屋があるとは知らなかった」

「ここまで来る人は少ないですから」


 文書室は、ワレスたちの兵舎の内塔一階ぶんの広さがある。すみからすみまで歩くだけでも、けっこうな時間がかかる。司書以外にはこの部屋の存在を知る者はいないはずだ。まさか兵隊が夜中に来て、ジュールを襲ったとは考えにくい。


「ほんとは、ここには司書しか入れてはいけない決まりなんですよぉ。でも、ワレスさまだから、特別にぃ……」

「猛毒も置いてあるのだな。それにしては、かんたんに入れるが、いいのか?」

「ふつうの人には見えませんけど、魔法の糸が張ってあります。侵入者があれば、すぐに察知できるのですぅ」

「なるほど」


 光に弱い薬でもあるのか、室内はまったくの暗闇。入口をあけたままにしていないと、何も見わけられない。


「昨日はここに、箱に入れて封印されていたんですけどね」


 ロンドは雑然とした小卓の上を指さした。


「封印とは?」

「魔法で作る鍵みたいなもんです。基本的には封印をかけた本人にしか解けません。それは魔術師本人の心の波長ですから、一人ずつ異なるんですよ」


「じゃあ、箱をあけたのは、ジュールか?」

「んん……または、ものすごく魔力の強い魔術師なら、強引にひらくことも……」


「おかしいな。おれが頼んだのは、ネズミの死骸に病気がないかどうかだ。これではまるで、それが明らかになるのを望まぬ誰かがいるみたいじゃないか」


「なぜでしょうね。ちなみに、ジュールはネズミに親戚はいませんよ?」

「そんなことはわかってる」

「そうですか? って……あら?」


 ロンドが床にしゃがむ。


「どうした?」

「これ……」


 ロンドがひろいあげたのは、赤い石のついた、きわめて古い指輪だ。


「ジュールのです」


 暗くてよくわからないが、ロンドの顔色が変わったようだ。


「彼の一番のお気に入りの召喚獣なのに、これを手放すなんて……」


 ふつうの消えかたではないということだ。


「やはり、誰かに襲われて、むりやり、つれていかれたということか」


 ワレスがつぶやくと、ロンドはしばらく考えこんだ。真剣なときのあの顔で。

 しかし、急に相好をくずすと、へらへら笑いだす。


「そういえば、彼、調べるとき、特別な部屋を使うのです。きっと、そこへ行ったんだと思います。おさわがせしちゃって、すみません」

「その指輪は?」

「ウッカリ落としたんですよ」


 嘘をついている。

 わざとふつうに装っているものの、その言いわけは苦しい。


「そういうことですので、わたくし、行ってみます」

「そうか」


 あえて深追いせず、ロンドと別れて文書室を出た。


「いいんですか? 隊長。ロンド、嘘ついてましたよ」

「どうも、おれをまきこみたくないみたいだな」

「そんな感じですね」

「しょうがない。見張っているか」


 ロンドには心あたりがあるようだ。

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